第306話 チームメイト

「君たちがチームメイトになる人ですね? あ、僕はディキシー・グラヴィティ一等軍曹、よろしく!」


 メトセルの義体に入ったデュークは二人の受験生の前で、拳を側頭部に添える共生宇宙軍式敬礼を行いながら仮の名前を告げました。現在彼は、18歳ほどのヒューマノイドにしか見えないという完璧な偽装状態にあります。


「私はコンコーネ星系出身エクセレーネ・ハイゼンベルグ」


 典型的なヒューマノイドの頭部にキツネ耳を生やした釣り目の美女が嫣然たる微笑を浮かべてそう言いました。彼女は宇宙軍とは違った軍の制服を着ていますが、実に露出の多いそれは胸やら腰が逆に強調されるようなものです。


「なんだかすごい恰好ですねぇ……」


「これはコンコーネ星系軍の軍服よ」


 エクセレーネはかなり豊かな胸を腕で押し上げながら、襟元の階級章をはっきりと見えるようにしました。傍から見ていると痴女にしかみえませんが、階級章ははっきりと大尉であることを示しています。


「まぁ、宇宙軍の階級は一等軍曹だけれども」


 星系防衛を主任務とする星系軍は宇宙軍に編入された場合共生知生体連合の正規軍扱いとなるのですが、軍務上の扱いはともかく正規士官とみなされるには宇宙軍士官学校の卒業が必須であり、リューネはキャリアアップのために士官学校を目指しているといるとのことです。


「そっちのタヌキさんは、二等軍曹?」


「よく間違えられるっすけれど、タヌキじゃなくって、自分はアライグマっす。星系出身リリィ・ダーヤマ宇宙軍二等軍曹っす」


 宇宙軍の制服を纏った童顔の軍曹が丸まっちい尻尾をフリフリさせながら名乗りました。わずかに丸みを帯びた顔の輪郭と黒一色の鼻が特徴的な彼女はタヌキに誤認されがちなアライグマ族でした。


「アライグマ族?」


 リリィの黒鼻をまじまじと見つめたデュークは「もしかして、ラスカー大佐を知っていますか」と尋ねました。


「大砲屋のラスカー大佐っすか?」


 ラスカー軍曹は両手をスリスリさせながら「知っているも何も自分は――親族っすからねぇ」と苦笑いしました。


「ふぇ……大佐の親戚なんですね」


 軍曹は「宇宙軍は意外に狭いところっすからね」と言いながらなにか面白いものを見るような目でデュークを眺めました。


「それで、ディキシー。あなたはメトセル族かしら? そのアホ毛」


「あ、そうです。メトセル星系軍でも宇宙軍でも一等軍曹です」


 メトセルは一般的なヒューマノイドの顔立ちをしていますが、頭髪の一部が自由に稼働するという特徴があり、偽装を完全に身に着けたデュークは砲塔を動かすかわりに、ヒョコヒョコクルクルとアホ毛を動かしていたのです。


「若そうに見えるけれど、見かけ通りの歳じゃないわね?」


「ふぇっと……そうだね、こないだ50歳になったかな」


 デュークの顔を一瞥したリューネは「かわいい顔してるけれど、中身はおっさんかぁ」とずいぶん失礼なことを言いますが、デュークは自らに与えられたカバーストリーを思い起こしながら「メトセルでは若造の方、なんだけれどね」説明しました。


「ところでディキシーは艦隊勤めが長かった? それとも陸戦隊上? どちらにせよ、それなりの歳だから実戦経験者よね?」


「まぁね……実戦経験は艦隊での方が多いかな。一応艦隊司令部で従兵勤務をやっていたこともあるよ」


 デュークの艦歴はあと少しで4年ほどになります。そのうち3年近くが艦隊勤務であり、最初の任務からこの方かなりの期間実戦に従事していますし、つい最近は分艦隊の旗艦を務めるといましたから、このあたりは嘘ではありません。


「それはよかったわ。私は後方勤務が多くて実戦経験はあまりないのよ。宇宙軍でもおなじだったしね」


 リューネは星系軍においてロジスティクスを担当する士官だったということです。後方支援の花形ともいえるそれは重要な任務の一つですが、ドンパチの経験は少ないということでした。


「それって、もしかしたら艦隊シミュレーションの指揮権に関連すること?」


「そう、シミュレーションとはいえ実戦経験がものをいうから」


 受験生たちに対して、試験における指揮官を選定せよという指示がでていました。


「そっちのダーヤマ軍曹はどう?」


「自分は陸戦隊勤めが長くて、艦隊経験はチコッとばかりっす」


 リリィ・ダーヤマ軍曹は丸まっちく愛らしい顔に笑みを浮かべながら「それに戦争より料理の方が得意っす」などと、的外れなことを言いました。


「では、指揮官はディキシーに任せるのがいいみたいね」


「でも、艦隊を指揮した経験なんてないんだけれど」


「従兵勤務があれば十分っすよ。あれはエリート候補だけがやれる任務っすから」


 リリィは「共生宇宙軍における司令官従卒というものは気の利いた者が就くだけでなく、将来を見込まれた若者が指揮官経験を積むためになるものっすから」と説明しました。


「ははぁ、あれってそういうことだったのか」


「50年も生きてきてそんなことも知らなかったすか?」


「メトセルって、そういう種族らしいわね」


 ともあれ、デュークは二名の受験者と共に艦隊シミュレーションに臨むことになったのです。


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