第97話 仲間たちの理由

 海の脅威から離れたデュークがスルスルと海岸線の上空に差し掛かった時に、スイキーが「ここらで降りてくれ」と告げてきます。


「岩場にカニを残してただろ。回収しないとな」


 岩場で採取したイソガニの類を残しては変えることはできません。「それにちょっと野暮用もあってな」といったスイキーは、ベトンと地べたに降りるのでした。


「袋はどこかな――って、スイキーなにやってるの?」


「おお、ちょっとあっち向いててくれ」


 スイキーはクルリと背を向けると、クワッ! と一鳴きします。ゴボバッ! という音がして、ビタビタビタ、ベチベチという、魚たちが跳ねあがる音が聞こえてきました。


「うわぁ、ペンギン・ブレスヘド吐きだ……」


「おいおい人聞きの悪い事言うな。消化してないからセーフだ。セーフ」


 ペンギンはお腹の中に餌を蓄えることが出来るのです。スイキーは「大漁大漁」といいながら、吐き戻した魚を岩場のくぼみの海水で洗ってから、バッグに押し込みまいした。


「ほれ、洗っておけば。問題ねぇ……だけど、言うなよ?」


「言わないよ。僕は気にしないけど。マナカは嫌がるだろうから」


 デュークはそれら一連の流れを見なかったことにする事にしました。龍骨の民はそれが食べ物であればあまり頓着しない生き物なのですが、それを気にする種族も多いことくらいは理解しており苦笑いしながら「言わぬが花ってやつだね」と応えました。


「よし、袋詰完了だ」


「うわぁ、防水袋がパンパンだね」


 デューク達は大量の魚介類を抱えて「これだけあればたくさん料理が作れるね!」「おおよ!」とキャンプ地に凱旋したのです。


「戻ったぜ! ほれ、釣果は大漁だ!」


「こっちの準備はできてるわ。すごいわ、天然物の魚介がこんなにたくさん! しかも生きてるじゃない、超高級食材だわ!」


 マナカは手渡された素材を洗い流すとまな板の上に置き「鱗を取る! 頭を落とす! そしたら、わたを取る! 洗う! 洗う! 洗う!」と処理を始め、次にハンドナイフを取り出しこう叫びます。


「秘技三枚おろし――――でも、時間がないから省略!」


 などといったマナカのハンドナイフがタンタンタンと振るわれると魚が次々に処理され、ぶつ切りがたくさんできました。彼女は次に磯溜まりで採取されたカニの処理に取り掛かります。


「これはイソガニ、これはヒライソね。全部食べられるヤツだわ」


「僕が取ってきたんだ! いい匂いがするの選んでおいたよ!」


「あら、ご丁寧に」


 デュークがもっている口内分光計は相当な性能があり、毒物や危険物の類を完全に検知することができるのです。その彼が「ある程度選別しといたんだ」というので、マナカは安心してカニを真っ二つにぶった切り始めました。そうすると出汁がよく出て旨味が増すのです。


「次、パシスが森で取ってきたキノコね! 色々あるわねぇ。あ、これ、赤い大きな傘に白い斑点がついてて、なんだか毒があるような気が……」


「大丈夫ですよ」


 マナカが不安げな感じになるのですが、パシスは「スーパー・マッシュナ・ルームと呼ばれて、食べるとカラダが二倍になるような気がする位栄養があるはずですぞ」と言いました。


「なお、それは食べると無敵になれる気がする星型のキノコ。これは食べるとライフポイントが1段階あがる気がする緑のキノコですぞ」


「あら、詳しいわねぇ」


「ははっ、私の故郷ではキノコ栽培が盛んですから」


 原始的なアリの一種ハキリアリは、刻んだ葉っぱを撒いてそれを苗床にキノコを栽培したりします。パシスは「私の実家もキノコ栽培で大をなしたのですぞ」と言うものですから、マナカは安心してキノコをざく切りにしました。


 そんなマナカのナイフ捌きに、デュークは少しばかり見とれたように「すごいなぁ。僕には真似できないよ」と言います。「ナイフさばきは、親父ゆずり、なのよ」と言ったマナカは、切れ味の良いナイフを手に「ニッコリ笑って両手にナイフ~~♪」などと物騒な歌を歌いつつ、さらに調理を続けます。


「なぁ、これってイモか? なんだかイメージが違うんだが」


「ああ、イモはイモでもムカゴというやつだノ」


 キーターが拾って来たのは芋づるになっている栄養生殖のイモでした。普通は1~2センチほどのものですが、これは大きさは5センチほどもあるアホみたいなサイズなのです。


「カムランの大地は栄養がよっぽど豊富なのだろうて。さて、皮だけでも剥いておこうかノ」


 キーターはナイフも使わず、枝をシュタタタ! とすさまじい勢いで動かし皮をむいてゆきました。


「パシス、火の方はどうなんだ?」


「いい感じに温まってきましたぞ!」


 土を固めて竈を作ったパシスが「もう少し火力が必要ですかな?」と言い、枯れ木を追加するのですが、ちょっとばかり熱が足りません。


「では、生体燃料投下ですぞ――っ!」


 パシスがガチガチと顎を鳴らしながら、盛り上がった木々向けて、コォォォ! と咽喉を鳴らし、口内から唾液がブバッと履きました。


「私の唾液はギ酸ですから良く燃えますよ。あ、毒性はありませんからご安心を」


「天然の着火剤か……」


 ギ酸の着火点は50度程度ですからカマドの温度がブワッと高まります。


「いい感じね。お鍋をかけましょ」


「おなべ――この飯盒だね」


 木を組み合わせて作った支柱に、デュークが大きな軍用飯盒をいくつも掛けてゆきました。中にはマナカがぶった切った食材と海水を薄めたものが入っています。しばらくすると、飯盒が良い感じに熱されて中身に火が通り始め、グツグツと具材が煮え立ってフワリとした良い香りがひろがってゆきました。


「魚介とキノコそしてイモの寄せ鍋だぜ。こいつは誰が食っても旨いからな!」


「美味しそうな匂いだねぇ」


「うし、いい味! イモにも味がしみてるわ!」


 スプーンで味見していたマナカが「ちょっと舐めただけだけど、こいつは凄いわよ」と嬉しげな声を上げました。彼女がフォークで飯盒の中身を確かめると、魚介はウマウマ、キノコはサクサク、イモはフカフカで、具材の方も具合がよろしくなっているようです。


「よっしゃ、盛っちまおう――って、アチチチッ!」


 焚き木に上がる炎はとても勢いが良く、手羽先を炙られたスイキーはアチチ抑えるのです。代わりにデュークが「僕が取って上げるよ」とクレーンを伸ばして飯盒を掴みました。デュークの手は耐熱性の金属ですし、彼は灼熱の宇宙空間を飛ぶフネですから、熱されて少し膨らんだようになっている飯盒を平気で掴んでも全く意に介しません。


「皆にも、配ってあげるね――――!」


 デュークは鍋の中身をヒョイヒョイと皆の手元にある飯盒の蓋の中に取り分けて行きました。


「「「いただきまーす!」」」


 声を揃えて合唱したデュークらは、眼の前の鍋をパクリと口にするのです。


「おおお、いい味だノォ……」


「これは旨し……」


「あ、おいし!」


「かっ、なんだ、イモが化けやがった! うまいーぞぉぉぉぉぉ!」


「バクバクバクバクバクッ!」


 天然物の魚とキノコ出汁のイモ入り塩水鍋ですから、美味しくないわけ無いのです。皆は「うっ、うまい!」と叫びながら、mのすごい勢いでフォークで具材をすくい上たりあるいはスプーンで汁を飲み込みました。


「美味しいよぉ~~~~~!」「ホ、良い味になっておるノ」「塩気がいいですな」「カニの出汁がすごいわね!」「このイモ、いつもとは全然違うぜ……うめぇ」


 海水の塩味と魚の旨味、ジューシィなキノコの甘味とイモの滋味が混ざった煮込み鍋に賛辞の声を異口同音に上げた彼らは「おかわり、おかわり!」と、次々にお鍋を平らげてゆきます。


 装具を身に着けて一日歩いた彼らはとてもエネルギーを消費していますからそれが美味しさに拍車をかけてもいるのでしょう。さらに彼らは、糧食パックから引き出してきたクラッカーやらチーズやらを付け合わせに、ご飯をすすめてゆきました。


「げぷぅ……食った食った」


「あ、日が落ちて来たよ」


 デュークが水平線を眺めると惑星カムランの太陽が沈み始めていました。食後のコーヒーを作り始めたころには辺りは完全に夜に沈んで、焚き火を囲んだデュークたちの顔が照らされるようになっています。


「キャンプでは焚き火が必須よねぇ」


 軍用のライトもあるのですが、やはりキャンプといえば焚き火の明かりが必須でした。人工の照明では風情というものが出せないのです。


「うぐ、食後のコーヒーが旨いぜ。軍に入って良かったぜぇ! ”余”は満足じゃ~~~~~~!」


「なによそれ、どこぞの殿様か皇帝陛下のつもり?」


 お腹をさすりながらクワクワと鳴くスイキーにマナカが突っ込むと、ペンギンはシャキンと背筋を伸ばして胸を張ってから、真顔でこう言うのです。


「ふふん、余の名はスイカード・JE・アイスウォーカー。フリッパード・エンペラ族の皇族にして、皇統継承権第一位の皇子である! あ、これ、マジなんだからな」


「あなた由緒正しい皇帝ペンギンだったのねぇ。でもそれがなんで軍なんかに入ったのよ?」


「実のところ皇族暮らしが面倒だったもんでさ。逃げ出して軍に入ったんだぜ」


 スイキーは「ちょっとばかり事件もあってな。クワァ……」などと、共生宇宙軍に入った理由を説明しました。


「逃げ出した……か。ワシも似たようなものかもしれんノ。うちの故郷はかなり保守的で堅苦しいところでノ。いろいろとチャレンジしたくて、ちょうどいい頃合いで種族供出戦力の徴収呼びかけがあったもんだから枝を挙げ志願したのだ」


 共生知性体連合は種族の特性、繁殖力や技術力などに応じて、必要な人員を供出させることで宇宙軍を構成しています。キーターの種族は戦争に適してはいないので、年間にして僅かな人員しか供出しませんが、渡りに船と敢えて志願したようです。


「ははぁ、私とは逆ですな。私は惑星では雄アリは時がくると巣から追い出されるのです。自分で嫁――他の星にいる女王アリを見つけて来いと言われてね」


「あら、それは大変ね……というか、アリって方方にいるのね」


 パシスの種族の正式名称である宇宙アリは、嬢王蜂が成人すると恒星間航行能力のある巣ごと惑星から惑星へと渡ってゆくという性質があります。


「でも、嫁探しよりも大事なのですが、私は学者になりたいと言う夢がありましてな。共生知性大学に入学するための点数稼ぎに軍で奉公という次第です」


 パシスは触角をフルフルとさせ「連合大学の学費、高いですからねぇ」と苦笑いしながら言いました。


「へぇ、みんな色々な理由があって、ここにいるんだねぇ――ねぇ、マナカはなぜここにいるの?」


 デュークは、フゥフゥとカップに入った熱いコーヒーをすすりながら尋ねます。


「私、ね…………ええと、入隊後に味あったあの仮想空間を覚えてる? ニンゲンがニンゲンを――コロコロした話よ」


 マナカはコーヒーを飲みながら「あれって先の大戦の話でね。私はその生き残りなの。あの頃は10歳くらいだったわ」と言いました。


「年齢が合わねー気がするんだが? 10足す30で実はアラフォ――いでぇ!」


 そう言ったスイキーはとさかを押さえます。マナカがサイキック能力を使ってベシッと遠距離デコピンしたのです。


「私はまだ20歳よ! 脱出のときに宇宙船が足らなかったから、緊急用脱出ポッドに詰め込まれたんだけど、コールドスリープ状態で20年位漂流してたの」


 マナカは手元に残ったコーヒーをグッと飲み干すと「母星はもう住むことができない星になってしまったわ。その後は、船乗りの叔父さんのところで育てられたのだけど……」と説明しました。


 共生知性体連合に200年ほどまえ亡命してかいたニンゲン達は思念波の強いサイキック達でしたが、30年前の大戦で同族たるニンゲンに攻め立てられて、二つ目の故郷を失っていたのです。


「軍に入ったのは、ああいうことを二度と許さないって気持ちがあってね。それに叔父さんが共生宇宙軍の軍人だったことの影響もあるかしらね」


「へぇ、皆そういう理由で軍に入るんだなぁ」


 龍骨の民の軍艦は軍に入るのが当たり前な生き物ですが、皆が盛っている様々な入隊理由を聞いたデュークは「なるほど」と感心したのです。

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