第329話 到着したものの
「とうちゃーく! っと、時間通りに着けたね」
「ああ、定刻5分前きっかりだな。さすが龍骨の民、見事なスターライン航行だったぜ」
デューク達一行は実習先となる星系の外縁部に到達したのですが、到着時刻は命令書に書かれた時刻きっかり5分前でした。それは時間ギリギリというわけでもなく、余裕を持った5分前なのです。
「はぁ、龍骨の民ってすごいわね。普通は誤差があることを見越して、1時間は早く着いたりするのに」
「おほほ、エクセレーネ先輩、そんなことしたら推進剤の無駄ですわ」
「キッチリ考えて、キッチリ飛べば時間どおりになるものなのですぅ~~!」
デュークの僚船たるナワリン達は恒星間航行しながら昼寝をするなどという荒業をしながらピタリとデュークに追随していました。
「やっぱり生きている宇宙船は違うわね」
「くふふふふふふっ!」
「ほめて、もっと褒めてぇ~~!」
エクセレーネがほめるので、ナワリン達は調子に乗るのですが、やはり定刻を完全に守るよう宇宙船というものは、龍骨の民以外にはあまりないのです。
「クワカカカ……で、時間通りなんだけどよ。あたりに何か気配はないか?」
「ん…………あたりには熱源はないよ」
「ああん、監察官様のフネがいると思ったんだが?」
「うん、おかしいね。命令書にはここで監察官の指揮下に入れってあるのに、なんの兆候もないなんて」
実習先は共生知生体連合の管轄の未開星系で、連合執政府の監察官が常時監視下におくところです。そこに呼ばれるということは監察官の指揮下に入るということですから、星系外縁部で監察官そのものでなくとも、なんらかの接触があると考えるのが自然でした。
「まさか、そのあたりに監察官が潜んで、僕ら試験してるとか?」
デュークはこれが実習試験の一環ではないかと思い、あたりを警戒します。
「いや、それはねぇな。結構センシティブな星系なんだぜ。俺たちの実地試験をしている余裕はないはずだ」
「そうだよねぇ……」
そうはいってもなんの気配もないというのは実に不穏な感じがするのでした。共生宇宙軍の命令書に書いてあることは変えることのできない、軍人にとってはある意味ご神託なのですから当然のことです。
「まぁ、数刻もすればなにか動きがあるだろ」
「そうだね、ちょっと待ってみるか」
などと、デューク達は星系内を光学観測するなどして時間を潰すのですが――
「…………おかしい、すでに10時間は経過してるぜ。監察官の野郎はなにをしてやがるんだ?」
「たしか、連絡一つもないってのが余計に気にかかるよ。でも、命令書には、こんな場合には待機ってあるよ」
「しかがないな、あともう少し待つか……」
しかし、待てども暮らせども、いくらたっても監察官のフネは現れないのです。
「おいおいおいおいおい! 12時間、連絡すらないぞ! おい、星系内観測はどうなってる?」
「ちょっとおかしいんだ。ここはカモフラ技術以前の未開星系なのに。小さなフネの航跡が現れたり、消えたりしてるんだ……」
デュークの視覚素子と量子レーダーには捉えどころのない、フネの形が見えていました。
「ああ? それは執政府のものじゃないんだな?」
「うん、通信波のサイドローブは拾えるけれど、なんだか曖昧なんだ」
「執政府のフネじゃないんだな?」
「アレは違うね」
星系内であれば恒星の調子に影響されず即時の量子通信連絡すら可能なのに、フネの姿どころか監察官からの連絡は全くありません。しかも近寄ってくるフネは共生宇宙軍の物ではないのです。
「これって、結構ヤバイぞ」
「そうかな? そうかも……」
事態がどんど悪化してゆくなか、スイキーは「これは覚悟をきめねーといかん。クワ……」と毒づいてから、デュークに尋ねます。
「おい、デューク」
「わかってる。結構まずい状況だね」あ
「はいはいはい――こちらも不味いと思っておりますですわよ」とか「ボクだって、わかるさ~~~~!」などと、いつもはノホホンとしているナワリン達も危険性を察知しているのでした。
「未開星系なれども、未知の技術を扱う種族がいるってことか」
スイキーは「いかんな」と呟き――
「おい、一応聞いておくぞ、こっからは俺たちの独断になるかもしれん。そんなとき共生宇宙軍士官は独自の判断を求められる。一般白紙命令ってやつだ」
それは命令書にあるはずの事象がない場合、士官たるもの独自の判断で最善をなせという命令でした。
「命令書にあるはずなのだからそれを待ってことだ」
「ええ、それは僕の好みじゃないなぁ」
デュークは命令が大好きな少年戦艦ですが、命令が許すからなにもしないで責任の回避をするというようなフネではありません。
「カークライト提督はそれを良しとしなかったよ」
「だが、提督はそれをやって、独断専行だといわれたが?」
カークライト提督は命令が届かない中、自己の判断で星系を捨てるという決断をしました。結果、戦線の引き直しに成功し避難民の脱出もできたのですが、自身は結構な人権捕縛な環境に落ちいることになったのです。
「独断専行――いいじゃない」
「なるほど……お前なら、そう言うと思ったぜ」
スイキーは「提督どのの教え、それは金じゃ買えない、すごい経験だぞ」と言いながらこう続けます。
「だが、フリーハンドをくれっていってるんだ? 士官学校の成績が落ちるかも知らんがいいのか?」
「いいよ、今は君が指揮官だから」
「今は?」
「ごめん、”君が指揮官だから”」
デュークは「何をするにしても僕は君についてゆく」と言いました。それを聞いたスイキーはちょっと言い過ぎたと思い「ああ、すまん」と頭を下げました。絶大なる権力と財力を用いるペンギン帝国の皇子が頭を下げるのは同期の友以外にはありません。
「あ、くそ、男の友情ってやつだわ」
「羨ましぃ~~!」
よこちょにいる、僚艦二隻は「「いいよねぇ~~」」などと宣っています。そんな彼女たちの動きを見据えたスイキーは「すまんな」と言いながら――
「現時点をもって、指揮権を最上級指揮官リリィ少佐どのに移譲。ユーハブコントロール?」
「アイハブコントロール」
ペンギンがアライグマに指揮権を移譲するやいなや教官リリィは「全権限を引き継ぐ」と言いました。これでこの実習戦隊は彼女の指揮下に置かれます。
「いきなり、実習は終わり。実戦ってことね?」
「はい、中央士官学校二号生たる自分に一般白紙命令を与えられたらこうするほかありません、マム。結構ヤバイ状況下ですから遊んでられません……あ、言い訳言っていいですか?」
「いいわよ」
スイキーは「ここは俺っちの帝国の金もなにも通用しねぇそんなところです。共生知生体連合の力が頼りなのに、監察官と連絡が取れない――これって非常事態です」と言いました。
「すいません無理です。多分、面倒が起きています。これを解決できる力は私にはありません」
「確かに、やばそうね」
ペンギン帝国の皇子であるスイキーは星系軍の少佐でもあるのですが、恒星間政治についてはまだまだ不足のところがあるのです。完全に不測の事態に陥ったこの瞬間、彼は一番無駄のない手法をとることで事態の解決を図りました。
それは責任放棄とみる向きもあるかもしれません。ですが――
「それは私に丸投げするということ?」
「だって、あなたは共生宇宙軍少佐――というか、それって産休でわざと降格されましたよね? 本当は准将クラスいや、もっと上ではありませんか!」
スイキーが絶叫するのですが、それが事実です。
「そして、あんた、アライグマ帝国の皇女殿下じゃねーか!」
「あらあら、まぁまぁ。そうなんだけれども」
アライグマ族は主要12氏族ではないもののかなり力のある種族であり、実のところリリィはその皇族だったのです。
「だから、あなたが指揮を執るのが、最高に無駄のない方法だと思います」
スイキーは「いま、ここにいる一番の実力者を使わんでどうなるのですか?」と言いました。
「まぁ、そうかもしれないわよねぇ……」
と、面白そうな表情を浮かべながらそう言いました。スイキーは主要12氏族ではないものの連合の中で相当の力を持つアライグマの少佐――内実は准将クラスの教官に事態を任せたのです。
「下手うてば、連合権益問題ですから。申し訳ありませんです」
「確かに、実習生には荷が重すぎだからその判断でいいと思う、だけど、これも執政府の思惑なのかしらね?」
そう言ったリリィは「まぁいいか」と何か遠くを見ながら――共生宇宙軍の軍人として――
「事態の解決にあたります」
と、共生宇宙軍の最上級士官とした確固たる口調でそう言いきりました。
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