第347話 RIQSレヴィアタン
「予定では60秒後に来るはずよ」
「ふぇっ? 60秒後って……もうすぐそこに来ているんですか」
フネが超空間航路から降りてくると思ったデュークは、航路から降りてくるときに鳴らす先触れのシグナルが聞こえないかとタキオンセンサを伸ばしました。
「タキオンを探っても、多分なにも検知できないはずよ」
「え、それってもしかしてわざわざスターライン航法を使ってこの星系に向かっているってことですが? でも、スターラインの光なんて見えませんけれど」
スターライン航法は派手な光を帯びながら恒星間を進むもので、星系到達時にはひときわ大きな閃光――終端閃光とよばれる輝きを見せるはずですが、兆候すら見えません。
「本当にフネが来るのですか?」
指揮官の言うことに「本当か」と尋ねるのは極めて無礼な事ですが、龍骨の民というものは航行という物については子供のころから一家言もつ生き物なので、どうしても疑問を投げかけざるを得ませんでした。
「ふふふ、すぐにわかるわ」
デュークの気持ちが良くわかっている指揮官リリィはいちいち咎めるでもなく、微笑みを見せるのです。
「さて、あと5秒・4秒・3秒・2秒・1秒――来たわ」
「えっと、来たって……どういうことですか? ジャンプアウトの重力震も、スターライン航法の終端閃光もなにも――――」
この時デュークは星系外からフネがやってくるということで、視覚素子を超望遠モードをにしていたものですがちょっと遠い目をしていたのですが――
「あなたのすぐ横にいるじゃない」
「え?」
リリィの「横を見なさい」という指示に従い、すぐそばを見ると――――
「ふぇっ、フネが横にいる!?」
右舷近傍にフネがまるであたかも前からそこにいたかのような自然な形でたたずんでいたのです。
「それもこんなに大きなフネが重力震も、終端閃光もなく、僕の横に……」
デュークの右舷にいるフネは、デュークよりもわずかに小さいのですがサイズは1キロ超級と、超大型といってよい巨大なフネでした。
「これで、センサに引っかからないなんて……」
超空間航路からのジャンプアウトでは重力震が、スターライン航法の終端では激しい閃光が巻き起こるものでした。でも、デュークがセンサの数値を何度も見返しても、そのような結果は検知できません。
「わけがわからないよ!」
この世界には、少女たちをかどわかして魔法少女に仕立て上げるような生き物はいませんが、「これはもしかして魔法ってやつか?!」などとデュークが艦首をネジネジしていると――
「お若いの、これは魔法ではない」
と、突然これまでにいなかった人物から声がかかります。
「ふぇぇ?」
慌てたデュークが脇を見ると、そこには白衣を纏った人物が「コヒュゥ……」という呼気を漏らしながら、顎から分岐したウニョウニョとした触手を蠢かしていました。
「あ、あなたは一体……いつからそこにいたのですか」
「私はアルカイック、
唐突もなく現れたその人物は、一般的なヒューマノイドとは実に違いのあるいわば異形な感じシルエットをもっていますが、その口ぶりは淡々として毒のない丁寧さをもっていました。
「呼ばれたから来ただけなのだ。おっと、そちらのアライグマの
「はい、リリィ・ラスカーです。各位、上席研究官アルカイック殿に敬礼!」
リリィが号令をかけると士官候補生たちは反射的に敬礼を掲げ、アルカイックは「やぁ、どうも」と手を上げて穏やかに応えました。
「社交辞令はさておき、手続きを初めてもらえるでしょうかな?」
「はい、当星系における監察艦隊指揮官として、遺物艦隊へ権限移譲を行います」
要請に応えたリリィは手元の端末に指を押し当て生態認証を行い、アルカイックに端末を手渡します。そして異形の研究官が長く伸びた触手を端末に押し当てると。艦載光電算機はそれは不可逆的なものとして、全権限を遺物艦隊に移譲することを承認することになります。
「権限移譲、確かに。あとはこちらで引き受けましょう」
「前監察官の行方も分からない状況――面倒ごとを押し付けるようで申し訳ありませんが、なにとぞよろしく願いいたします。」
「いえ、この星系にある物は間違いなく上代人の遺物。前の監察官どのは、当てられて取り込まれたかもしれません。いささか失礼ながら、”下手に触っていいものではありません”」
リリィはそこでアルカイックが「素人が」という主語を省いているのに気が付きましたが「餅は餅屋ということですね」と好意的な対応を取りました。彼女はたくさんの子どもがいる母親でアライグマ族の皇女様ですから、そつのない対応が得意なのです。
「それでは失礼」
そう言ったアルカイックは、スッとその場から姿を消しました。
「き、消えた……え、これって、1フレームで消えてる⁈」
デュークの視覚素子は600フレーム毎秒以上という無駄に細かい感覚で物を見ているのですが、アルカイックはまるで”元からいなかったよう”にきえたものですから、デュークは「あっ……」と声を漏らすほかありません。
「一体今のは……」
「遺物艦隊から研究者がやって来て、帰って行っただけのことよ」
リリィは「私も見たのは始めてだけど」と前置きしてから、こう続けます。
「アレはマクロ的量子テレポテーション――瞬間転送ともいえるものね」
「瞬間転送っ⁈」
「ええ、そんなに気軽に扱えるものではないけれど」
本来それはいまだ実験室レベルの技術であり、10メートルくらい離れたところまで転送するのが精いっぱいの物で制御にかなり難があり、ヒューマノイドを転送する際にハエでも一緒に取り込んでしまったら、見事なハエ人を生み出すという面倒なシステムです。
「しかしまぁ――――いやはや、あの先生たちはやはり化け物じみた科学力を持っているわねぇ」
そう言ったリリィがデュークの右舷を指し示すと、先ほどまでそこにいたRIQSレヴィアタンの姿はすでに無くなっていたのです。
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