第95話 目的地到着、ご飯の準備

 深い森を抜けて野営を行った後、湧水の流れる方角へ歩くとちょっとした小川が見つかりました。


「これに沿って進めば間違いないな」


 辺りはそれほど険しい地形もなく、1時間ほども歩けばすぐに潮の匂いがする所――岩場と砂浜が半々で構成された海岸線が見えるのです。


「海だ――!」


「わぁぁぁ、これが海かぁ!」


 潮気に溢れた水が満々と湛えられ、はるか水平線まで届く広い海が姿を現し、一行は皆「海だ、海だ!」と歓声を上げました。


 デュークは少しばかり高さのある崖の上から、満々と湛えられた広大な塩水のプールをながめ、波が岩場に叩きつけられる様子に「軌道上から眺めたものとは全然ちがうなぁ」と思いました。


「塩化ナトリウムの匂いがするよ!」


「おいおい味気ないな。潮気と言ってくれ。じゃぁ、今日のところはここでキャンプだぜ。行軍はまだ数日にわたるから、しっかりと休める場所を作ろうぜ」


 一行の行軍速度はそれなりのものでしたから、予定通りお昼を僅かに過ぎた時間に到着できており、スイキーは皆の疲労を考えて「ここをキャンプ地とする!」と、本格的な野営の準備を命じました。


「場所はどこにするのがいいかしら?」


「今の天候は悪くねぇが、海は突然荒れることもあるからな。少し高い所――――あの丘の上がいいと思うぜ」


 一行は少しばかり海から離れた小高い丘の上に移動します。


「ほっ、なんとも平らで、均す必要がほとんどないくらいだノォ」


「多分、我々の先輩方が同じ場所を使っていたのですぞ」


 彼らが頂上付近に登ると、随分と平坦な場所があって、キャンプをスルには実に最適な場所だとわかります。パシスの推察の通り彼らの前に長距離行軍していた先達達が、同じ場所を何度も使ってきた跡のようです。


「ありがたく使わせてもらうとしよう。だが、いくら平らと言ったって、しばらく使われないみたいだな。よし、俺とデュークとパシスで地面の整備だ。キーターとマナカはその間にテントの準備をしてくれ」


 スイキーはそう命じると、地面に落ちている岩呉や小石を拾い上げ始めました。それをしないと寝る時に背中に当たって痛くなってしまうのです。デュークは「石が結構散らばってるね」と言いながら、ヒョイパクと口に放り込んで処理を始めました。


「ああ、雑木の根っこが生えたあとがありますな――――よいしょっ!」


 パシスが大きなアゴの力で、地下から顔を出している植物の根っこをほじくり返しました。本来であればスコップを使って処理するところですが、穴掘りが得意な彼には必要ないのです。


「テントってこれよね」


 マナカはキーターが持っていた大きなバッグを取り上げると、口の端を縛っていた紐をスルリと解きます。すると、中からオリーブドラブ色の布の塊と、断熱マット、ロープやアンカーなどが現れます。


「わぁ、これって軍用の最高級品だわ」


「マナカはこういうのに詳しいんだノ」


 マナカはテントのパーツを手にしながら「私、アウトドア派なのよ」と笑みを浮かべました。


「お、材料が揃ったな。よっしゃ、まずはブルーシートを敷いて断熱マットかませるんだ。そしたら、その上にテントを置いて――ポチッとな!」


 スイキーがテントの端についている電子機器を操作すると、伸縮性のある生地がブワリと広がりドームを作り上げます。軍用の生地はナノカーボン製の形状記憶高分子で作られており、展開するのも簡単ですしオートできっちりと折りたたむことができる優れものでした。


「よく伸びる素材だのぉ。これがワシやパシスでも入れるノ」


「屋根があるっていいわよねぇ」


 すでに一晩野営している彼らですが、その際は寝袋で済ませていたため、屋根が付いたテントは大変有り難いものです。植物であるキーターにとっては、それが不要にも感じますが「ワシ、こう見えても文明人だからノ。屋根があれば会ったで、落ち着くものじゃよ」と言うのです。


「固定はオートじゃないから、タグとアンカーを括り付けるんだ」


 デュークは生地の取り付けられた輪っかにタグを刺すと、クレーンを振るってコンコンとたたきました。


「ええと、これでいいかな?」


「いい感じだぜ――よしっ、寝倉が完成したぜ! 次は飯の準備だ!」


 そのようにしてテントを作り上げたデューク達は、次にご飯の準備に取り掛かります。


「でも準備と入っても、レーションはすぐにできちゃうけれど?」


「いや、レーションは少し不足しているはずなんだ。教官がそう言ってたからな」


「残りの日数を考えると、一食二食は自給自足しないといけないみたいね」


 長距離行軍はサバイバル訓練も兼ねており、行軍の途中で食物を採取して調理しなければ、微妙にご飯が足らなくなるのです。


「そう思ってほれ、森の中でキノコをいくらか取って置いたのですぞ!」


「でも、キノコってカロリーがないのよねぇ。そこらに野生のお芋でも埋かってないかしら?」


「探せばあるとおもうがノ。ワシの大地を感じる能力で探してみよう」


「げ、またイモかよ。勘弁してくれ、そこに丁度いい食料庫があるから、ちょっとオレっちが調達してくるぜ」


 スイキーが自信満々でそう言うと、デュークは「海って食料庫なの?」と不思議がるのです。


「おおよ、魚や貝、エビにタコ、なんでもいるんだ。こいつを味合わない手はないんだぜ!」


「おおお、なんだかすごそうだ! じゃぁ、僕も行く!」


「天然素材でキャンプ料理ね。悪くないわ! じゃぁ、私は炊事場でも作っておくわ。火を使いたいから、薪がいるけれど」


「では、辺りを回って燃料となるものを探してきますぞ!」


「ほっほっほ、ワシはイモを掘ってくるとしようかノ!」


 キーターがそう言うと「イモ以外のも頼むぜぇ」とスイキーが涙目になるのです。 


「じゃ、俺達は海に入ってくるぜ! マナカ、ここは任せたぜ!」


 そう言ったスイキーは「デューク、海だ! 海に行くぞ――――!」と、デュークの背中を叩いて海辺に向かいました。


 ◇


「まずは、ここらに当たって見るか」


 スイキーが岸壁をピョンピョンと器用に降りてゆき、デュークもスラスタを吹かしながらスルスルと彼に付いて下の岩場に向かいました。引き潮の時間帯らしく、辺りは海水が引いて、ゴツゴツとした岩石が姿を現しています。


「デューク、岩場の隙間や穴ぼこを見るんだ」


「こういうところ?」


 デュークがヒョイと岩場のくぼみを眺めると、小さな生き物が塩水に漬かっている様子が伺えました。


「おお、チョコチョコ、チョコチョコと左右に動いたり、ハサミを振るったりしているよ! なんだろ、これ?」


「カニだな。良い出汁がとれるぜ。いくらか捕まえて袋に詰めておこう」


 デューク達は防水性の袋にカニを放り込み、無くならないようにマーカーを設置しました。


「よしこんなもんかな」


「結構とれたね!」


「ああ、だが、こいつは本命じゃないんだぜ」


「本命って?」


 尋ねられたスイキーは「本命は、海の中にいるんだ! いくぞっ!」と言うと、海面に向かってダダダッ! と駆け出し、ピョーン! とジャンプして頭から飛び込んでゆきました。


「わ、待って――――!」


 飛べないトリは海に適した生き物で海水なんか全く怖くないのですが、生きている宇宙船で機械生命体のデュークは「塩化ナトリウム入りの水かぁ、錆びちゃわないかなぁ」などと、躊躇いを見せるのです。


「おおい早く来いよ、お前完全密封型だろが。海水に使っても壊れやしないだろ! 電化製品じゃないんだからさ!」


 海面でプカリと浮かんだスイキーが「真空に耐えるやつが、海怖がってどーすんだよ」というので、デュークは「あ、たしかにそうだね」と納得しました。龍骨の民はある意味完全無欠の防水性を持っているのです。


「今いくよ――――っ!」


 デュークはフワリとカラダを加速させると、海の中に飛び込んでゆきました。


「なるほど、これが惑星上の海なのか~~~~プカプカ~~」


 ザバンと打ち寄せる波がデュークのカラダを翻弄するのですが、エーテルの海で鍛えられた彼にとっては何ほどのものではありません。むしろ波で揺さぶられるたびに、龍骨がくすぐられるような感じで、面白さすら感じるのです。


 そして彼がチャプリと水面に艦首を突き入れると、海のなかでは様々な魚や生き物がいるのがわかりました。デュークの視覚素子はかなりの高性能なセンシング能力を持っており、海の透明性の高いことも相まって、相当な距離まで見通すことができているのです。


「うわぁ、生き物がたくさんいるね!」


 赤いうろこを持ったひらべったい魚や、黄色に輝く長細い魚、透き通るようなカラダをもつ透明なクラゲがフワリと浮かんでいます。下の方では濃い緑色をした海藻がユラリユラリと揺れてもいました。


「あ、あれはスイキーか」


 スイキーはすでに海中にあって、フリッパーと脚を使って、水中を飛ぶように縦横無尽に海を泳いでいます。それはまるで水を得た魚ならぬ、水を得た飛べないトリの面目躍如というものでした。


「見事な泳ぎだなぁ」


 デュークがスイキーの動きに関しいていると、その前方に青光りする小魚の群れが泳いでいるがわかります。スゥっと近づいたペンギンは、パクッ! と魚を飲み込みこんでいました。


「食べちゃった……いや、ああやってお腹に貯めてるのか」


 デュークは龍骨に浮かんだコードを確かめ、スイキーが行っているのが捕食行動というより採集活動なのだと理解します。


「ペンギンって優れた漁師なんだなぁ……ん?」


 スイキーの行動を眺めたデュークが「大したものだなぁ」などと更に感心を深めていると、彼の視覚素子が遠くの方にいる大きな物体を捉えます。


「なんだろあれ――ズームイン! ……へぇ随分と大きな魚だなぁ」


 彼がキュイっと眼の焦点を合わせると、かなりの大きさがある魚がこちらの方にやってくるのが見えたのです。


「前に出会ったシロホホシャチに似ている? でもあれって自然動物だとおもうけど…………あっ!」


 デュークが大きな魚を眺めていると、そいつはギザギザの歯をむき出しにして物凄い勢いで泳ぎ出し、小魚を追うのに夢中になっているスイキーに向かい始めたのです。


 すると彼の龍骨の中に”味方がロックオンされた、危険アラート!”というほどのコードが流れてきます。デュークの本能が、大きな魚が鮫のような肉食獣だと認識し危険を伝えていたのです。


「ま、まずい! スイキーはまだ気づいてないぞ!? おーい、おーい、スイキー上がってくるんだ~~!」


 デュークは大きな声を出してスイキーに呼びかけましたが、海の水に遮られてその声は全く届きません。電波の声を発しようにも、スイキーにはそれを受信する力はありませんから、連絡手段がなくなったことがわかるだけなのです。


「こうなったら、潜っていくしか――――あ、だめだ! 潜れない!」


 デュークはザブンと海の中にもぐり込んで助けに行こうとも考えたのですが「僕のカラダって浮力が有りすぎるんだ――――っ?!」と、叫びました。当たり前といえば当たり前のことで、宇宙船も船ですから当然海に沈むものではなく浮かんでしまうのです。


 そうこうするうちに、鮫がどんどんスイキーに迫ってゆくのでした。

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