第287話 潜宙巡洋艦カイバットのシーエダ艦長

「近衛艦隊所属、第一潜宙艦隊第一戦隊、潜宙巡洋艦カイバット艦長のシーエダ大佐である」


 潜宙艦との通信回線が形成されると魚類から進化したと思われるヒューマノイドが現れ、シーエダ大佐と名乗りました。顎がとってもゴツくて口の中にはギザギザした牙が並んでいるところを見ると、彼はサメから進化した種族なのだとわかります。


「お前たちが連絡のあった龍骨の民だなぁぁ?」


 シーエダは深く窪んだ金壺眼の奥で赤い目を光らせ、ドスの効いた迫力のある声で尋ねてくるのですが、それはどこからどう見ても「食っちまうど!」と言いたげな凶暴な肉食魚の凄みにしか聞こえません。


「えっと……連絡があった……は、はい多分そうです」


 シーエダ大佐のまるで獲物を狩る気満々といった風情を見せつけられたデュークは「こ、このサカナ、怖い」と思いつつ、少しばかり怯えた口調で答えました。


「なんだ若造――魚人族を見たことがないのかぁぁぁ?」


「いいえ、そのなんていうか……す、すみません」


 デュークは新兵訓練所や首都星系で魚類系の種族を数多く見かけていますが、シーエダほどの眼力を持ち、かつ強面の者はいなかったものですから、何故だか知らないけれどつい謝ってしまいます。


「ううむぅ、ガキのくせに肝のすわった艦だと聞いたが。まぁいい、残りの二隻はナワリンとペトラだったなぁぁぁ?」


 大佐はギロリとした目で、デュークに続行する二隻をもの凄い眼力で睨みます。それを受けたナワリンとペトラは「うっは、凄い眼だわぁ! 眼力だけで人をころせそうだわ」とか「それにすっごい牙だね~~~~! こわぁ~~!」と、素直な感想を漏らしてしていました。


「ちょっと、失礼だよ……」


「がっはっは! 気にせんでいい。たしかに俺は強面だからな」


 大佐は「気にするな」と豪放磊落な感じで懐の深さを見せました。それにより見た目は確かに怖いけれどもやはりは共生宇宙軍の大佐であり一廉の人物だとわかるのですが、やはり怖い見た目は変わりません。


「ふん、生まれてこのかた同族からも怖い怖いと言われて来たからな……気にせんでいいぞぉ、気にせんで……」


 そう言った大佐は「そうか、やっぱり怖いのかぁぁ……」とわずかに肩を竦めました。実のところ、ご先祖返りを起こしたような彼の風貌は同族からも恐れられてきたといういわくつきのもので、本人は怖いと言われるのを少しばかり気にしているのです。


「さて、本題に入るぞ――目的地は首都星系で間違いはないなぁ?」


「はい、命令のとおりに飛んできたのですけれど、この星系には超空間航路もないし、スターラインもできなくて……どうすればいいのでしょう。猶予はあと10日しかないんです」


 デュークがことの経緯をかいつまんで説明すると、シーエダ大佐は「ふむぅぅぅ、それでこの星系になぁぁ!」と頷きます。


「よしっ、それでは本艦について来るようにぃぃぃ!」


「ええと、どこを目指すのですか?」


 デュークの素朴な疑問に対して「星系内部、中性子星を目指すぅ」とだけ応えたシーエダは全艦に出発を命じます。すると潜宙巡洋艦カイバットを始めとした潜宙戦隊は浮上したまま全力航行を始めました。


「わ、命令に即応しているわね。すごく練度が高いわ」


「流石は近衛艦隊ということか……よし、僕らも続こう」


「でも、四重連星の中性子星って あんまり近づきたくないんだけど~~! 重力異常が酷そうだもん~~!」


 ペトラは少しばかり嫌がるのも無理はありませんが、デュークから「いやがってると、あの大佐に喰われてしまうかも」と諭されて(?)「その方が嫌だぁ~~!」と航行を開始します。


 そして潜宙艦隊とともにスラスラと星系内を進んだ彼らは、目的である中性子星に近づきます。中性子星からは不規則に激しいガンマ線バーストが吹き出し、その軌道は予測の付かないものでした。


「まだ進むのかしら? これ以上進むとかなり危険よ」


「うん、このままだと連星系の不規則軌道の内側に入り込むコースだね。でも、シーエダ艦長のフネはドンドン進んでるなぁ」


 潜宙艦隊はなんらの危険もないかのごとく連星系の中心を目指して進んでいます。「着いてこい」と言われたデューク達はそれについて行く他ないのですが――


「あれ~~? 近づいたら重力異常を検知すると思ったのに、全然みっかんないよぉ~~おっかしいな~~?」


 ペトラは重力センサをピーンと伸ばしているのですが、レーザー発振器と反射鏡が対になっているそれからは辺りに予測された重力変動を検知することができません。


「電波系のセンサもおかしいわ。中性子星のパルスがドンドン弱くなってるじゃない、近寄れば近寄るほどよ」


「赤外線の観測データもそうだね。それに光学系も変だよ。まるで星そのものがないみたいにぼんやりとしてき――」


 デュークが視覚素子を広げてさらなる探知を行ったその時――


「ふぇっ、星が消えた!?」


 彼の視覚素子から中性子星が消えました。


「あ、あれ? 僕たち、知らないうちにどこか別の場所にジャンプしたのかっ?! いや、違う、重力震なんてまったくなかったけれど」


 時空を捻じ曲げたり、すり合わせたり、つなぎ合わせるような数学的詐術を用いる超光速航行を行えば、例外なくなんらかの重力震動が発生しますし、様々な波長の電磁的活動を検出するものです。でも、このときの彼らのセンサは、なにも検出していませんでした。


「あら、代わりになんだか大きくて黒い天体が見えるわ。あれはもしかしてブラックホールかしら?」


「うーん、たしかにあそこからは光電磁波の類が一切検出できないね。でも、ブラックホールってハローを纏っているから、普通は近くでみると目立つはずなのに」


「重力傾斜も殆どないし、潮汐力も感じない~~。あれは別物だよぉ~~!」


 宇宙を背景にして黒い天体が浮かんでいれば、それはおおよそブラックホールでしょう。でも、デューク達が目にしている天体は似て非なるもの――漆黒を超えた完全に黒い物体なのです。


「まさか、あれは完全黒体じゃないか?」


「それってあの星で見た黒い遺跡と同じもの?」


「たしかに特徴が合致する~~!」


 デュークらが初めての上陸作戦で見たことのある完全黒体――光を100%近く吸収し物理的に破壊ができるかも怪しいというそれが、宇宙に浮かんでいます。


「でも、あの遺跡は差し渡しが10キロ位のものだったはずだけど。あれは天体サイズ――いや、天体なんてレベルじゃないぞ、これは惑星軌道位あるじゃないか!?」


 完全な黒体であるその天体ですが、宇宙を背景にしながら三角測量の要領で観察すれば距離とサイズの計測が可能になっています。そしてデュークが見たところ、黒い天体は平均的な恒星の10倍以上の直径を持っていたのです。

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