第93話 長距離行軍の始まり

「次の分隊の出発だ。行け、行け、行けっ! 集合時間におくれるなよっ!」


 まだ闇の帳が開けきらぬ早朝、野太い声を上げるゴローロ軍曹が、新兵たちを次々に送り出していました。長距離行軍試験が開始され、分隊を組んだ新兵達は自分たちの力だけで時間内に指定された集合地点に到着しなければなりません。


「おい、第二宿舎が出払ったぞ、次は俺はたちだぜ。支度を整えるんだ――っ!」


 スイキーがフリッパーをフリフリさせながら「準備しろ――!」と言いました。くじ引きで分隊長に選ばれた彼は、行軍準備の最終チェックをしいるのです。


「マナカ、バックパックの調子はどうだ――っ!」


 スイキーはマナカが背負っている大きなバックパックをペシペシと叩きました。


「かなり重い荷物のハズだけど、この背嚢すっごく性能良いからね」


 共生宇宙軍のバックパックは自由変形するマテリアルで構成され、着用者のカラダに完全にフィットし、重量は肩から腰にかけて重量が分散されてカラダにかかる負担が少ないのです。


「そいつはよかった――――っ!」


「ところで、あなた。いつもにましてテンション高いじゃない。もしかして分隊長になったのがそんなに嬉しい?」


 マナカが「少し浮かれ過ぎじゃない?」というほどに尋ねると、スイキーは「クワカカ、最初の目的地がせいかもしらんな!」と答えます。


「海だぜ、海なんだ――――っ!」


 クワクワ、クワクワという嬉しげな鳴き声を上げるペンギンの手にある地図に記された一番目の目的地は、山岳地帯を50キロほど下ったところにある海なのです。ペンギンという生き物は羽が生えたばかりの頃に、極寒の地をテクテクと歩いて海に向かうような生き物ですから、楽しくって仕方がないのでしょう。


「それにしても50キロかぁ。1時間に4キロ進むとして10時間以上もかかるわ」


「あ――、いやいや、脚の遅いキーターに合わせにゃならんから、時速3キロ出せれば御の字だから18時間はかかるな。どこかで一泊して、明日の昼ころに到着するつもりだ」


「あら、かなり計画的じゃない。あなたこういうの得意なの?」


「そら、俺は元々――――まぁそいつはどーでもいいや。おーい、キーター! かなりの距離を歩くことになるが脚の調子は大丈夫か?」


 スイキーは脚の遅い樹木型種族に声を掛けました。遠足気分で浮かれていても、スイキーというトリはそのような配慮ができるヤツなのです。


「大丈夫だノ。歩行器の調子は良いし、訓練で鍛えた根っこの力があるからノ」


「おお、根っこがクネクネ動いとるな!」


 キーターは「倒れる前に右の根っこを出す、倒れる前に左の根っこをだす!」と掛け声を上げながらシュリシュリと根っこを動かし、「ミヤナギ道空手を応用したんダノ」と樹木らしからぬ軽快な挙動を見せていました。


「パシス、一番重い荷物を持たせてしまってすまんな!」


「いえいえ、この程度」


 パシスは大きなカラダ似合わせて他の皆よりも多くの荷物を持っていますが、アリという種族は元来自分よりも何倍も大きな荷物を運べる生き物ですから「もっともてますよ?」と、飄々とした口調で応えるのです。


「あとは、デュークだか……あ、なんだこいつ、浮かんだまま寝てやがる」


 デュークの様子を確かめたスイキーは、口をカパァと半開きにしながら「ぐぅぐぅ」と寝息を漏らしているデュークに「起きろよ」と注意します。


「ふぇ…………?」


「おい、フネは寝ながらでも航行できるのは知ってるが、寝ぼけたままだと迷子になるかもしれんぞ」


「あ、ごめん……」


 スイキーはちょっとばかり声を荒らげて気を引き締めろと注意するのですが、デュークはどこかぼんやりとした口調で応えるだけなのです。


「おい、こっちこいペンギン!」


「あっ? いてててて……なにすんだマナカ」


 よこちょで見ていたマナカがスイキーのとさかをつかみあげ「いいから、こっち来い!」と言いました。


 連れ出されたスイキーは「なにしやんだマナカ!」と憤るのですが、「真面目な話なの」と、マナカがかなり真剣な表情をしているものですから、「ん、どうした」と口調を改めて尋ねます。


「前の休日のこと思い出して。デュークってば、いろいろあったじゃない」


「まぁ、たしかにな」


「まだ彼は少年――精神年齢的には小学生くらいかしら? だから、そのことを配慮してあげてほしいの」


「そういうことか――いや、それは俺も分かっているつもりだ。だがここは軍隊だぞ。それに心苦しい時こそ軍務に精勤することで、集中できるってもんだが……」


 そう言ったスイキーは嘴をカチッ! と鳴らし「ふむ‥…」と頷いてからこう続けます。


「だが、分かったよ。気をつける」


「そうしてあげて」


 そうこうしていると――「次の分隊、お前たちの番だ、行けぇっ!」とゴローロが大声で命令してきました。そうしてデューク達は長い行軍に入ったのです。


 訓練所を出てから、数時間ほどを掛けて10キロ程進んでゆくと、道らしい道がなくなり道標も全く見当たらないような自然環境に入ります。


 マナカが地図をペロペロと開きコンパスを使って方角を確かめ、眼に見える地形を把握して「ああ、大体あってるわね」と言いました。新兵には衛星測位システムが支給されていなかったので、昔ながらの方位磁石コンパスを使って方角を確かめ、地図をたよりに進むほかありません。


「クワックワッ、コンパスなんて必要ないぜ! あっちが南だ――俺の中の渡り鳥的生体コンパスがそう囁くのさ。間違いなく南はあっちだってな!」


「あんた、ペンギンでしょうに……」


 渡り鳥は磁気感応力を持っており、どんな長距離であっても道に迷うことはないのです。でも、渡り鳥ほどではないもののペンギンにも惑星の磁気を感じる能力があるのです。


「ああ、太陽の方向からして、確かにあちらで間違いないノ」


 キーターが長い腕を陽光が差し込む方向へ向けて方角を確かめています。樹木型種族は陽の光に敏感なので、太陽がある限り方向を間違うことはないのです。


「ここまでのルートを考えると、順調に進んでいるようですよ」


 パシスがこれまでの足跡を頭の中で思い返して現在位置を確かめています。アリは一度歩いた道を忘れることがありません。


「ところでデュークはどうした? あいつのジャイロなら、ミリ単位で計測――――」


 皆が後ろを振り向くと――


「あら、が遅れてるわ」


 デュークが少し遅れた所に浮かんでいのに気づきます。


「はふぅ…………」


 重力スラスタを吹かしながら近づいてくるデュークですが、なんだか溜息をついているようで、スラスタの調子もイマイチな様子です。


「おい、大丈夫か? ちょっと休みをいれようか?」


「え? 大丈夫、大丈夫だよ!」


 途中で小休止もはさんでいるのでそれほど疲労しているようには見えませんが、傍からみていてもデュークの状態はおかしいのです。


「んあ、私、お腹が減ってきたわ。ちょっと早いけどそろそろお昼にしましょう!」


「ん? んん~~確かに腹が減ったなぁ」

 

 デュークの様子を見ていられなくなったマナカが「ご飯の時間!」と提案します。スイキーは「よしっ、総員ご飯を準備せよ!」と命じ、手頃な岩塊の上に腰かけてレーションがつまったパックを広げ始めました。


「よろしい、ご飯食べましょう」


「養分を補給しなくてはノ」


 他の仲間たちも「ご飯だ、ご飯だ。栄養補給だ」と言いながらレーションパックを広げ始めました。


「ご飯……」


 どこか上の空のデュークですが「ご飯」となれば否応もありません。背中にくくりつけた物入れの口を開けて、皆と同じ様に戦闘糧食を取り出しました。

 

「さぁて、今日のメシはなんだろな――」


 スイキーが手したパックには”共生宇宙軍標準戦闘食四型――中型種族用”と書かれています。それはパックの中に料理一式がまとまってして、端を破って薄型のトレーを引き出すと、その上にあるご飯が自動的に調理されるという優れものです。


「グェ! 今日のは外れだぁ。イモばっかだぜ……」


 レーションの中身はランダムになっており、パックを開けるまでは中身が分からないという楽しみと苦しみがあるのです。スイキーには、好みのメニューが当たらなかったようで「なぜ、魚肉がはいっておらんだ!」と恨み言を呟きました。


「合成素材だから、食べちゃえば栄養には変わらないわよ。お、あたしのレーションってば、好物のミートビーンズだわぁ!」


 マナカが添えられたスプーンで豆と肉を混ぜ混ぜすると、フワリとした香りが彼女の鼻をくすぐります。食べれば同じ栄養かもしれませんが、やはり口にあった物のほうが嬉しいものでした。


「ワシのこれはなんだ……これは木の根っこ……」


「いや、ゴボとかいう野菜ですよ。 多分、キンピラとかいう料理ですぞ」


 キーターのトレーには、木の根っこのようなものをみじん切りにして、甘辛のソースを絡めたサラダがどっさりと乗っています。博識なパシスは一瞥しただけでそれがキンピラゴボウにマヨネーズを和えたごちそうだと説明しました。


「お、私のはお団子ですなぁ。肉かな、魚かな、穀物かな?」


 パシスが目をキラキラさせながら「団子、団子、アリのダンゴは良い団子~~♪」などとタンゴ調の妙な節回しを口にしながらボール状の肉団子を口にし「うむ、旨し。量も十分です」と舌鼓を打っています。


「ううう、イモばかりで……口がパサパサするぜぇ……」


 ハズレのレーションを「歩兵は飯食って歩くのが仕事とはいえ、こいつはきつい」などと寝見だめになりながら、モクモク食べていたスイキーの所へ、マナカがやってきて「私のミートビーンズと交換する?」と提案します。


「おお、たすかるぜ!」


 戦闘糧食四型は、そのように仲間たちと分け合うことができ、それもこのレーションの楽しみの一つでもありました。


「あら、デュークの飯はお粥じゃないの! しかもミートボールが入ったあなたの大好物じゃない! でも進んでないわね?」


 デュークのトレーには肉団子入りのお粥がどっさりと乗っていました。強いそばの実の香りと、小麦のまろやかさ、煮込んだ鳥のすり身の団子の旨味の三重奏! という、デュークお気に入りのメニューなのですが、あまりスプーンが進んでいません。


「なんだか食欲がわかないんだ」


 デュークが今日数十度目の「はふぅ――」とした排気を漏らします。すると黙々とイモを処理していたスイキーがペタペタと寄ってきて「おい、これやるぜ。マナカにやっても量が多すぎだ……」と言ってから――


「だが、お腹はパンパンだ! デューク、背中を借りるぞ! ちょっと休ませてくれ~~」


 スイキーはデュークの横に座り込むと、ちょうどいい位置に浮かんでいるフネのカラダを枕代わりに寄りかかりました。デュークのミニチュアはモコモコして枕にするには大変気持ちいの良いものなのです。


「ああ~~いい塩梅だぜぇ…………で、食べねーのか? デューク」


「うん……」


「そうか――――まだ悩んでいるのか?」


 そう言ったスイキーは「クワッ」と軽く笑いました。デュークはその嫌味のない笑いに釣られて笑ってから「わかる?」と尋ねます。


「そりゃぁおめー。同じ釜の飯を食ってる仲だろ。わかっちまうよ。全く違う種族でもなぁ、仲間のことだからな」


「でも、どうしたらいいのだろうね? スイキーはこういうことがあった?」


「ああ、オスとかメスのことは色々経験したぞ。まぁ、俺の種族の場合は誰が好きとか、どっちが好きとか言う前に、本能が勝手に求愛行動をとるからな。参考にはならんかもしらんが」


 スイキーは「とにかく、こういう事は経験なのさ」と言ってから、デュークのお腹をペンペンと叩いてこう続けます。


「まず、今はそれを飲み込んでおけよ。悩みってのは、飯と一緒に飲み込んで、忘れたころに、また考えればいいのさ」


 スイキーはどこか含蓄のある言葉を漏らして、こう続けます。


「とにかく、飯食っとけ。メシ食って歩くのが俺たちの仕事なんだぜ。メシ食わねえと……疲れるぞ? デューク二等兵」


「うん……」


 いつもはお調子者のスイキーでしたが、このときの彼の言葉は訓練教官のような威厳――いえ、それよりももっと高位な者が持つ強さがあるものですから、デュークはなぜか龍骨を正してしまいます。


「とにかく飯くえ! 俺は昼寝させてもらうぜ。クワワ……」


 そういったスイキーはデュークのカラダに寄りかかりながら、鼾をかき始めました。


 自分のカラダを枕にして寝息を立てている同期生が何を言わんとしているか――さすがのデュークにもそれがなんとなくわかります。


「ありがと」


 そう言った少年は、モグモグとおかゆをかきこみ始めたのです。

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