第321話 天躍の門再び

 一連の検査を済ませたデューク達は、本体ごと再度大工廠に潜り込み、大型艦用のドック区画に入っています。


「連合大工廠の地下深部にこんな空間があるとは知らんかったな」


 デュークの本体に載った高速機動艇――簡易司令部ユニットとして機能するフネの中からスイキーが尋ねます。


 すると、活動体のミニチュアに入ったデュークが「この辺りは、共生宇宙軍にも数少ない大型戦艦用の地下ドック群なんだって、2キロ級超大型戦艦でも収容できると聞いたよ」と答えました。


「2キロ級か、共生宇宙軍の正規型超大型戦艦のサイズがそんなものだったな」


「正規艦隊の旗艦を務めているあれって3キロくらいの大きさがあったような気がするけれど?」


「ああ、2キロってのはコアとなる戦艦ユニットの全長で、パッケージ化された武装ユニットや装甲コンテナ、艦載空母や戦略級空母の運用ユニットとかを装備すると全備全長3キロってな具合になるんだ」


「そうか、艦隊の運用に合わせて旗艦の機能を変更しているんだね。それだとユニットの付け替えで柔軟な運用ができるし、コストパフォーマンスがよくなるのかもね」


「ほぉ、デュークの口から、費用対効果なんて言葉が出るとはな。士官学校のお勉強がよろしかったようだな――ん、ドックの端についたな」


「この先に、さらに下層に入る入口があるのだけれども、そこって跳躍の扉だよなぁ……」


 彼のカラダに備わる多重ジャイロは、トンネルの先に半年前に潜り抜けた四重連星系につながる扉があることを示しています。デュークは事情について話して良いものなのかと、同乗しているリリィ教官に目配せしました。


「かまわん」


 実習にあたってリリィ教官は軍人口調を崩さず、努めて口数を少なくしています。これはデュークら実習にあたる士官候補生が主体的に物を考えるようにするためです。許可を得たデュークは斯く斯く云々と説明を行いました。


「大工廠の中に恒星間跳躍システムですって?」


 そんなことを初めて聞いたわと、エクセレーネ士官候補生は長細いキツネ目を丸くしました。


「うん、秘匿された上代の遺産なんだって」


「ははぁ、首都星系にそんなものが秘匿されているとは聞いてはいたが、俺っちは連合執政府にあるものだと思っていたぜ」


 跳躍の扉の存在は、その出自のためか共生知生体連合の秘密や裏側に詳しいスイキーにとっても噂話程度でしか知らない、かなりの機密事項です。


「でもさ~~あっちの星系はどん詰まりだよね~~?」

 

「そうね、あそこかに入ったらスターラインもできないわ」

 

 デュークの後から続くナワリン達も航路の果てに見た四重連星系を思い出しながらそう言いました。扉の反対側は、恒星を一つ抱え込んだ古代のダイソン・スフィアであり、その特性からスターラインができないところです。


「門の先は、来る者は拒まないが、去る者は決して赦さない星系なのねぇ」


 士官候補生エクセレーネは「黄昏の葬列、楽園システム星系にようこそというところかしら?」と小首を傾げてから、こう続けます。


「もしかしたら別の超光速システムがあるのかもね。たとえば超光速ブースターのようなものが、ね」


 彼女が言う超光速ブースターとは、縮退炉をジェネレーターとして搭載した超大型の推進装置を多数束ね合わせ、限界を超えた高い臨界反応を連続して引き起こすことでゴリ押しの力押しで時空を捻じ曲げ光速を超えるというものです。


「ううむ……だが、それはないだろう。なんせ駆逐艦1隻を星系外に放り出すのに戦艦10隻分のコストがかかるんだぜ」


 スイキーは「建造費用だけではなくランニングコスト込み、その上あれは使い捨て

、そんな代物使えるわけがない」と付け加えました。


「本来は帰りのルートが確立されていない未探査星系の調査に使用する超高コストユニットであり、他には正規艦隊用の強行偵察ユニットとかに使われるが……とにかく高いんだ」


 彼が言っている強行偵察ユニットは、正式名称を超光速ブースター搭載型艦隊決戦用強行偵察飛翔体というももので、大変優れた偵察力があるものの、一度きりの使用のためだけに戦艦100隻分くらいのコストが吹き飛ぶというお値段的に恐るべき効果があるものです。


「そう考えると超空間航路とかスターライン航法って、コスパいいよねぇ~~!」


「待ったくだわ、気合入れて飛べばいいだけだものね」


 ペトラとナワリンが言う通り、通常用いられる超光速航法は縮退炉のエネルギーがちょっとばかり減退するだけのことが、光の壁を超えるためのお値段でした。


「まったく嬢ちゃんらの言う通りだぜ……って、おいデューク。前にあるのが、跳躍の扉か?」


「へぇ、あれが超構造体でできた上代人の装甲板ね」


 会話を続けているうちに大工廠のトンネルを潜り抜けたデューク達は、超硬装甲板でガッチリとシールドされている跳躍の扉を見つけます。あたりには工廠のゲート担当が点検を行っており、扉はいつでも使用可能にあるのが分かりました。


「士官候補生各位、我々はここから跳躍し、機動要塞シンビオシスⅦに出る」


 それまでずっと黙っていたリリィ教官が「これは共生宇宙軍総司令部、その長からの直接指示である」と皆に伝えました。


「それはつまり総司令――執政官命令ってことでしょうか少佐」


「スイカード候補生、なにか?」


「いえ、さすがは中央士官学校、候補生にも貴重な体験をさせてくれるものだと思いまして……」


「そうか。では、候補生各位は封緘命令書を開封」


 リリィが各候補生に向けて暗号鍵を伝送すると、事前に配布されていた命令書が公開状態になったのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る