第252話 特設砲艦アーナンケ
「戦艦クラスの射撃管制レーダー波ですよっ!」
デュークの視覚素子が捉えた電磁波は大出力の電子走査型レーダーから放たれた指向性の高いものであり、その出力から逆算すると戦艦クラスの大電力射撃管制装置が発信しているとわかりました。
「この波長は味方のものかっ!?」
電磁波の位相を確かめたラスカー大佐は照射されたものが共生宇宙軍のものだと即座に判断します。
「だが、どこのフネだっ?! 右翼の部隊か――いや、右翼の部隊はいまだ交戦中のはずだが」
デュークの他に最終防衛ラインに投入された戦艦と重巡は「カンパネッラさん、撃ってくだせう――わかりましたジョヴァンニさん」とか「オラの畑を返せ――っ!」などと死闘を繰り広げています。
「大佐、アーナンケからの援軍かも!」
「もうまともなフネはいないはずだが――なっ、この識別符号はっ!?」
デュークや阻止攻撃に向かった三隻の他、まともに動ける軍艦は全てアーナンケの避退作戦に投入し、最終段階で小惑星ごと超光速航行に移ったはずなのです。でも、射撃管制レーダー波と共にもたらされた識別符号を確かめれば、それが間違いなく味方のものだとわかるのです。
「特設砲艦アーナンケ……だと?」
「大佐、大佐、大佐ぁぁぁぁ! それはいいから、まずは自爆をやめてくださいよぉ―――っ! なんだか味方艦から高エネルギー収縮反応を検知してますっ! 多分、大出力重粒子砲撃かなにかで援護射撃してくれるんです!」
「あっ…………いかんっ!?」
味方の援護が来るとわかった大佐が慌てて自爆装置を解除するためのスイッチを押し込むと、装置は作動寸前でピタリと止まりました。
「おお、作動1.11秒前……間一髪だったぜ! ヒュ――ッ!」
ラスカー大佐はどこぞの宇宙海賊のような口笛を吹きながら「すごいゾロ目だぞ! こいつはツイてるな。うはは!」などと、呑気な事をのたまいました。彼の頭は戦闘薬により一部麻痺っている上、自爆を覚悟した賢者モードにいまだあるのでしょう。
「なにがヒュ――ッ! ですかっ! 一歩間違えば爆裂していたんですよ!」
「ああ、すまん――――よしっ、とにかくここは耐える一手だ!」
「わかりました砲撃が届くまで頑張ります! 龍骨がへし折れても、耐えるのを、やめませんッ! いででででででっ!」
デュークは残った力を振り絞り、「艦首が、龍骨がぁ――――っ!」と泣きわめきながらも我慢することにしたのです。
デュークとプロメシオンがゴリゴリと障壁合戦を行っている頃、それを遠距離から観測していた共生宇宙軍のフネ――重巡バーンの艦橋では、ダイナソー型種族のペパード大佐が鼻からタバコの煙を吹き出し、ダンディーな笑みを浮かべていました。
「ほぉ、あの龍骨の民の少年、気合が入っとるじゃないか……だが、そろそろ限界だな。急げシュールツ」
「はっ、射撃準備整えます!」
舵を握るイヌのシュールツ中佐が「艦ごと砲を指向します。スラスタ全開だワンっ!」と艦の姿勢制御を始め、重巡バーンがスラスタ全開で向きを変え始めると、艦体に直接溶接された鉄骨やらパイプがギシギシと音を立ました。
「接合部の応力に気をつけろ」
「わかっておりますワン!」
バーンの艦体から伸びる接合部はなにか別のものにつながっているようですが、その質量は相当に重量があるものらしく、重巡のスラスタが作動するたびにギリギリギリと金属が歪む嫌な音を立てるのです。
「せ、接合部に異音が発生! というか、艦体のほうが今にもねじ切れそうなんですがぁ?! 無茶ですよ、こんな無茶初めてみました!」
「まぁ、重巡と戦艦と装甲艦を応急工事で繋ぎ合わせた急造品だからなァ」
手元のスクリーンに映る応力警報に顔を歪めたベネディクト参謀は「うげぇ、第三接合部がねじ切れましたぁ!」と叫び声をあげるのですが、ペパード大佐はゆったりとタバコを吹かしながら「まぁ、大丈夫だろ」と不敵な笑みを浮かべました。
「グハハハ、戦時急造どころか現場での魔改造で作ったフネ――特設砲艦アーナンケ、名前も良いではないか!」
バーンに接続された二隻――大口径の軸線砲を備えた戦艦と龍骨の民らしき装甲艦がグググっと向きを変える光景に、無骨なアゴを持つゴルモア星系軍大佐テイは「エラーン、エラーン!」と歓声をあげながら、こちらも盛大にタバコの煙を吹き出しています。
4つのアゴをパカパカさせながら「グァハッハッ」と肉食獣の笑みを漏らしたテイ大佐は、「だが、こんなものが必要になる事態をよく想定していたな
「提督が予備戦力を全て使い切ると聞いてな」
ペパード大佐は「なんとか手助けできんかと思ったのさ」と言ったのです。本来彼らはアーナンケと共に脱出するべき人員でしたが、大佐は不測の事態に備えて大破した軍艦のなかから使えそうなモノを一隻の特設砲艦――大口径砲を発射するためだけの軍艦としてでっち上げていたのです。
「戦艦デウスから入電、エネルギーチャージ始めます!」
「よろしい、以後の射撃戦指揮は、准将閣下にお任せする」
ペパード大佐がブワリと紫煙を吐き出しながら「艦のコントロールは全てあちらに回せ」と命じました。それを受けた青白い肌をしたティトー准将、自称総統閣下は――――
「射撃管制レーダー発信、これより遠距離砲撃戦を開始する。フフフ、またこのデウスで戦えるとはな」
1メートルほどもあるライフル型の射撃管制装置のグリップを握りしめながら不敵な笑みを浮かべていました。
「准将……いえ、総統閣下! 艦首軸線砲エネルギー充填80パーセントです!」
大変な肥満体を震わせた兵装担当フトッチョフ少佐が戦艦デウスの中心軸を貫くように装備された大出力荷電粒子砲――略称艦首軸線砲のエネルギー蓄電が高まりつつあることを報告します。
少しばかり前に艦外に放り出された彼は無事に回収された後、同僚達から「今後はちゃんと総統閣下よと呼ぶんだぞ」とか「下品なオヤジギャグは絶対に言うなよ」などとキツく言い聞かせられてから、デウスに搭載された大口径艦首軸線砲を担当していたのです。
「艦首軸線砲? フトッチョフ君、兵装は正しい名称で呼び給え」
「は、はいっ! 超重バリオンおよび超電磁フェルミオン収束式試作超電磁カノン砲、エネルギー充填90パーセントであります!」
戦艦デウスの軸線砲は、シンビオシス・トーア重工製の試作兵器で、なんとも長ったらしい正式名称を持っていたのですが――
「フトッチョフ君……これはデウス砲だといったはずだが?」
「あ――――も、申し訳ありません総統閣下! デ、デウス砲でした!」
視線だけで人を粛清できそうな准将の魔眼に睨まれたフトッチョフ少佐は、あわてて武器の名前をデウス砲だと修正しました。少佐が泡を食う姿を横目に、准将は「よろしい――クックック、ハッハッハ、フハッハハハハハ!」と大変ご満悦な様子で高笑いするのです。
「デウス砲、エネルギー充填95……96……97……」
フィンフィンフィィィィィンと小気味よい収束音を立てるデウス砲の砲口では、コォォォォォォォ! としたエネルギー輻射が高まり、砲身からはブシュー! と莫大な冷却ガスが漏れ出ています。
「閣下、デウス砲チャージ、100パーセントを超えて臨界です! 射撃電算機正常――重巡バーンのスラスタで射撃修正中――最終トリガー回します!」
インジケータを睨んでいたフトッチョフ少佐は、いまだ高笑いしている総統閣下に射撃が可能になったことを報告し「いつでもどうぞ!」と叫びました。そんな少佐は青白い顔をした指揮官が「デウス砲の威力を見せてやる!」などと言ってすぐにでも射撃を開始すると思ったのですが――
「いや、まだだ。さらにエネルギー注入。そうだな、120パーセントまでだ」
高笑いをやめたティトー准将が真顔でそう命じたのです。
「なんですと……こ、これ以上の充填は危険ですぞ。キャパシタが保ちません!」
試作兵器である軸線砲はかなりの無理をして搭載されている上、溢れんばかりのエネルギーを蓄えた粒子加速器やコンデンサは大変不安定な状態なのです。フトッチョフ中尉はそこにフルチャージを超えたエネルギー充填を行えば、粒子加速器が爆裂するかもしれないと思いました。
「それに120パーセントなどで撃ったら、砲身の安全許容量を超えてしまいます! 総統閣下、これは”相当”に危険なことですぞっ!」
と、彼は兵装担当として正直な意見具申を行うのですが、瞬時に赤ら顔を真っ青なものに変えることになります。
「総統に対して……”相当”に危険……だと?」
「あ……しまったぁっ!」
下品なオヤジギャグのような言い回しは、けっして総統閣下に対して放ってはならない禁句でした。期せずして失言してしまったフトッチョフ少佐は、ターゲットスコープを覗き込んでいるティトー准将が高笑いをやめ、口の端をグニャリと歪ませるのをハッキリと認め「やっべぇ、怒ってる?!」などと思います。
「やめてとめて、艦外に放り出さないで――――っ!?」
真っ青な赤ら顔のフトッチョョフ少佐が絶叫するのも当然で、このような戦場で緊急脱出カプセルごと射出されたら命の保証はありません。だから彼は「ひょえ――!」などと奇声を上げるのですが――
「ふっ……的確な助言をありがとう、フトッチョフ少佐、流石は技術畑の兵装士官。再編成のときに引き抜いて正解だったな」
「ふぇ?」
驚いたことに、准将は口の端を歪ませながらお褒めの言葉を漏らしたのです。実のところフトッチョフ少佐は、元々共生宇宙軍の新技術試験艦で長いこと勤め上げた優れた腕をもつ士官でした。
「君の言うことは正しいのだろう。だが観測データから見て、中途半端な砲撃では敵艦のバリアを穿けん――ならば危険を承知で安全限界を超え、少しでもパワーをあげるほかあるまい」
そしてティトー准将は「それが必要なことならば、共生宇宙軍の軍人は危険を恐れないのだ」と否定を許さない口調で続けました。
すると周囲のスタッフらは目をギラギラさせながら「やりましょう」「閣下の仰せのままに」「ハイル・ティトー!」と同意の声を漏らします。総統病という奇病に蝕まれている准将ですが、戦場においては相当に優秀な指揮官であり、こういうときの彼が言うことは常に正しいと彼らは知っているのです。
「共生宇宙軍の軍人は危険を恐れない――――ですか」
フトッチョフ少佐は准将がマトモなことを言ったので、少しばかり意外な表情をしつつも「たしかに、それが必要ならば」と同意するのです。
「わかったならば、成すべきをなし給えフトッチョフ・ゲヒンスキー少佐殿。それに、なにかうまい手段があるのだろう?」
「ええと――ならば重巡バーンの蓄電池群を直結して――砲身は事前に過冷却の上、電磁圧力リングを再調整します。それで発射自体はできるかと思いますが――」
「デウス砲は二度と発射はできなくなるのだな。ふむ、それでよい。それでは、特設砲艦のエネルギー担当に供給を続行しろと命じるとしよう」
戦艦デウスの艦橋にて大出力砲の射撃準備が進められている中、その真下では龍骨の民クロガネがせっせと特設砲艦アーナンケのエネルギー供給を行っていました。
「軍というやつは、どんなやつにも仕事を与えてくれるというが――特設砲艦の縮退炉担当とはね――」
重巡バーンも戦艦デウスも縮退炉の火が落ち、縮退炉を使えるのはクロガネだけだったのです。
推進器官を破壊されフネとして回復できるかどうかという状態に陥ったクロガネは、失意のうちにジタバタと泣き喚いていたところ、ペパード大佐から「おい、お前。泣いてる暇があるなら、特設砲艦のエネルギー源になれ」と言われたことを思い出しながら「ご先祖様にもこんなことしたことあるやつはおらんだろうな」と思いました。
「うぐっ! くそっ……とはいえ縮退炉の調子が悪いな……」
彼は荒い排気を漏らしながら縮退炉を回しているのです。アーナンケ攻囲戦において縮退炉に異常が発生したクロガネは、デュークとのエネルギーバイパスにより多少は調子を取り戻していましたが、やはり不調は不調だったのです。
「それで、今度は予定の20パーセント増しまでエネルギー注入続行ってか……土壇場でこいつぁキッツイぜぇ……」
かなりの軍歴を持つ装甲艦クロガネですが、縮退炉が絶不調状態でエネルギーを搾り取られるなどという経験は持ち合わせていません。
「だが、今度は俺が助ける番だしな!」
視覚素子を半ば失ったクロガネですが、彼の龍骨には僚艦からの戦術情報データ――彼の命を救ってくれた少年デュークが苦境が陥っている光景がまざまざと映っているのです。
「縮退炉全力制御だ! 電力を、ありったけの電力をぶちかますっ!」
クロガネの縮退炉は縮退事故の一歩手前でタップダンスを踊っているような状態でした。でも、彼はグッと歯を食いしばり龍骨をギリギリとネジ上げ、気合の力で縮退炉の不調を抑え込みます。
「動けぇぇぇぇっ、俺の
彼が縮退炉の熱を上げると飛躍的にエネルギー供給が増してゆきます。本調子ではないとはいえ、龍骨の民の縮退炉は共生宇宙軍の中でも最高級の性能を保っているのです。
「うぉぉぉぉぉぉ――――っ!」
そしてエネルギ充填率が117・118・119となったところで――
「ぶっ、ぱ、な、せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
と、気合が乗った重力波の雄叫びをクロガネが上げる同時に、充填率120%に達した超重バリオンおよび超電磁フェルミオン収束式試作超電磁カノン砲が、溢れんばかりまばゆい輝きと共に強力な粒子ビームを放ったのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます