第92話 龍骨慕情 後編
「ハハッ!」
目を閉じたクエスチョン大佐がこめかみを指先で押さて笑っています。
「青春だなァ!」
「おや、また遠視能力で新兵のことを覗き見されているのですか?」
大佐はご自慢のサイキック能力である遠視を使ってデュークの行動を観察したのです。それに気づいたゴローロ軍曹が呆れた声で「悪いご趣味ですぞ」と言いました。
「私はこの訓練所の所長なんだけどな。訓練生を監視するのは仕事なんだよ」
「きょうの彼らは休みですから、軍務中ではありませんが」
「軍って所には、プライバシーは無いものなんだよ」
ゴローロがたしなめても、大佐はどこ吹く風で「フネの少年! おいかけろ――!」などと実に楽しげな様子を崩しません。
「フネの少年とは、デュークの事ですな? はぁ……色恋の話ですな。訓練になれてきたのか、こういうことが頻発しとります。異種族間でも恋愛が起きておるのです」
「いつものことだろう? 若いのを集めればそうなるさ。異種族間で恋愛が起きているって? そいつは大変結構――共生世界万歳ということだよ!」
大佐は「節度を保っているならばそれでいいさ。あまり干渉しないであげて」と鷹揚な言葉を漏らしました。
「さて、報告とは?」
「ええ、それにあたって、宿舎の訓練生達の能力とスキルをまとめてみました」
ゴローロは、デュークが属する第一宿舎全員の考課表を提出します。
「どれどれ……」
大佐は額に当てていた手を放し覗き見をやめると、手元の書類をペロペロとめくり始めました。
「ほぉ、あのフネの少年は射撃が得意なんだな。ほぉ、こいつはすごいね。彼が龍骨の民でなければ、凄腕の狙撃手になれるのにねぇ。龍骨の民だから末は大砲屋だけどね」
「10光秒――砲戦距離300万キロの射程を持つ種族ですからな」
大佐はフッと苦笑いしてから、ペラペラと報告書をめくり他の訓練生の状況について確認を続けます。
「うん、うん、いい状態だね。皆、よく訓練されている。流石はゴローロ君だ」
「恐縮です」
「さて、1か月後に行われる長距離行軍試験のことなんけれど」
「新兵訓練の締めくくりですな」
長距離行軍試験とは、新兵だけで長距離移動を行わせ、自主的な能力を確認するという訓練所における伝統行事のようなものでした。
「行軍の最後で模擬戦闘があるだろ? でね、隣の訓練所の所長から、合同演習をしないかとお誘いがあってさ」
「今回はお隣さんからお誘いですか。たしか、これまでの戦績は――500勝200敗北、引き分けが100回ほどでしたか」
年数回の訓練生を受け入れる第101訓練所の歴史は古く、そのなかで行われた模擬訓練の多くはとなりの第201訓練所と行ったものだったのです。
「くくく、圧倒的ではないか、我が訓練所は」
「まぁ、先達の努力のおかげですから」
一年に一度くらい代替わりするクエスチョン大佐は500代目だったか600代目くらいの所長であり、ゴローロは555代目の最先任軍曹でした。
「まぁ、それにうちは士官候補生予備軍が集まる最精鋭訓練所ですから」
「だからこそ負けらないよね――」
実のところ、第101訓練所は惑星カムランにおける筆頭訓練所として、共生知性体の若者の中でもエリートと目される人財が集中するところだったのです。
「第201は、うちに次ぐエリート養成所……ですが、今回の新兵共なら問題ありませんな。カムラン最先任軍曹として保証しても良いくらいです」
訓練所が1000ほどもある惑星カムランにける筆頭訓練所の最先任一等軍曹ゴローロは凄腕の教官ですから、彼が保証するならば模擬戦闘の勝利は疑いようもありません。
「だけどね、今回ばかりは分が悪そうなんだ。201の訓練生に凄いのがいるって、あちらの所長が自慢していたんだ」
「凄いの? と、いいますと」
「君は
降下団の名称が振られた部隊は宇宙海兵隊の一種であり、一朝事あり最前線に送り込まれると、惑星軌道上から
「……3年前まではそうでした。それがなにか?」
大佐が突然話題を変えましたが、ゴローロ軍曹はなにか関係があるのだろうと思い、疑問を口にしました。
「私は陸戦より艦隊勤務が長くてあまりよく知らないのだけど、降下団にゼロ番部隊があるという噂があるじゃない」
「ゴロロ…………それは、相当な軍事機密ですぞ。軽々しく口にしてはいけません」
軍曹は「ゼロ番部隊」という言葉に眉をひそめるのですが、大佐は気にせずこう続けます。
「FSBZに属しながらも、命令系統は執政府直属――各種族から選抜した異能生命体を集めているから恐るべき戦闘力を持っているらしいね」
「否定はしません……」
「あ、やっぱりあの噂ってホントなんだ? どんな部隊なの?」
「命令系統が違うのでほぼ別の部隊ではありましたが、一度だけ実物を見たことがあります」
軍曹は「あれは、地獄でした……あ、いや、敵にとってのそれでして……。実に頼もしい奴らではありましたが……規格外というか――――なんというか、そう、あれは化け物でした」と呟きました。
歴戦の猛者であるゴローロがベットリとした感じの汗をかきながら「入隊資格は、
「第一降下団では、あれのことを人外部隊と呼んでいました」
さらに軍曹は、ベタッと顔に手を当てながら「だって、素手で戦車の主砲をもぎ取ったり、空間に溶け込んで全ての攻撃を無効化したり、死んでも死ななかったりするのだもの……」などという独り言を漏らし、ダクダクと脂汗を流しました。
「…………うわぁ」
どこかで聞いた噂が本当だと知った大佐がドン引きします。
「ゴロロ……それで、そのゼロ番部隊がなにか?」
ゴローロ軍曹は脂汗を拭いながら、本題に戻りませんかというふうに尋ねます。
「ああ、ゼロ番部隊を引退した兵士――スオミ族のカバが故郷に戻って、息子さんを作ったそうなんだ」
「スオミ――カバ!? まさか、惑星コッラにおいて、ただ一人で敵の一個軍団を食い止めた――――」
惑星コッラの戦いについて話をするとかなり横道にそれますので割愛しますが、ゴローロがまたダクダクと汗をかき始めたことから察すると、なにやら恐るべき兵士がいたようです。
「そのカバの息子が入隊して、201にいるんだと。小さいさいうちから丁寧に英才教育をして育て上げたんだって。で、入隊したら教官相手に無双してるんだってさ」
「ゴロロロロ…………それは……」
ゴローロが「
「分かりましたっ! ボンクラ共の訓練を強化します! 失礼します!」
ゴローロ軍曹は「こうしてはおられん!」と、脱兎のごとく退室してゆきました。多分訓練計画の見直しを図るべく教官室にゆくのでしょう。クエスチョン大佐は、そんな軍曹に向けて「ほどほどにね~~!」と声を掛けたのです。
さて、そのような二人の会話があった頃から、数刻の後、デュークが自分の部屋に戻ってきました。
「はふん……」
「どうしたデューク。元気がないぞ、フネのお仲間に会ってきたんじゃないのか?」
デュークは溜息を漏らしながら、ベッドにもたれ込んでいました。ベッドに腰掛けながら手帳をいじっていたスイキーが尋ねます。
「会えたことは会えたんだけど――」
「どうした、なにがあったんだよ?」
「なんて説明すればいいかのかなぁ……」
デュークは枕に頭を預けながらその日の出来事を話しました。
「やっぱ、あの巡洋艦は女の子だったか。へへ、俺の目に狂いはなかったぜ!」
「うん、それで僕のことを……」
とデュークが口ごもると――
「なになに、なによ、おねーさんに教えてよ!」
どっからか飛んできたマナカが、手をワキワキとさせながら尋ねてきます。
「えっとね……」
デュークはたどたどしく説明を続け、それを聞いたスイキーは「ほぉ、良かったじゃねぇ」と言い、マナカは「うわぁぉ! それで、それで――?!」と続きを尋ねます。
「ナワリンと話していたら、私の事をどう思うって尋ねられたんだ」
デュークがそう言った瞬間、多分マナカは「キタ―!」とか思っていたかもしれませんが、ここはグッと堪えて続きを待ちました。
「ほぉほぉ、それでなんて答えたんだい?」
「答えられなかったんだ……答えに詰まって黙ってしまったんだよ。そしたら、突然ナワリンが馬鹿ぁっ! 言って、僕の艦首を叩くと、突然駆け出したんだ。僕は慌てて追いかけたんだけれど――途中で見失ってしまったんだ。もう、何が何やら、
デュークがカラダをグリグリと捩じるのです。それを眺めていたマナカは、デュークのカラダがちょっとばかり赤くなっているのを見つけます。
「全く分からないって、ホント? そのところ、どうなのよぉデューク?」
「分からないと言えば、嘘になるかな。なんていうかぁ……なんだろう……やっぱり良く分からないや……うにゅ……」
そう言ったデュークは、ひときわ大きな排気を漏らして艦首を枕に押し付けるのでした。そんな彼の様子を眺めたスイキーは「そのうち分かるさ――――時間が経てばな!」と言い、マナカも「ええ、考えはそのうち纏まってくるわよ」と助言するのです。
「そういうものなの?」
「そういうものだぜ――――」
スイキーはクイックイッと嘴を振り上げるペンギン特有の同意のサインを示し、マナカは拳をグッと上げながら「がんばんなさい!」とエールを送ったのです。
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