第131話 岩の御仁

 メリノーが何とかならんかねぇなどと、警備員に頼み込んでいると、ドスドスとした足音が聞こえました。


 デュークが「なんだろう?」と振り向く間もなく、コンコン! と誰かが彼の背中をノックするのです。


「そこのおフネさんや、おフネさんや、ちょっと退いてくれんかァ?」


 ガラガラとした声色の方に、デュークが艦首を向けると、そこには白い服を着て、杖を持った小柄な人物が立っていました。会場に入ろうとしているようですが、デュークのカラダが邪魔で通れないようです。


「すいません――」


 あわてて、謝罪の言葉口にしたデュークが、その人物の顔をまじまじと見つめるのですが――


「い、岩?」


 ――デュークに声を掛けたその人物の顔は、ゴツゴツとした岩石で出来ていたのです。ギョロリとした蒼い目は硬質な鉱物で、それを包む瞼は岩呉のようないかつさでした。


「確かにワシは岩じゃなぁ」


 岩石質の肌に覆われた顔に、ぽっかりと空いた口から、ガラガラとした音色の共生知性体連合共通語が漏れだしたのです。


「えええ、岩がしゃべってる?」


「ほへ……歩く岩ぁ?」


 ナワリンとペトラも初めて見る種族でした。杖を掴んだ小さな手はこれも固い岩呉で出来ていることから、カラダの全てが岩石で出来ている生き物のようです。


「おんや、岩石系種族は始めて見るのかのぉ? ははぁ、おぬしらまだ若い龍骨の民じゃなぁ……ゴンゴンゴン!」

 

 岩塊の人物は、デューク達がまだ星の世界世間に出て間もないフネであるなと指摘すると、岩をこすり合わせたような大きな声で、愉快気に笑いました。


 その特徴的な笑い声にメリノーが気づきます。


「お――お師匠様!」


「なんじゃ、メリノーかい。ワンドックともめておるのか?」


 警備員に向かってゴネゴネもめもめしていたメリノーは、岩塊の人物の姿を見ると、慌てて駆け寄ってくるのです。そしてそれは、警備のイヌ型種族も同様でした。


「お師匠様――おひさしう!」


「トックス和尚――」


 メリノーとイヌは、岩石型種族の足元で跪き、両の拳を突き合わせると、頭を深々と下げるのでした。


「うむ――ゴンゴン!」


 トックスと呼ばれた人物は鷹揚に笑って頷くと、このように尋ねます。


「それで、何をしておるのじゃ?」


 メリノーは、「かくかくしかじか、めぇめぇめぇ!」と答え、ワンドックと呼ばれた警備員は「バウワウハウ!」と答えました。


「はん? ワシが会場の中に居ると思ったと、それで許可証なしで入ろうとしてワンドックともめていた、とな…………ゴンゴンゴン!」


 トックスはまた大きな声で笑ってから、メリノーに向けて杖を差し向けこう言います。


「メリノーや、おまいさんは相変わらず変なところで間が抜けているの。執政府のお役人になっても、そこは昔のままじゃなァ」


「も、申し訳ございません」


 メリノーは恥ずかしそうな表情を浮かべるのです。それを面白げに眺めたトックスは、イヌの警備員に向かい直りこう言います。


「ワンドックや。メリノーはワシの古い弟子だでよ」


「は? ああ、兄弟子でしたか――ならばそうと――」


 ワンドックは、メリノーに向けて軽く会釈をするのですが、その声には「先に言ってくれよ」と言うほどの感情が乗っていました。


「ま、それも随分と前のことだからのぉ。それはそれとして、だな」


「はっ、お師匠様のお力をお借りしたく……お時間を頂ければと」


「今かいな? ちと、時間がないのじゃ――」


「兄弟子、お師匠様は試合があるのですよ」


 トックスは首を傾げて困った顔をするのです。


「後で良いかのォ」


「では、お供をさせていただき、その後で……」


「ん――? 見物ついでか、まぁ良い。そこな若き龍骨の民も付いて来るがよいぞ」


 トックスはそう言うと、またドスドスと足音を立てて歩き始めました。


「中に入れるのですか?」


バウ行って良し!」


 一連のやり取りをと「ふぅん」と眺めていたデュークがイヌ型種族に尋ねまると、彼は「お師匠様の関係者だからね」と言い、道を開けるのでした。


 ◇


 トックスの後を追いながら会場の中に入ったデュークがメリノーに尋ねます。


「あの――お師匠とか、弟子とか、どういうことです? それに、あのトックスさんというのは誰なんですか?」


「話せば長くなるのだがね。あのお方が目当ての人物なのだよ」


「思念波に詳しいという方ですか……そんな人が何故、闘技場に?」


「ん、それはお師匠様の試合を見れば分かるだろう」


 メリノーはカラカラと笑うと、「お師匠様、待ってください~」と腰の低い感じで、トックスの後を追うのでした。

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