第284話 査問の後で

「形の上での査問はこれにておしまい――――だけれども、ついでに死んだことにしておきましょうかカークライト"教官"。まぁ、実際死んでいるわけだし、そのほうが身軽かもしれませんよ」


 ラビッツ執政官は冗談めいた口調で「教官」という言葉を強調してカークライトに話しかけました。提督は「ほぉ? そう願いたいものだなボーパル。またぞろ現役復帰を求められても困るしな」と苦笑いします。


「あれっ、提督と執政官も知り合いなんですか?」


「軍大学で教官をやっていたことがあってな。彼は教え子なのだよ。はっはっは」


「ふふっ、手近なところに教官がいて助かりました。即応部隊を編成してメカロニアに対抗するなんて、生半な人物には任せられませんから」


 分艦隊を結成するさい、ラビッツ執政官は「ニンゲンの少将?」などと空っとボケていましたが、実のところそのような裏事情があったようです。


「しかし、今回はご苦労を掛けました」


「うむ、私は悠々自適の船乗り生活をしていたのに強制的に現役復帰させられてメカロニア共との戦いに赴き、幽霊になった上に、戦略上の責任を押し付けられた。まぁ、面白い経験をさせてもらった――と思うかどうかは、君次第だな」


 カークライト提督は豊かな髭をしごきながら、昔の教え子――現執政官様に向かって「んん?」というような感じで片眉を上げながらプレッシャーを掛けます。


「あっ……そ、そうですね……げ、元老院議員の席でも用意しますか?」


「はっ……権力を乱用するものではない。それに今の私は死人だぞ?」


 慌てた執政官がとんでもないことを言い始めたものですから、カークライト提督は一つ苦笑いすると「それより、部下たちへの報奨を頼む。皆よく働いてくれた」と告げるのです。


「それはもう――そうだね、年次的に都合の良いものは1階級昇進かな。あとは報奨金付きの勲章と言ったところか」


 執政官の言葉にラスカー大佐は「ク、クルルルルゥ!」と鳴き声を上げてしまいます。彼の頭の中では「やったぜ! おとうちゃん、准将になっちまったぞ! 昇給だぞ! あと勲章も! クルルルルゥ!」と喜びを隠せません。メカロニアとの戦いにおいて彼の功績は相当なものですから、昇進と勲章もどっちも貰える可能性大です。


「デッカー特任大佐は、そのままでよいかな。野戦昇進なのだが?」


「まあいいでしょう。疎開船団の速やかなる進発は彼の功績と聞いていますし、最後までゴルモア母星を周回し、一人も漏らさずに脱出させたとも――よろしいでしょう」


 執政官は「特務武装憲兵隊での事情も聞いていますから」と、手元の通信端末――トーガの裾に仕込まれたそれをいじって、デッカーの所属しているケルベロス部隊の状況を確認してから頷きました。


「本職は元の少佐で構いませんが? それに特務武装憲兵隊は組織が違って――」


「実のところ、特務武装憲兵隊から君を派遣してもらったのは私の意見なんだ。どこぞの将軍様をフルボッコにした事件で昇進が遅れた面白いやつがいると聞いてな。まぁ、君には色々と期待しているんだ、例えば第三艦隊内の……」


「戦闘状態だからこそ、ですか?」


「そういうことだ」


 ラビッツ執政官はそこで口を閉ざし、コホンと一つ咳払いします。それを聞いていたデッカー大佐とノラ少佐は「ほほぉ、憲兵の血が騒ぐ」と、猟犬のような笑みを見せました。


「ゼータクト准将とテイトー准将は次が少将だから、これは元老院に図る必要があるから時間が掛かるかもしれん――」


 少将以上への昇進は共生知性体連合元老院の許可が必要という制度になっているものですから時間がかかるのですが、可能といえば可能なのですが――


「今回の戦いでは本職は大した結果を出しておりません」


「いや、謙遜がすぎるよ准将。カークライト提督の代わりに地味な作戦をしっかりと遂行していたし」


「折角ですが辞退させていただきます。そのかわりに指揮下にある艦載母艦の定数を増やしてください。フォーマルハウトは――」


「新考案の艦載母艦戦術を試す許可をいただければ」


 ゼータクトは昇進を拒絶し部隊の拡充を求め、GSTQ艦長のフォーマルハウト大佐も「予算をください」と遠慮なく要求しました。


「うむ……まぁ、そこらで手を打つか」


 ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズは元々は第三艦隊本体の所属であり、その指揮官であるゼータクト准将にとっては事実上の昇格といえるでしょう。次にラビッツ執政官は青白い顔をしたティトー准将を見るのですが――


「フフフ、艦を喪った私が褒美をもらうと?」


「別に君の責任でフネを喪ったわけでもないだろうに――それにそろそろ年次も良い頃だしさぁ」


 ティトー准将は不敵な笑みを浮かべながら「それはありえんよ、執政官閣下」と拒絶の意思を示します。思考の方向が随分特殊な彼ですが、艦長としてフネを喪った責任を口にすると共に――


「このアルベルト・アミルカッレ・ティトー、痩せても枯れても、哀れみや施しは受けんのだ。それが1億の民を預かる者の矜持というものだ。分かってくれ、第三艦隊司令官」


 准将はガミなんとかという空想上の故郷の名を出して「プライドが許さん」とか何とか言って拒否しました。なお、空想なのか本当なのかは誰にもわかりません。


「あぁ……君はそう言う設定だったね。しかたない、新しく超大型戦艦を与えるから艦長職についてくれ……」


 総統病という面倒くさい持病持ちの青白い顔の准将はワイングラスを玩びながら「超大型戦艦はいいとして――設定とは?」と片眉を上げながら大変不機嫌そうな顔で告げました。ラビッツ執政官は「面倒な人だなぁ」と口を✕の形にしてわずかに涙目に成りながら「これさえなければ、分艦隊の指揮を任せても良かったのに」とぼやきました。


「ペパード大佐以下ゴルモア防衛隊の面々は――」


「彼らゴルモア人の新たな母星にも共生宇宙軍の出張所が必要でしょうなぁ」


 執政官が二の句を告げる前にペパード大佐は新たな任地への転属を希望し、快く了承されるのでした。 


「それから第三艦隊所属ではないけれど、トクシン和尚。ドンファン・ブバイ教会へは相応の寄進をさせていただきますね」


「お心遣い感謝しますが、教会艦クイフォア・ホウデンの修理と補給をしていただければ結構。随分と壊れてしまったからのぉ」


 トクシン和尚が「ついでに、フネを改造させてください」というので、執政官は「首都星系の連合工廠の優先使用権をご提供します。魔改造でもなんでもしてください」と鷹揚に頷きます。


「あとは――ああ、そうだ、君たちだ」


 そこで執政官は生きている宇宙船であるデューク達を見つめてこう続けます。


「旗艦を務めたデューク君、そして龍骨の民のお嬢さん達はまだ下士官だったね?」


「はい、二等軍曹です」


 デューク達はトピア星系での民間協力の功績を経て二等軍曹になっていました。それを確認した執政官は「ん~~」と少し考え込んでから、デュークに近づきその背中をドンドン! と叩いて「君達!」と言ってから――


「士官にならないか?」


 共生宇宙軍の士官にならないか? と言いました。


 突然そんなこと言われたデューク達は「ぼ、僕が士官――」とか「ええと、少尉ってことかしら?」とか「士官のご飯は美味しいかな~~?」などと、それぞれの言葉を口にしたのです。

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