第171話 セントラルコアに届いた情報
共生知性体連合執政府最重要区画にて――
「た、大変だよぉ――――!
――と、諜報局担当執政官ハムスが小さなカラダを震わせながら、重大な報告を行いました。共生知性体連合の敵対勢力である機械種族メカロンの帝国で、政治的に大きな動きがあったというのです。
「む、あそこは中央政府と辺境軍閥が反目状態――お互いに皇帝を擁して対立している。今はパワーバランスが均衡し、膠着状態にあるはずだが……もしや内戦が始まったのか?」
主席執政官のメリノーシニアは、長いヒゲをなでつけながら、そう言いました。機械帝国は中央と辺境で勢力争いをしていたのです。
「ち、違うよ!」
ハムス執政官は、小さな手をパタパタと振りながら、「違う! 違う!」と騒ぎました。その様子に、主席執政官はハッとした表情を見せます。
「違うとはどういうことだ……」
「辺境軍閥のボス――辺境皇帝がハッキングを受けて
「ぬぅ!? 仮にも皇帝を名乗る者がそう簡単にハッキングされるとは思えんが」
外交担当執政官のゴリー公が目を見開いて驚きました。
「美味しい餌に釣られて、罠にかかったとかじゃねーのか? ほら、ハニートラップとか、あるじゃねーか! それだよそれ!」
法務担当執政官の飛べないトリが、フリッパーをパタパタさせて騒ぎました。
「機械人のハニートラップ…………想像できんワン!」
犬顔のヒューマノイドである食料局担当執政官が、「なにそれ、気持ち悪い!」と鳴き声を上げました。
「ヒヒィン――――ドロイドとドロイドの――ブルルル、ロボ好きな紳士にはたまりませんなぁ。ウラヤマシ――!」
馬面のケンタウロスが場違いな感想を漏らしました。なお、これでも彼は共生知性体連合の財布を預かる財務担当の執政官です。
「あらやだ……このウマって、そういう
真ん丸なシルエットを持つ駆逐艦スノーウインドが呆れた声を上げました。そして、彼女は、ウシ顔の技術局担当執政官を見つめて「どう?」と尋ねました。
「ふぅむ……彼らの機構は独特ですからなぁ……まぁ、本人だけが知るメインコードを知ることができれば可能性はありますね。どうやったのかは皆目わりませんが」
ブル執政官がもっちゃもっちゃと反芻しながら答えました。
「まぁ良い、辺境皇帝がいなくなったことはわかった。続報は?」
主席執政官は、話の流れを元に戻しました。
「スンスンスン――それが分からないんだ! これが最後の情報伝達なんです。星間情報ネットワークが封鎖されて、送り込んでいたエージェントたちからの情報が完全にとだえました」
共生知性体連合は、機械帝国内部の情報を掴むため、ドロイドを中心とした諜報員を多数潜入させていました。でも、それらのエージェントからの情報が途絶しているというのです。
「帝国中央に入れていた大使館船からの定時報告はどうなっている。あれは即時通信ができるサイキックを載せていただろう?」
「ぬぅ……星のめぐりが悪く、次に接続できるのは数日後です」
超長距離即時通信が可能な超能力は、恒星の動きや位置により、使えない場合があるのです。厳つい顔をしたゴリー公が、外航船からの連絡ができないと言いました。
「連合中央AI委員会の予測情報はどうなっている。彼らならば、すでに解析を初めているだろう?」
共生知性体連合の中枢にある連合中央AI委員会は、施政府から独立した組織です。人工知能の集合体である彼らは、あらゆる情報を収集し執政府へ助言することも仕事の一つでした。
「クワッ! 今確認したけれどさぁ……」
委員会の窓口になっているエンペラペンギンの執政官は、連合の中枢にある中央AIは――
”うん、機械帝国――? 辺境皇帝が死んだんですか……あ~~それはイレギュラーな事態ですねぇ。イレギュラーってやつが入ると、予測が途端に難しくなるんですよ。だからよくわかりません! まぁ、気をつけてね! ってことだけは言っておきますね。はい、じゃぁ、次の予測――明日の天気は、晴れたり曇ったり雨が降ったりするでしょう。ところにより隕石が落ちてくるかもね――!”
――などという曖昧なことを話していると言いました。
「イレギュラー要素が多すぎて、まともな予測が不可能だと言ってるんだな。でもよぉ、こういうときってよぉ、大体やべぇことが起きるんだよな」
飛べないトリはそう言ってから、「そういう時は、軍の出番じゃねーのか?」と言いました。
「たしかに…………スノーウインド?」
「第三艦隊からは、辺境軍閥の海賊行為が減少しているという報告がありました。それだけならば、良いことなのですけれど――」
主席執政官に尋ねられたスノーウインドは、切れ長の目を細めて含みをもたせた回答をするのです。
「――この情報って、辺境皇帝の暗殺よりも”先”にわかっていたことなのよ。つまり、これは計画的なものと考えるべきね」
「それはつまり、軍によるクーデーターだというのか?」
「かもしれないし、そうじゃないかもしれない――――でも、そういう時は、何かが起きることを前提に考えないといけないですわよ」
「ふぅむ、いつもながらなに慎重だな。では、第三艦隊へは厳戒態勢を取るように指示を出せ――また、念の為、近隣星系軍へ予備行動命令を出す」
各種族の星系軍は共生宇宙軍に直接属していませんが、いざという時は執政官権限で動かすことができるのです。
「ブヒヒヒィィィン! その予算はどこから出すんですか!」
財務担当のケンタウロスが、「予備行動はお願いのレベルだから、予算が必要ですよ」と言いました。星系軍は各種族独自の軍なので、お金の出どころが違うのです。
「執政府予備費から捻出するのだ。まだ余裕があるだろう」
「フヒィン――それはそうですけれど――」
ウマの執政官が「軍って金食い虫だよなぁ」などとぼやきます。すると、何かを危惧するような表情をしたスノーウインドがこう言います。
「……いえ、もっと掛かるかもしれないわよ」
「え? それってもしかして……」
財務担当執政官に対して、スノーウインドは切れ長の目を細めながら「最悪の事態に備えるのが軍の仕事なの」と答えました。
彼女の言葉を聞いた主席執政官は、長い顎髭をしごきながら瞑目します。しばしの思索がすぎると――ヒツジの口からは「しかるべく」という言葉が漏れ出ます。
主席執政官は、共生宇宙軍司令官に「勤めを果たせ」と言ったのでした。
◇
「ねえ、なんだか通信が多くなってない?」
「あ、ホントだ。緊急の暗号通信が増えているねぇ」
「共生宇宙軍関連のネットワークが活性化しているよ~~!」
第二艦隊根拠地を目指していたデューク達は、今、とある星系にある軍の補給所でカラダを休めています。そんな彼ら周囲にある電波状況が活発なものになってきました。
「なにがおこったのかなぁ?」
「下っ端な私達には、誰も教えてくれないのよねぇ」
「私達、ただの三等軍曹だもんね~~兵隊に毛が生えただけだもん~~」
巨大な軍艦であるデューク達は、いざ戦闘に入れば、最大級の通信クリアランスを付与されます。でも、そうでない時は、軍の機密性の高い情報に触れることはできません。
とはいえ――――
「あっ~~! 暗号レベルの低いコードがある~~解読しちゃえ~~!」
――ペトラは受信した電波を、副脳で解読しようと試みます。龍骨の民という生き物は、電波情報ならなんでも受信できるのです。
「全部解読できないけれど、第三艦隊の方が騒がしいみたいねぇ」
同じく暗号の解読に勤しんでいたナワリンが、艦首をかしげました。
「この星系からだと、結構先だけれど……ここからだと超空間の高速道路があるから20日位でいけるところだね」
超空間のネットワークを確かめていたデュークが、かなり長い距離をジャンプできる航路を見つけました。
「まぁ、僕たちには関係ないよ。第二艦隊に移動しろって命令を受けているんだし」
などと、デュークが貰った命令を確かめていると――
「おや? 発共生宇宙軍軍令部、宛
「軍令部って命令を出してくるところよね? あら、あたしにも来てるわ……ええと……なになに」
「これって~~行き先の変更命令だよ~~!」
デューク達に新たな命令――なにやらきな臭くなってきた場所への移動命令が下ったのです。
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