第328話 量子ビーコン
至近距離で核ブースターの爆発を指先に受けたデュークは「指が痛い…………いたたた……」としょっぱい顔になるほかありません。
「生きている宇宙船が、突き指で痛がっとるぞ!」
そんな隙を捉えたバルドーは「今がチャンスだ!」と逃げの姿勢をとりました。
「あ、海賊船が逃げてく~~~~!」
「こっちもあっちも、皆逃げてゆくわよ!」
他の海賊たちもボスであるバルドーに従い逃走を始めます。ナワリン達はそれらを食い止めようと火器管制に火を入れ、捕捉しようとするのですが――
「煙幕だ、煙幕をたけ!」
バルドーがそう命じると、逃走する海賊たちは推進剤を不完全燃焼させてモクモクと放出し始めます。
「め、目くらましだわっ! し、しかも臭いわっ!」
「視覚素子に染みるよぉ~~~~!」
ブワリと巻き上がったそれは有害物質などの物質が混じっているようで、光電磁波を遮るとともにいやな臭いをあたりにまき散らすものですから、ナワリン達も射撃どころではなくなるのです。
「だぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「もぉぉぉぉぉぉぉっ!」
それでも二隻は「う、撃てば当たるわ!」とか「とにかくぶっ放せ~~!」などと主砲をぶっ放すのですが、感覚器官に一時的な変調を受けているため、とんでもなく見当はずれな方角に射撃をブチかましました。
「目標をちゃんとセンターに入れてスイッチしてるのに――――!」
「もう乱数加速を始めてる~~! 火器管制で捉えられない~~~~!」
火器管制の変調はほんの一瞬でしたが、そのかん距離をとった海賊船たちはスラスターを乱数加速させ、とらえどころのない動きで急速に離れていくのです。
そして海賊たちが蜘蛛の子を散らすように脱兎のごとき勢いで逃走を開始してから数分後――――
「いたたたたたた。指が痛いよ」
デュークはまだ指先を抑えて痛がっています。
「いたたたたた…………」
「うむ、そうか、痛いか」
「いたた、核パルスブースターの燃料は核爆弾だからね」
「ううむ、確かにそれは生きている宇宙船でも、痛そうだなァ……」
涙目になるデュークの様子を見据えながらスイキーが「だが、そろそろいいんじゃないか?」と言ってから、こう続けます。
「海賊船のセンサじゃ、もうこちらは捉えられんぞ」
「そう? じゃぁ……」
そう言ったデュークは急速に離れてゆく海賊船の進路を見据え、その位置とベクトルを記録しながら特徴のある波長がないか確認します。
「よし、量子ビーコンの調子は良好だね」
「よし、これでどこにいても位置がバレバレになるぞ」
実のところ、デュークが海賊船を取り逃がしたのは、事前に打ち合わせた通りのお芝居でした。彼らは海賊船を捕獲して、ひそかに量子ビーコンを打ち込むという筋書きでことを進めていたのです。
「これで奴らの動向はばっちり把握できるぜ。なんせ宇宙軍大工廠謹製――ドクトル・グラヴィティの作った新型だ」
「ほとんど検知できない波だからね」
そして彼らの仕込んだ量子ビーコンは、並の科学力では識別が不可能なほどの形状と特殊な量子波を出す代物だったのです。
「あとはパトロール艦隊に情報を流しておけばいいな」
海賊船退治を主任務の一つとする辺境パトロール艦隊であれば、海賊船の位置や場所を特定できるビーコンを使って、海賊退治をするなりアジトを急襲するなり、はたまた泳がせたりといくらでも有効活用ができるでしょう。
「しかしなんだな、海賊どもを撃退するでもなく、捕らえるでもなく、その位置情報を抑えて、もっと大きな成果を得るってことだな」
「うん、海賊なんて叩いて叩いても、あとからあとから湧いて出るって聞いたことがあるし。倒すよりコントロールするのが一番だって士官学校で教わったもの」
「勉強したことをもう実習に使ってるってか?」
「せっかく覚えたことだし、使える物は
共生宇宙軍の将校にはいくつかの資質が求められます。その一つは合理性の鬼たれと言ったようなものですが、デュークの作戦はそれに合致していました。
「まぁ、ちょいとばかり危険性もある作戦だったがな。実際、お前指先を怪我したじゃねーか」
「そうだねぇ、まだ指先がズキズキと痛いよ」
安全のため艦外障壁を全開にしておかなければ、指先だけでは済まなかったかもしれません。当初スイキーは艦の安全という観点から、デュークの発案に懸念を示していたのです。
「それだけで済んでよかったぜ。お前さんは、傷に唾つけとけば治るしな――」
と、そこでスイキーはチロリとリリィ教官の方を見やります。実習中の事はすべて実習生に任せるという方針なので、彼女は今回の件にまったく口をはさんでいないのですが、少しばかり微妙な顔をしているところを見ると、なにか別の考えをもっているようです。
「ふむ……」
そんなリリィの様子に「話し合い、耳を傾け承認し、任せてやらねば、人は育たず、だと思うんですがねぇ」と呟いたスイキーは、こう続けます。
「まぁいいや、先を急ごうぜ。半日ばかり時間を潰しちまったからな」
「うん、そうだね」
そのようにしてデューク達は本来の目的地である実習先へと歩を進めるのでした。
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