第307話 シミュレーション開始
「これは全感覚投入型仮想現実装置か。ん、でも、なんだか感覚が……」
シミュレーション装置に入ったデュークは新兵訓練所以来の仮想現実空間を味わっていましたが、不思議な感覚を感じてもいます。
「なんだか脳のあたりがチクチクするっす。それに陸戦隊の訓練で受けた洗脳装置みたいな空気の匂いがするっす」
「脳内防壁を超えて感覚が入っている――サイキックによる強制現実感覚よ。さすがは中央士官学校というべきかしらね」
サイキック能力が高いらしいエクセレーネは「仮想と現実の区別を解除するレベルのシミュレーターだわ」と感心しきりです。
「つまりこれはトラウマシミュレータっすか。本気でやらないと、下手すれば死ぬっすね。シミュレーションじゃなくて、もう現実だと考えるべきなんすね」
「後催眠で痛みを消すことはできるけれど、他人が傷つけばいろんな意味でトラウマになるわよ。ゲーム感覚ではいられないわね」
このレベルの仮想現実装置は超A級サイキックを組み込み、痛みを覚えれば本当に痛いし、他人が傷つけば強度のトラウマになったりするトンデモないもので、”現実より痛いよシミュレータ”と呼ばれているものでした。
「なるほど……それで、ここは司令部ユニットの中かな?」
デューク達は艦隊指揮を司るユニット内に出現していました。彼らはここで、中央士官学校入学試験として艦隊シミュレーションを行うのです。
「シンビオシス・トーア製の一般的な指揮ユニットのようね」
兵站士官として星系軍艦隊司令部でロジを担当していたこともあるキツネ美女エクセレーネは「共生東亜の製品は星系軍でも使っているのよ」などと設備系の蘊蓄を語りました。
「ボクこういうところは初めてっす!」
アライグマで童顔なリリィは、指揮ユニットに付属しているコンソールをワシャワシャと洗い始めます。これは種族的習性なのでしかたがありませんが、感圧式のボタンを押してしまうことになり「うわぉ、勝手に起動したっす!」などと驚きます。
「三名用指揮統制シミュレーション開始――――って表示がされているけれど、これってどういうことかな?」
「本当の艦隊司令部は百名以上のスタッフが詰めているところよ。でも、今は司令部要員が3名しかいないから、担当を指揮戦闘・兵站および艦隊運用・索敵情報の三つの役割に絞って行うようね。ほかの担当はAIがエミュレートするみたい」
エクセレーネは司令部ユニットのコンソールに写った情報をサラサラと読み解き、シミュレーションの概要を説明しました。
「そしたら手筈通り指揮官はディクシーで、経験者のエクセレーネさんは兵站、ボクは残りの索敵情報担当っすね! 陸戦隊では
リリィは黒い鼻をクンクンとさせながら愛らしい表情で「アライグマは鼻が利くっすよ!」と言いました。アライグマ族は種族的特徴として探索行動に長けた知生体ですから、適材適所ともいえるかもしれません。
「役割が決まったら行動開始っす!」
「そうね、さぁ指揮官殿、ご命令を」
「ええと……まずは状況の確認かな? 僕らが率いる艦隊の作戦目的と、どういう状況にあるのかが知りたいな」
なんとなくな流れで指揮官を拝命したデュークですが、まず目的と現状把握を行うという基本中の基本のことから始めます。指揮官としての経験がない彼ですが、船団護衛からメカロニア戦争の間カークライト提督の傍で指揮の何たるかを学んでいますから、自然とそれが行えます。
「作戦目的は連合準加盟星系の反乱の解決っすね」
「あらら、面倒そうなシチュエーションだこと」
「反乱かぁ……これは経験がないなぁ」
連合準加盟星系は連合正式加盟手前の星系であり、かなり長期間の経過期間を経て正式加盟に至るのですが、その間連合加盟反対派が主導権を握り加盟条約を破棄することがあります。
「経験がないのは私も同じだけれど、反乱ってどういうことかしら、おだやかじゃないわ」
「クーデターで準加盟星系のボスが代替わりしたみたいっす。共生知生体連合の大使館は封鎖、連合加盟種族の財産を凍結の上人質に取ってるっすよ。おわっ、敵性勢力の誘致までしてるっす!」
準加盟星系における条約破棄は種族的合意がなされていれば許されるものですが、違法な実力行使の上に外患誘致までやってのけているという、共生知知生体連合に害をなす行為は許されるものではありません。
「ひどい要素がてんこ盛りっす! 敵性勢力の介入があったケースなんて裏がありありすぎて、士官の卵でもないボクたちには荷が重すぎるっす!」
「準加盟星系の指導者間闘争、他勢力の介入、連合資産と市民を拘束――これって、たしか20年前の第二艦隊軍管区で起きた事件がモデルかしら?」
「エクセレーネさん、知っているっすか?」
「中央士官学校受験のために、ここ数百年の戦史を頭に叩き込んでいるの。山勘だけど大当たりだわ。でも、知っているからってどうなるものでもないけれどね」
エクセレーネは20年前の事件について斯斯云々と概要を説明するのですが、シミュレーションがまったく同じ要素であるはずはないでしょうし、反応もまったく違ったものになるはずです。
「あ、シチュエーションに備考がついているっす」
モニターには「10日以内に敵性勢力の艦隊来寇が予測される。これを鑑みたうえで、反徒が掌握する首都星を制圧ないしは無力化せよ。ただし住民の被害はこれを極限せよ」との表示が続いています。エクセレーネは「なによそれ、笑えるほどいやらしい条件だわ」と嘆きました。
「もひとつ条件があるっす。こういうときは司令部に指示を仰ぐのがセオリーっすけど、事実上量子即時通信ができない設定みたいっす。高速連絡艇を使って往復3日はかかるっす」
「司令部と連絡がとれないだって?」
「つまり、独自に行動しないといけないってことね。で、どうする指揮官殿?」
エクセレーネは指揮官であるデュークに指示を仰ぎます。とはいえデュークも「独自行動で、解決っていったって……」と龍骨に盛大に冷や汗をかいていたのですが――
「仕方ない、まずは艦隊の現在位置、速度、ベクトルをモニタに出して」
彼は自分達がどこを航行しているのかということを確かめようとします。これは「悩んだら、先ず航行状況のチェック」という生きている宇宙船の本能的な行動から来るものです。
「ほい、いま出すっす」
リリィがコンソールをタカタカと叩くと、デュークが必要とする諸元がモニタに現れます。現状として想定星系における内縁部の端で、星系内航行を行っているという状態でした。
「なるほどね、首都星まで通常航行で3日か……ふぅん」
フネとしての本能に従いなすべきを成すことで、現状把握を終えたデュークはなんとなく龍骨がスッキリとした感じがしています。不思議なものでそうしてみると、次に為すべきことがわかって来る気がしました。
「それで僕らの率いる部隊の規模は?」
「手持ちの艦艇は千隻程度、標準的な艦種がそろっているわね。パトロール艦隊よりは規模の大きい、小さめの分艦隊というところかしら」
艦隊に所属する艦艇の状況を確かめたエクセレーネが、モニタに艦隊の状況を表示します。縦列態勢にある艦艇群は首都星に向かって縦列を組んで進んでいる状況にあることが把握できました。
「ここの星系軍の戦力は? あ、宇宙にいるのだけでいいや」
「200隻程度の戦力が配備されているようっすけれど、ほとんどが首都星近傍で隠匿活動中とみられるっす。詳細は索敵を出さないとわからないっす」
そう言ったリリィが「索敵、出すっすか?」と尋ねると、デュークは「出そう」と即答します。彼の中ではそれが絶対に必要なことであるとこれまでの経験から導き出すことができていました。
「それから、星系外縁部にも長距離索敵を出すべきだと思う。敵性勢力の来寇が予測されているから」
初めての指揮官としての役割でしたが、面白いことでそのように指示を出していると、次に出すべき指示が龍骨に湧き上がるように出てきます。
「敵艦隊来寇まで10日はあるっす。首都星へ距離を詰めてからでも間に合うっすよ?」
「いや、スターラインの観測を早めにやっておかないと、まともな対応ができなくなる、と思う」
「それって、敵性勢力との星系防衛戦闘を考えているっすか?」
「うん、目的は星系の鎮圧だけど、それだけで終わるわけがないよね? ゲームならそうなのかもしれないけれどさ」
デュークの言葉にリリィは小首を傾げながら「そこまで見えているっすか」と呟き、エクセレーネは「ああ、そういうことねぇ。外縁部での戦闘も考慮する必要があるってことねぇ」と大きく首を振りました。
「で、あとは首都星に向かうだけっすけれど――」
「3日はかかるのだったね」
デュークはコンソールを叩いて星図を表示し航路の状況を確認します。するとモニタには首都星への最適航路が現れるのですが――
「これって、たしかに最適解だけど……」
彼はそこで一つ頭を捻りながら考えこむのでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます