士官に至る道

第285話 四重連星

「よいしょっ、スターライン完了っと」


 チタデレ星系での仕事を終えたデューク達三隻は、第三艦隊配属の任を解かれ一路連合首都星系を目指しています。そして、いくつかの星系を超え、首都星系に100光年と近づいたところで、とある星系に向けたスターライン航法を完了したところでした。


「……あれ? ここって距離的には首都星系まで50光年のご近所なんだけど、あたりにフネの姿が全く見えないぞ」


「首都星系近傍だったら滅茶苦茶混雑しているはずなのに、おかしいわね」


「宇宙軍のフネどころか、民間船もいないよぉ~~」


 連合首都星系といえば、共生知性体連合の政治と経済の中心地であり、その近傍星系であれば首都に付属する星系として、農業や鉱業などの資源供給機能を有する高度に発展した星系ばかりです。


「レーダーに映る人工物がまったくないぞ……なんて変なところなんだ」


 この星系には彼ら以外の他には、人工物の姿が全く見えませんでした。


「それよりも――あの主星――おかしいな星図にある情報と違った形をしている」


「なによあれ、四つの星が絡み合って回転を続けているわ。四重連星って聞いたけれど、普通はあんなに集中した軌道なんてとらないわ」


 星系の中心の方をみると、大量のガスの中で四つの中性子星がその軌道を絡み合わせ、不規則にパルスジェットを吹き出しているのがわかります。いわゆる四重連星系というものであり、星の回転の重心は定まっていますが、その軌道要素は不規則で全く予想のつかないものです。


「普通だったら、もっと離れたところで二手に分かれて回転するはずなのよね」


「うん――しかし凄い面倒な重力変動してるぞ、これじゃ星系からのスターラインはまず無理だなぁ」


 天体の量子的なつながりに沿って光速を超えるスターライン航法は、その使用にあたって極めて高度な数学的観測が必要であり、起点となる天体の重力が安定していない場合には、使用が困難どころか重大な事故につながる可能性があるのです。


「スターラインの方向を間違えたかな」


「でも、命令書にはこの星系に入れってあるよぉ~~」


 艦首を傾げたペトラが副脳にインプットされた命令書を確かめると、間違いなくこの星系に入るように明示されているのいました。


「まぁいいわ、さっさとこんなところスルーしちゃいましょう……って」


「そうだね、超空間航路もないんだから……あ、ここってどん詰まりの星系ってやつかもしれない」


「入ることはできても出るのは超難しいってところ~~? い、一番近くの恒星系は、5光年も先なんだよぉ~~~~っ!?」


 スターラインもできない、超空間航路もないような星系とはどん詰りの星系と呼ばれ、隣の星系にゆくまでに数年は掛かるというところなのです。


「ええと、超空間がなくともスターラインできなくても、まだ他の超光速航法があるけれど……」


 デューク達は、緊急時に使用する超光速航法をいくつか学んでいます。それは支援艦や施設の力を借りて一時的に光速の軛を乗り越えたり、超空間とは違った次元断層を利用したり、特殊な環境下にある自然現象を利用したものでした。


「でも、利用できそうなものなんて姿も形もないわ! あっても、あの不可思議な四重連星だけ……こ、こうなったら、あれを使って――」


「絶対事故るぅ~~! やだぁ~~!」


 不規則な軌道要素を持つ天体を利用したジャンプ航法もやろうと思えばできないこともないのですが、成功する可能性は万に一つもないでしょう。もしもやったら、龍骨ごと艦体がへし折れて艦首と胴体と艦尾が泣き別れになるのは必定ですから、ペトラが嫌がるのも無理はありません。


「となれば……あの航法しかないか」


 デュークは最後に残っていた航法についてその可能性を口にします。


「あ、それってサイクロンQプラズマジェット航法って奴かしら」


「ネオアームストロングサイクロンQプラズマジェット航法じゃなかった~~?」


「正式にはネオアームストロングサイクロンクァンタムプラズマジェットアームストロング航法だね」


 デュークが正確な言葉を口にするとナワリンは「なんだか卑猥な響きがするわ」と頬を赤らめ、ペトラは「完成度たけ~~な~~おい!」と不可思議なセリフを言いました。


「うーん、推進剤には余裕があるし、イケルと思うけれど」


「やったこともあるからね~~」


 名称はともかく、その航法は縮退炉の出力を全開どころかリミットブレイクさせ、恒星内での通常航行であるQプラズマ推進を継続し続け恒星間を駆け抜けるという力技であり、実のところそれは小惑星アーナンケを押し出す際に行った大加速と同じものなのです。

 

「で、あれをやったら、縮退炉に滅茶苦茶な負荷がかかるし、燃料はすっからかんになるし、艦体はボロボロになるわよ。小惑星のような重しはないけれど、距離が違うわよ距離が」


「計算してみたんだけれど~~10日間は継続しなくちゃいけないみたい~~! む~~り~~!」


「ううむ、確かに今の僕らでそれをやったら、酷いことになるだろうなぁ」


 ゴルモアにおける戦いから彼らはひっきりなしに艦体を酷使しています。応急的な処置を受けていたにしても、緊急避難的なところのあるネ(略)航法を行うのは危険を伴うのでした。


「でも、他に方法がなければ、やる他ないかもね。それに命令書によれば、あと10日で首都星系に到着しないといけないし」

 

 彼らが持っている命令書には定刻通りに到着すること――はっきりそのように記されています。デュークは「うーんそうだなぁ」と少しばかり考え込むと――


「リミットは外すけれど、最大負荷の一歩手前。推進剤は使い切る方向で。次の星系で重力ネットで拾ってもらうから減速は考えない、それから不要な装備は全部外そう――」


 デュークが「これなら、なんとか最小限の損害でいけるはずだよ」と言いました。


「やれやれ、仕方がないわねぇ。命令だからね」


「定刻に到着しないと、ご飯がもらえないのです~~!」


 他の二隻は「なんで怪我人にこんな航法使わせるのよ!」とか「ご飯のためなら、えんやらこぉ~~」などと言いつつ、ネ(略)航法の準備を始めようとしました。


 龍骨の民というものは、命令というものについて変に厳格に捉える傾向のある種族であり、その上航行の定刻は必ず間に合わせるという感覚は、大変生真面目な正確を持ち合わせているというとある島国の民と同レベルかそれ以上なのです。


「それじゃまず不要質量を放棄してって――――おや?」


 お弁当の詰まったコンテナのロックを外そうとデュークが、爆破ボルトのトリガーを入れようとしたその時です。


「ふぇ……なんだこれ、中性子星のパルスの中に有意なシグナルが聞こえるぞ」


「あらほんとだわ、でも、パルスジェットがたまたまそういう風に聞こえているだけじゃない? あれはただの自然の天体よ」


「ボクにも確かに聞こえるよぉ~~かなりノイズが酷いけれど、共生宇宙軍に似てる~~!」


 ネ(略)航法の準備の手を止めた彼らは、中性子星の方から突然舞い込んだ共生宇宙軍の信号にびっくりしたのです。

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