第94話 森の中で


「迂回したら間に合わないわね。森を抜けるルートを取らざるを得ないようになっているのだわ」


 昼食を取ってから1時間ほど進むと、うっそうとした森林が現れます。マナカが地図を確かめてルートを検討すると、森を避けて進めば制限時間以内に目的地に到着できないことがわかりました。


「ううむ、仕方ないな。突っ切るとするか」


 スイキーは森を抜ける決断を下し、デュークたち一行は森の中に分け入るのです。


「へぇ、立派な森林ねぇ」


「知性なき樹木なれど、故郷の古老たちを思い出すノ」


 高くそびえ立つ木々は枝葉を豊かに生いしげらせ、陽光はうすらとした木漏れ日となっていました。樹高20メートルを超える木々を眺め、キーターが嬉し気に腕を振るのも当然――ここらの樹木は彼の近縁種ではありませんが同じような形態を持つ植物であり親しみがわくのでしょう。


「ほぉ、ずいぶんと腐葉土ですな。これは数百年――いやそれ以上前からあるような森林ですぞ」


 歩を進めるたびに感じるのは柔らかな腐葉土の感触であり、ところどころに佇む岩石は緑の装飾に苔むしていました。自然環境学についても造形の深いパシスが言うには「ここは手つかずの自然」だそうです。


「ううう、虫がブンブンとんでやがる……」


「虫刺されがいやなら、虫ジュースを使いなさいな」


 自然が豊かということは、生き物もたくさんいるということになります。羽虫にたかられたスイキーがフリッパーを振り回す様子を見かねたマナカが虫よけスプレーを吹き付けました。


「地面に落ちてるこれってなんだろう? 大型の菌株ってコードがにじみ出てくるんだけど」


 デュークが傘の大きなキノコを取り上げたり、丸い形状のものをコロコロと転がしたり、指先で突っつき感触を確かめています。


「ああ、それはキノコだノ。俺等の足元に勝手に生えてくるんだノ」


「カロリーはあまりありませんが、ビタミンが豊富な食べ物ですぞ」


「食べ物なのか!」


 デュークはキノコをヒョイと口に放り込みました。いまだ本調子ではない彼ですが、ご飯になるものを拾えば口にするのが龍骨の民というものです。


「モゴモゴモゴ…………このキノコ美味しそうだ! 痺れるような香りがするよ!」


「まてまてまて、それって明らかに毒キノコじゃねーか!」


 デュークは燃える炎のように真っ赤で傘の大きな見るからにヤヴァそうなブツを手にしているので、スイキーは「食ったら、悶え死ぬぞ!」と目を覆いました。


「大丈夫だと僕には毒は効かないから――モゴモゴ。あ、口にビリビリとした痺れが広がって……美味しい!」


「ほんと、お前らってば何でも喰うんだな……」


 やめろという言葉も聞かず、デュークは毒キノコをパクリと放り込みました。龍骨の民という生き物は、劣化ウランでもなんならプルトニウムでもご飯にする生き物ですから、毒キノコごときは全く問題ないのです。


「あれ? スイキーの頭にもキノコが生えてる。プニプニしていて――――プルプルうごいてるよ?」


「あ?」


 スイキーの頭にはなんだか奇妙なものが乗っているのです。デュークがクレーンを伸ばして触ってみるとネバっとした感触が伝わりました。


「あらら、蛭じゃない」


「ほ、シカやイノシシの血を吸う吸血生物だが、トリの血も吸うんだノぉ?」


「吸血性のヤマビルですな。麻酔効果がある唾液を出していますから、座れてもきづかないものです」


「へぇ、森の中には、いろんな生き物がいるんだなぁ~~」


「おいおいおい! おい、感心してないで、早く取ってくれぇぇっ!」


 豊かな自然環境にはそのような生き物がいくらでもいるのです。マナカが医療キットから、消毒用のエタノールを取り出して振りかけるとポロリと取れました。


「帽子をかぶりなさいな」手当を終えたマナカが、リュックから背嚢から取り出したブーニーハット――周囲につばがついているアゴひもがついた軍用帽をスイキーに被せます。


「クワッ、まったく自然が豊かなのも考え物だぜぇ」


「ええ、植生が豊かすぎてルートがまったくつかめないわね」


 デューク達は歩きやすいところを選んで進んでいるのですが、倒れ伏した木がゴロリと転がりって邪魔をすることもあるのです。


「押しのけて進むしかありませんな」


 力持ちのパシスが「エイヤ!」と倒木を押しのけたりマシェットを振り回して草木を刈って道を作りました。そうして小一時間ほども進むと、森は更に深いものになり、木々は互いに覆いかぶさるように枝葉を伸ばし、辺りもかなり暗くなってくるのです。


「視界が取れなくなってきたわ」


 マナカは軍用ブーツでぬかるんだ地面を踏みしめながら、クッと先を見据えるのですが見通しはかなり悪くなっています。


「こりゃ、樹海ってやつだなぁ。ところでよぉ……方角合ってるよなぁ? こっちでいいはずなんだが――なんだか感覚がおかしいんだぜ」


「なによあなた、鳥類の感覚がどうこうって自慢してたじゃない! コンパス、コンパス! ……あっ!」


 マナカが手元の磁石を確かめると、針がクルクルフララと振れています。それを脇から眺めたキーターが呟きます。


「コンパスがブレておるなら、辺りに磁気を帯びた岩石があるのかもしれんノ」


「ふぅん、磁性体岩石ってやつですな? 興味深い」


「じゃ、天測しか道標はないな」


「森の葉が茂っていて太陽の方向がわからんがノ」


 一番背が高いキーターがあたりを見回すのですが、あたりの木々は彼より大きいので、背を伸ばしても太陽の光を捉えることができません。


「これは迷子になっちまったかもしれませんなぁ」


「かもじゃなく、間違いなくそうなってるわよ……」


「ううむ、木の上に上がって天測するか?」


「私、高いところが苦手でして……と言うか、現在位置が掴めないのでは意味がありませんぞ」


「であれば、戻って迂回する一手か?」


「それは悪手じゃノ。ここら一帯同じようなものだろうて――こんなにうっそりと茂った森だからノ」


 キーターは「大地の力が満ちておるノ!」と断言しました。


「やべぇ、こいつはこの惑星の自然環境なめてたかもしれんなぁ」


「それが森の怖さだノ。とはいえ、このままとはいくまいノ。ここはひとつ、その自然に道を聞いてみるとしよう」


 そう言ったキーターは木のウロ状の目を閉じ、足元の大地にゆっくりと腕をおろしました。


「眠れる地水の声よ――大地を流れるいと尊き声よ――埋もれし偉大なる汝の声を聞かせよ――我に応えよ――」


 樹木型種族の口から祝詞のような言葉が漏れ出してきます。


「こいつ、なにやってんだ?」


「何かのまじないですかな」


「あ、これは思念波じゃない? 特徴的な波長ねぇ」


 キーターが漏らす言葉は共生知性体連合共通語であり、かつ奇妙な思念波を伴うものでした。


「流れはいずこに向かう――――ふむ、ふむなるほど……」


 キーターは振り下ろしていた腕をおもむろに引き離し「我が問いへの応え、感謝感謝」と頭を下げてから「あちらに進むのが吉だノ。流れはあちらに向かっとる」と断言しました。


「流れって、あなたもしかして水脈を検知してたの?」


「ほぉ、わかるかノ? ワシらの思念波は水の流れに対して敏感でノ。それを使って地下水脈の流れを探査できるのだ」


「地下水の流れは――――そうか、海に向かっているのか」


 デューク達の目的地は海――地下水脈の流れはいずれ大地から吹き出し、川となってそこへ向かうのです。そのようにして手がかりを得たデュークたちは森の中の道なき道を進むのでした。

 

 1時間ほども歩くと、どうやら森の一番深いところを抜けたようであり、天を覆う枝葉のドームに隙間が見え始めてきました。


「木漏れ日が射しているわ。さっきのところが森の最深部だったのね」


「磁力も普通になってきたから方角もはっきりしてきたぜ――よし、ここらで小休止にしようか」


 方向感覚が戻りホッとしたところで、スイキーはいったん休みをいれることにしました。面倒なルートを結構な距離を歩いたものですから、それぞれ手ごろな木の根元に腰かけ「ふぅ……」と吐息を漏らすことになります。


「やはり陽の光があると良い気分だノ。土もよく超えておるし、このままこの大地と一体となるのもいいかもしれんノォ」


 キーターが腕を広げて、薄らとした木漏れ日を大事そう受けとめながら笑みを浮かべています。そのような彼は周囲の木々とあまり変わらないような感じですから、周囲と一体化したとしても違和感はありません。


「クワカカッ、お前、このままここに住み着いたらどうだ?」


「そうできれば良いのだが。一度根を張ったら、ワシらは動けなくなるからそれは困るな。若いうちは見聞を広めなくてはノ」


「ほぉ? そういうものか……ところで、お前、すっごいおっさん臭い気がするんだが、何歳だっけ?」


「樹齢か? 10数年ほどかな。まだまだ若木なのだ」


「へぇ、俺の半分くらいなのかよ。はっ! 桃栗三年、柿八年っていうがなぁ」


「あらスイキーあんた私と同じくらいだったのね。トリってもっと成長が早くなかったかしら?」


「卵から孵ってから数年でカラダは大きくなるが、それからはゆっくりなんだよ。進化の過程でそうなったらしい」


「卵ですか。私は卵の中で20年ほど眠っていましたからなぁ。外気に触れてからはまだ5年ですぞ。出産調整と言うやつでして」


「じゃぁ、やっぱり一番の年下はデュークだな。あいつ、生まれてから1歳くらいだっていってたから」


「ふぅん――――あら、そのデュークの姿が見えないわ」


 そこで皆はデュークの姿が見えないことに気づきます。


「あいつ森に入ってから、小休止するたびにいろんな生き物がいる! って、そこらを探索しまわってたからな」


「なんにせよ、元気が出てきたみたいで良かったじゃない。ま、好奇心旺盛なのが子供だものねぇ、仕方がないわ」


 龍骨の民というものは生まれてから一年も立たずに恒星間宇宙に飛び立つ生き物であり、少年期という時期は好奇心旺盛で、たくさんの経験を積むために活発に行動する生き物でした。

 

「お、デュークが戻ってきたようだぜ…………ん?」


 腰を落ち着かせていた面々が、そんな話をしていると、スルスルとしたスラスタの音を立ててデュークが帰ってきました。


「ねぇ、これってなんだろ?」


 デュークはクレーンでなにか小さな物体を持ち上げ「木の陰で鳴き声を上げていたんだ」と言うのです。彼の手の中では黒くて丸い動物が「くぅーん、くぅーん」と泣き声を上げるものですから、デュークは「泣かないで」といいながら幼生体のように抱き上げて、あやします。

「これ、あげる泣かないで」


 手にしたレーションの残りを差し出すと、手の中の生き物は嬉しげな声を上げてそれにかじりつき始め、あっという間に平らげるとデュークの艦首をペロペロとなめました。


「アハハ、くすぐったいなぁ」


「それは子熊ですか。見たところほっぺが赤々としていますから、この惑星原産のモンクマ種のようですな」


 丸々とした子熊のほっぺはリンゴのように赤くテカテカとしています。パシスの言う通り、確かにこの星カムラン原産のクマ――野生の動物でした。


「ぬ、母クマから、はぐれたのかもしらん」


「クマって、メドベージ先生の種族でしょ! すごく愛らしい動物だよね。この子は体毛は七色に輝いてはいないけれど艶々で綺麗なものだよ」


 デュークは幼生体の頃に見た子供向け教材の登場人物、大型肉食獣ミーシカの姿を思い出しながら「よぉし、これも食べるかい」などと呑気なことを言っています。


「あっ、野生動物に餌付けしちゃだめよ!」


「そうだ、その子熊、今すぐ返してこい!」


「そうだノ、近くに親クマが居たらエライことになるぞい」


「確かに、それはそうですな」


「ふぇぇ…………?」


 仲間たちは早く返してこいというのですが、抱え上げた子熊がペロペロと彼の頬を舐めるものですから「いやだよ……」などと否定的な言葉を漏らしました。


「あのなぁ…………」


 と、スイキーはがため息を漏らしたその時――


 ガゴォォォォォォォォォォッ?! グオガルァアアアッ!? グガァ――――――っ!


「ふぇっ⁈」


 遠くで物凄い鳴き声がしたのです。それはあきらかに我が子を奪われた母熊の怒りの雄叫びでした。


「うげぇ、まじいすっごく怒ってやがる!」


「う、うわっ、野生動物特有の殺意を感じるわっ!? 見つかったたら、食われるっ?!」


「ううむ、これは危険だの。声からして相当にサイズがありそうだノ」


「モンクマ種は体長が6メートルはある大型種のようですからな。いつもは大人しい生き物のようですが、子供が絡むとすっごく攻撃的になるらしいです」


 皆がアワアワする中、博学なところを見せるパシスですが「私の倍はある肉食獣――パーフェクトなナチュラルソルジャーなんです。大自然ってこわいですねぇ。恐ろしいですねぇ」と、その足元をガクガクと震わせていました。


「あっ――――!」


 母クマの声を聞いた子熊が耳をフルフルさせるとカラダを捩じってデュークの手から勝手に降りて鳴き声がする方に向かってタタっと走り出しました。


「いっちゃった……」


 デュークはちょっとばかり悲しげな表情で、それを見送るのです。


「デューク、これでいいんだ。あいつは母親のところに戻るんだからな」


「そうか、母さんのところに戻るんだ……」


 手の中にあった小動物がサッと消えてデュークは少し悲しげな気持ちになるのですが、子供が母親の元に戻るというその意味を確かめ「生き物って、皆同じものなんだねぇ」と、どこか納得したような笑みを浮かべたのです。

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