第96話 仲間の危機
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ、どうしよぅ、どうしよぅ⁈ このままじゃぁ、”ご飯”の準備どころか、スイキーが”ご飯”になってしまうよぉ――!」
体長6メートルはある大きな魚――多分鮫の一種が「美味しそうなペンギンがいるぞ!」ばかりに時速50キロくらいの速度で泳いでくるのです。スイキーはそんな危険が近づいてくるにもかかわらず、スイイ――と呑気に漁に興じていました。
「くそぉっ! 海の水がこんなにも厚い壁になるなんてっ!」
デュークは、グルングルン! と、クレーンを回転させて海に潜ろうとするのですが、大昔の外輪船の様に海の上を進むことしかできません。彼が高い浮力を持つカラダをジタバタさせるうちに、鮫がスイキーにどんどん迫ってきました。
デュークの龍骨の中では”
「うるさいぃぃぃぃ!」
と、警告音を強制的に遮断したデュークは、
「電波は海水ですぐに減衰してしまう――どうしたらいいんだ!」
デュークは何ら打つ手が無いことに焦りますが、どーにもこうにいいアイデアが浮かんできません。
「こ、こうなったら、本体に戻って、軌道上から攻撃とか……いやいや、そんなの無理だよ。 なにか代わりの手段はないのかなっ!」
何ともならないデュークは状況を打開しようとさらに龍骨のコードを探りました。
「そ、そうだ。本体をカムランにおろして――って、降りきるまでにスイキーは丸呑みだぁぁぁ! 本当のカラダだったら、海ごと飲み込んじゃうのにっ!」
ちょうどそのころ軌道上にあるデュークの本体が真上に来ていたのですが、推進剤を湯水の如く使って急降下しても、間に合うものではありません。そもそもそんな速度で降りてきたら、落下の運動エネルギーで10キロ四方が吹き飛ぶでしょう。
「くそぉぉぉぉぉぉ!」
龍骨のクロックが限界いっぱいまで上がり、強固な素材でできたそれをギシギシと悲鳴のような唸りを上げたその時――――
「はっ、この声は――!」
彼は誰かの声を確かに聞いたのです。
「活動体も結構使えるんじゃぞ…………って?」
射撃訓練の時に感じたものと同じ声の主が「エネルギーを受け取れ」と言って来ました。ヴン――そんな音がデュークの聴覚素子を叩き、彼は目の前が赤く染まるのを感じました。音だけではなく、視覚素子にも影響を与えるなにかが伝わってくるようです。
「なんだこの感じは!? カラダが熱い――こ、これはマイクロ波っ?!」
惑星カムランの大気を通して、マイクロウェーブがデュークの活動体をブルルと振動させています。それが軌道上で眠る本体が放った収束マクロウェーブであると彼が気づくのは、随分後のことになります。
「これだけのエネルギー! 疑似縮退炉も合わせて使えば、アレが使えるっ!」
デュークはお腹の中の圧力を高め疑似縮退炉も全開にすると、活動体の口を大きくひらいて海の中に向けました。
「ただ使うだけじゃだめだ! 収束させてピンポイントで!」
龍骨を熱に浮かせたデュークは、今の彼が取りうるたった1つの手段の最終調整を進め――
「目標の速度、ベクトル、予想位置――――ここだっ!」
射撃訓練の時の様に対象を捕捉すると――
「いっけぇぇぇぇぇ!」
と叫びました。
すると彼の口に備わった重力波発生装置――通称重力の汽笛が、ゴォォォォッォオン! と鳴り響くのです。
通常の汽笛は指向性があまりないものですが、この時のデュークはそれを絞り込むようにして使っているので、ドッ! というくぐもった発射音とともに、収束された重力波がブワッと海中を進み、鮫の鼻面に到達するのです。
重力波は距離の二乗に反比例して減衰するものですが、収束されたそれは鮫の鼻づらにでと、バン! と海水を震わせて、強力な短距離打撃の効果を産み出すには十分な威力がありました。それを受けた鮫は脳味噌を揺さぶられて――クテン、と昏倒したのです。
「ふぅ――――なんとかなったか……」
脅威を排除したデュークは、ホッと排気を漏らしました。すでに本体から降っていたマイクロ波はなくなっています。
「また、ご先祖様に助けられたなぁ。ありがとうご先祖様!」
龍骨の民のご先祖様システムはかなりいい加減で、大事な時に作動してくれるかどうかわからないものですが、デュークのご先祖はいつも都合の良い時に現れてくれるのです。
「なんでなんだろうねぇ……?」
そんな感じでデュークが不思議がっていると、海面からバシャッ! と何かが飛び出してきます。
「あ、スイキー!」
「っと――――ちょっと背中を借りるぜ!」
水を猛ダッシュでかき分け、勢いよく空中に躍り出たのはスイキーでした。彼はその勢いのままデュークの背中に飛び乗ります。
「うわっと……随分と重いなぁ」
デュークの喫水線がズシリと下がりました。大量の魚を胃袋に詰め込んだスイキーの重量は相当なものになっていたのです。
「ところでなんか、遠くでバンッ! って音がしたけどよ。なんかあったか?」
「や、やっぱりなにも気づいてなかったんだ」
デュークはカクカクシカジカと、スイキーに事の次第を説明しました。
「げっ、マジかよ? 冗談はよせやい。そんな奴がいるわけ――」
「マジだよ! ほら、そこを見てよ!」
デュークがクレーンを向けて少し離れた海面を示すと、昏倒したままの大型の鮫がデローンと浮かんでいるのがわかります。
「なっ……あんなのに狙われてたのかよ!」
スイキーの眼が丸なり水にぬれた羽毛がブルブルと震えます。時速50キロで襲いかかる体長六メートルの鮫が、自分を丸呑みに仕掛けていたと分かれば仕方がありません。海には危険がいっぱいなのです。
「だが伸びちまったら、もう危険じゃねーな。おっしゃ、あいつもご飯にしちまおう、フカヒレだ、フカヒレ!」
スイキーは「持って帰ろう」などというのですが、デュークは「あんなの食べたくないよ」と嫌そうにします。
ギロッ――――
「うぉ、眼を開けたぞぉ!」
デッカイ鮫の意識が戻ったようで、スイキーのことを「餌ッ!」という感じで睨みつけて来るのです。いまだカラダ方は麻痺しているから良いものの、自由を取り戻せば本当に丸呑みにしてくるでしょう。
「こぇぇぇ……下手なことは考えず、さっさと逃げるか!」
「そうだね!」
背中にスイキーを載せたデュークはスラスタを全開にして陸へ戻って行きました。
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