首都星系

第115話 打つ手なし

 共生知性体連合の政治的中枢が存在する首都星系、システム・シンビオシス第6番惑星の軌道上に構築された共生宇宙軍の大工廠――その奥深くには数億トンもの水で満たされた巨大なドックが存在しています。


 僅かな重力制御が掛かった水面には、ポコリ……ポコリ……と小さな排気ガスの泡が浮き上がっていました。それは水中に沈む巨大な宇宙船――戦いに傷ついたデュークの本体が漏らしているものです。


 彼は今、このドックで眠りにつきながら、相当にダメージを受けた装甲や外部機器、あるいは一部の内部器官を癒やしていたのです。


 その周囲では耐圧耐爆装甲された強固な潜水艇に乗る技官たちが、デュークのカラダに処置を行っています。龍骨の民はある程度の傷であれば、ご飯を食べて寝ていればそのうち治ってしまいますが、さすがに少年戦艦の傷は深く、技術的処理――普通の種族でいれば医療処置を施されていたのです。


「上面構造第10区画の摘出手術痕に熱源反応! 内部熱量が増大して、外殻が振動しています!」


「なんだと⁈ 応急処置が終わったばかりじゃないか? なっ、直したところがもう歪んでいるだとっ⁈ これはイカン、制御材を緊急投入!」


 デュークの白い外殻に浮かぶ赤い斑点に、特殊な気体が吹き付けられてエネルギーの増大を阻止しようとしますが――


「熱量振動ともに増加しています! 効果ありません!」


「いかん、生きている装甲が暴走しているんだ!」


 潜航艇が激しく揺さぶられ始め技官たちは状況の急激な変化に、激しい叫び声を上げるのです。


「いかん、外殻が弾けるぞ! 急速浮上、退避、退避、退避ぃ――――!」


 潜航艇が急浮上し、空中へ退避した瞬間――ドゴオオオン! と、デュークの外殻が弾けて強力な水圧が生じたのです。


「なんてこった……予想外の進行速度だぞ……ドクトルに連絡するんだ!」

 

 その様な光景が繰り広げられている場所から、10キロほども離れたとある部屋では、活動体に入ったデュークと白衣を着た男が向き合っています。彼らの前には四次元構造投写機が横たわり、立体的な部品のようななにか記したデータが投影されていました。


「こ、これは…………もしかして……」


「…………」


 デュークは真剣な眼差しで、白衣の男を見つめます。彼は実に苦し気な排気を漏らしています。


「何かいってください! はっきりと言って欲しいんです!」


「……………」


「ドクトル・グラビティ!」


 デュークにドクトルと呼ばれた男――共生宇宙軍技術本部に所属する縮退炉の権威は白衣のポッケに手を突っ込み、中から煙管キセルを取り出しました。


「これはだな……」


 ドクトルは煙管に刻んだタバコの葉を押し込んでから、そのまま投影されている立体物を示してこう言います。


「もはや、手遅れ、だ」


 ドクトルはデュークの視覚素子をマジマジと見つめながら、淡々とした口調で無慈悲な宣告を下しました。それは誰が聞いても「死に至る病の宣告」そのものなのです。


「ふぇぇぇぇっ……嘘だっ!」


 デュークはいつもノホホンしている顔を厳しくしながら「嘘だッ!」と気合の入った抗弁を行うのですが、ドクトルは「現実は非情なんだ、キミは無理を通しすぎたんだ」と、煙管の先に火をつけたマッチを差し込みプゥ……と吸い付け始めました。


「ふぅ…………原因は君にあるのだがね?」


「そんなっ! 僕の何がいけなかったんですか!」


 デュークは声を荒げてクレーンを振り回すと、立体映像がバババッ! と乱れます。ただ、それは一瞬のことであり、装置はすぐさま回復して元の映像を映し出すのです。


「機械に当たるな。君が奮闘したことは認めるが……」


「だって、仕方がないじゃないですか! 僕が退いたら戦線が崩壊したはずです!」


「その代償を考えるべきだろう。龍骨の民――そのなかでも相当に巨大なカラダを持つ君が、いかに大きな力を持っているといっても、無理は無理――」


 ドクトルはキセルを吸い付けつつ、眼窩に収めた片眼鏡モノクルの位置を修正しながらこう続けます。


「無理を通せば、道理が引っ込むというものだぞ少年」


「ッ――――!」


 縮退炉の権威はピシャリとした口調で手厳しい叱責を響かせました。ですが、それでも諦めきれないデュークはこうも叫ぶのです。


「そんな道理ィ――――! 僕の主砲でふっ飛ばしてやる!」


 デュークはまなじりを鋭くしながら、背中に乗っかっているミニチュアの大砲――本体と同様にかなり破損しているそれをもたげました。


「こらこら、ミニチュアの大砲を振り回すな。危ないだろうが」


「あいた!」


 ドクトルは手にしたキセルでデュークの背中をポカリとたたきました。龍骨の民のミニチュアは、サイズが小さいだけで本体と同じような構造を持っています。活動体の砲の威力はスタンガンレベルかもしれませんが、当たりどころが悪ければ「問題ない、ただの致命傷だ!」という程度の威力を出すことができるのです。


「だけど――――!」


「聞き分けのない若造だな。ほれ、彼女たちも困っているぞ!」


 デュークの傍らでは、ナワリンとペトラが神妙な面持ちで佇んでいました。


「デューク、しっかり聞いて……もう、駄目なのよ!」


「ッ――! そんなこと言わないでよ! 嘘だと言ってよナワリン!」


「ボクが見てもそう思うよ~~残念だけ一巻の終いってやつだよぉ~~」


「ああ……ペトラまで」


 ナワリン達はあきらめきった眼でデュークを眺めているのです。


「そうなのだ。誰が見ても君が生き残る術はない。あきらめて受け入れろ少年」


「命とは儚いものだわ。でも、死は誰にでも平等なのよ」


メメント・モリ死を想え~~」


 ドクトルはあくまで淡々とした口調で諦めろというのです。ナワリンたちもどこからか検索してきた死についての格言を口にします。


「い、いやだ――――!」


 デュークは龍骨をガタガタと震わせながら「死にたくない、死にたくない――!」と、世の非情さを恨むように吠えました。そして、そんな彼の背中にナワリン達はそっと手を置きこう言うのです――


「だってデュークのキング、詰んでるチェックメイトよぉ~~~~!」


「四次元チェスにハマるのは良いけれど、あんた下手くそねぇ!」


「うわーん、また負けた――――!」


 デュークのクレーンがクタリと力を失うと、立体構造の盤面に”ゲームエンド”と表示が浮かびました。


「やっと負けを認めおったな」


 大工廠の責任者たるドクトル・グラビティはスゥ――とタバコを吸い込みながら、四次元チェス――縦横高さと時間経過の四軸を持つ宇宙将棋の盤面をリセットしました。


「ううう、しくしく」


 実のところデュークのカラダに入り込んだ破片やら汚染された器官はドクトルの部下たちにより摘出され命に別状はなかったのです。そして本体が回復する間、やることのないデュークは、ドクトルにチェスを教えられていたのですが――


「ふっ、これで99連勝だな」


「99連敗……うわぁぁぁぁん、少しは手を抜いてくださいよぉ――――!」


「バカモン、君は軍人だろうに。戦場で敵が手を抜いてくるか?」


「でも、これはゲームですよぉ!」


「あほぉ、ゲームだからこそ本気でやるもんだ」


 デュークはドクター相手に毎日夜四次元チェスの指南を受けていましたが「私に勝とうなんて、100年早いぞ、若いの」と言う感じで連戦連敗を続け、日々記録を更新していたのです。


「ふぇぇぇぇぇええぇぇえっぇ! 何で⁈ 定石を全部覚えて、棋譜のデータだって完璧なのにぃ――ネット対戦で機械知性にも勝ったことがあるのにぃ!」


 手術後、回復期に入った本体を預けて活動体に入ったデュークは、2週間ほどもただひたすら研鑽を重ね相当の上達を遂げていましたが、何故かドクターにはいつも負けてしまうのです。


「盤上は宇宙――その深淵を覗くために必要なのは、机上の論理や練習ではなくて、人生経験の深みが必要なのだ。ふはははは――――ん?」


 チーン! とアラーム音が成ると、ドクトル・グラヴィティは手元の端末をヒョイとみやり、こう言います。


「おっと、お前さんのカラダの経過分析が出たぞ…………ふむん、まぁ、龍骨にガタも入らなかったし、縮退炉も安定しているな。あとは外殻が治るのを待つだけだが」


 ドクターは、表示されたデータを眺め、デュークの龍骨も縮退炉も健全な状態に回復したことを確認しながら「まだ生体装甲は安定しとらんな、こっちはもう少しかかるかな」と言いました。


「しかし面白い構造をしている装甲板だ。流体金属っぽい性質と固形の物体が混ざりあった特殊なものだ。それが僅かな歪みすら残さず、気に入らないところを勝手に吹き飛ばしながら元に戻りつつある」


 ドクトル・グラヴィティは「これは良い研究材料だ!」と実に嬉し気に笑いました。彼は縮退炉を専門とする科学者でもありますが、装甲板の材質についても論文を数十本ほど書き、その世界ではかなり名の知られているのです。


「でも、背中がスカッスカですよ。武装がぜーんぶ取れちゃいました」


「上部構造物は、飯食って寝てれば数週間くらいで生えてくるだろう」


 そう言ったドクトルは、こうも言うのです。


「さて、本体も相当に安定してきた。そろそろこんなところに閉じこもっておらんで、首都星にでも遊びに行ってくるといい」


 ドクトル・グラビティは「チェスなんぞ後でいくらでもできるから、遊びにいっておいで」というのです。


「えっとここから首都星まで1億キロはありますよ。まだ本体が動かないのだから、行けないでしょ。活動体を使うにしても、さすが思念波が届かないから無理ですよ」


「無理――か、確かにそれを通せば道理が引っ込むな」


「でしょう?」


「まぁ、普通ならばそうなんだが、世の中には奥の手と言うものが有るのだ。宇宙軍サイキック部隊の力を借りてな、思念波の中継をしよう」


 ドクトルが言うには、思念波を増幅すれば、数億キロ離れたところでも活動体の行動が可能になるということでした。


「へぇ――そんなことが出来るんですね」


「こちらの工廠側の部隊は、私の子飼いだ。首都星の方は、お前さんらの同胞が手配しているようだ」


「ええ? テストベッツの現役船って言えば、知っているのはネイビスさんだけど、今は首都星系にいないはずだし、同胞って誰だろ?」


「それはしらんよ。ともかく、あちらの受け入れ準備も出来ているとメッセージが届いているぞ。このメッセージの送信者は……氏族名アームドフラウと書いてあるな? なにやら執政府関係者のようなのだ」


「ああ、それは私の氏族ね。誰かしら――もしかしてマジェスティック姉さまかも!」


「そっちの嬢ちゃんがらみだったか。ま、とにかく外殻が元通りになるまで、遊んで来い!」


「首都星か……いいのかなぁ?」


「よくよく軍務に精励した結果の名誉の負傷だからな。軍の偉いさんからも、万事便宜を図るように言われておるぞ。移動は、私の高速艇を貸してやろう」


 ドクトルは全ての算段を付けてやるから「ウダウダ言わずに、行って来い! ねーちゃんらと一緒にな!」と言うのです。


「へへへ、首都星って連合の中でも最高に素敵な場所だって聞いてるわよ!」


「美味しいものがあるかなぁ?」


 ナワリンとペトラの龍骨と胃袋は既に首都星にありました。


「官金使って、女連れで首都星巡りなんぞ、なかなかできんことだぞ!」


「は、はい……それでいいのかなぁ……」


 デュークはなんだか納得行かないのですが、彼は共生知性体連合首都星への物見遊山に赴くことになったのです。

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