第128話 セントラル・コアのどこかで

 デューク達がセントラル・コアの中心部を通る、メインシャフトを登り、外部へ向かって移動を開始した頃の事です。


 セントラル・コアのどこかにある秘匿された場所――多層構造の装甲板で厳重にシールドされたある一室に、一人また一人と知性体が集まってきます。


 そこには、輝く目と天秤が描かれ大きな円卓が置かれ、周囲には12個の椅子が等間隔に並べられていました。


 席を温めている人物は、一様に長い布を巻きつけた、古めかしい服装にて臨んでいるようです。その中の一人は、ぐがががと鼾を上げていました。


「ぐごご……ぐごご…………うご? ……ばあさんや、ご飯はまだかのぉ?」


 背もたれにカラダを預けて寝息を立てていた老人――斑点の浮かんだややくすんだ毛並みを持ったヒツジが起き出し、目に映った隣の種族に言葉を発しました。


「誰が婆さんですかい……涎が垂れていますぞ!」


 可愛らしくも精悍な顔立ちを持ったイヌ顔のヒューマノイドが、バウ! と一声鳴き声を上げて叱ります。いまだ寝ぼけていたヒツジは、「めぇっ⁈」と驚き、今自分がどこに居るのかを思い出し、トーガの端で涎を吹くのでした。


「スンスンスン……キョロキョロ…………スンスン」


 その隣では、小さな生き物が鼻づらをヒクヒクとさせて警戒したり、髭を振るわせながら、しきりに体を動かしていました。小さな齧歯類を先祖に持ち、小さなまま知性体へと進化した種族でしょう。


「せわしないな」


 それを見ていたのは、見事な角を高らかに伸ばす、ウシから進化したと思われる種族でした。逞しい胸板でトーガを盛り上げているところから、男性だ分かります。彼は、口元では何かを咀嚼するように動かし続けていました。


「スンスンスン? せわしない? 仕方がないじゃないか、そういう種族なのだから」


「そうか、そうだったな」


 ウシ型の男性は、「確かにそういう種族だったな」と納得したようにうなずきました。


「…………今、僕の事、ネズミみたいって思った?」


「言ってはおらんが、分類学的には似たようものだろう?」


「ちょ、まってよ。冬眠もできないし、食べ物を貯めることもない、あんな害獣と一緒にしないで! プク――!」


 齧歯類型の知性体は、ほっぺを膨らませて憤るのです。彼は、たぶん、ハムスターのような種族なのでしょう。ウシ型知性体は、その姿を見つめながら、もっちゃもっちゃと反芻を続けました。


 さらにその隣では、別の人物が食事を摂っていました。


「ポリポリ……旨いな、これ……ポリポリ」

 

 卓上に置かれた人参や林檎を摘まんでいたのは、ウマ面のヒューマノイドでした。彼はヒヒィンと軽くいななきながら笑みを浮かべるんどえす。カラダを見ると、四足歩行にして、別に腕がついているという変則的な体形ケンタウロスの種族でした。


「うぬぅ……」


 人参をほおばっているウマを見ながら、黒々とした毛艶の肌をもつ逞しい体躯を持ったゴリラのような知性体が唸り声を上げました。彼のカラダは大変大きなものであり、その上オーラのようなものがにじみ出る、王者の風格を持っています。


「ぬぅ……」


 彼は懐からなにやら錠剤を取り出すと口に放り込み、手にしたコップから水と一緒に飲み込みま、また「うぬぅ……」と威厳のある唸り声を放つと沈黙しました。


 その仕草はいかにも強そうなものでしたが、妙なことにくぼんだ眼窩の眼には、なぜか悲し気な色が乗っています。それを隣にいた体長1.5メートルほどの大型のトリが見とがめて、こう言うのです。


「おやおや、ゴリさん、薬かい? 糖尿病の気があるっていってたなァ? 魚喰えよ、魚――魚喰ってりゃ病気にならんぞ! クワカカカカ!」


 光沢のあるカラダの上に、黒々と下長い嘴を伸ばしたトリは、器用にもフリッパーの先で小魚を摘まんでゴリラに差し出しながら、笑い声を上げるのです。多分軽やかな笑みを見せるトリに対して、ゴリラは瞑目しながら、「うぬぅ……」と唸り声を上げるだけでした。


 そんな風に、銘々に食事を摂り、会話をする知性体たちの耳に、バタリとした音が入ります。


「うぬぅ…………遅かったな龍骨の」


 鋭い目つきをした黒い巨人が、扉の向こうから現れたフネのミニチュアの姿を見つけました。彼は是とも非ともつかぬ感情を乗せて、彼女がゆったりとした動きで席に乗りあがるのを眺めます。


「悪かったね――本体の傷が活動体にまで影響していてね」


 現れたのは龍骨の民が執政官スノーウィンドでした。彼女の重力スラスタの動きはフヒュると微妙な音になっています。


「ぬぅ……カラダをいとえよ」


 黒いゴリラはその風貌と言動からして恐ろし気な印象を表してしますが、中身は紳士の様です。


「全員揃ったね」


 最後の人参を口に放り込んだケンタウロスがそのように呟きました。円卓の椅子は8つまでが埋まっているのですが、残りの4つは空席です。


「今、執政府にいる執政官は、な――イノシシは、第一艦隊。爬虫類ヘビは第二艦隊。ウサギは第三艦隊。ティーゲル虎の御仁殿は第四艦隊を直卒中だからのぉ」


 ベェェェ……と欠伸を押し殺したヒツジが、指を折々数えました。そう、彼らは共生知性体連合が政治首班である執政官の一団なのです。


「さてと……」


 ヒツジの執政官がスッと席を立ちあがります。そして、トーガの端を綺麗に整えると、背筋を伸ばしました。それまで呆けていたような姿が、一瞬で変化したのです。


 それは他の知性体たちも同様の事、立ち上がった執政官たちは、一様に構えを取ると、その眼の中に強い知性を煌めかせるのです。部屋の中は、それまでの弛緩した空気などどこに行ったかと言う風に、緊張した空間となりました。


 それを確かめたヒツジは、トーガの端を綺麗に折りたたみ、右脇を左手で押さえて、サッと右手を高々と掲げます。


フラーレ、シンビオシス共生万歳!」


 老いたカラダから放たれたとは思えないほどの力強い言葉が放たれると、周囲の地位生体たちも右手を高く掲げて――


「「フラーレ、シンビオシス共生万歳!!」」


 と、応えるのです。


 その言葉は音波を用いたもので、一様に力強さを持っていました。その上、思念波や電磁波を放つ者もいて、室内は溢れんばかりの熱気に晒されます。


 その場に、一般の知性体がいたとしたら、叩きのめされるような圧力を感じたかもしれません。でも、多重にシールドされたその部屋は、それらを受け止めて外部に漏らすことはありませんでした。


「機密チェック完了。あたしのカラダの外には、なにも漏れていませんよ」


 スノーウィンドがヒツジの執政官に合図をすると、「そうか、では楽にしてくれ」とヒツジが合図をし、知性体たちは前の様に椅子に座りなおるのでした。


「それでは――連合執政官会議を始める! まずは、定例の現状把握――スノーウィンド司令官」


 名を呼ばれたスノーウィンドは、円卓に着いたコンソールを操作します。すると、卓上に銀河の勢力図が立体投影されるのでした。


「第一艦隊――人類至上主義者の勢力方面は、以前膠着状態。前線において、きな臭い動きが見られますが、これは陽動の可能性が80%です。動きが本格的に見えてその実、嘘くさい」


 クレーンを使って立体図を操作しながら、スノーウィンドは共生宇宙軍の参謀部の状況判断をオーバーレイさせました。


「諜報局の判断は?」


「ニンゲンどもの勢力圏を迂回させた偽装商船からの情報は、依然と同じでっす! 渡りの独立商人からの情報からもそれはうかがえます――スンスンスン。諜報局は宇宙軍の判断を支持します!」


 鼻をヒクヒクさせながら、外交担当執政官のリス型種族の執政官ハムスが答えました。


「商業帝国と狂信者との抗争は依然続いています――それらの影響で難民が発生していますし、宇宙海賊も跋扈する星域が増えてきました。ただ、第二艦隊の現有戦力によるコントロールは順調です」


「ゴリー公、外交担当――――いつも通り、遺憾の意を表明しておいてくれ」


「うぬぅ……意味はないでしょうが……うぬぅ……仕事ですから。難民はどこまで受け入れますか? メリノーシニア主席執政官」


 ゴリラ型種族の執政官ゴリーが頷きつつ、首座にあるヒツジの執政官――メリノー上級執政按察官の父親に尋ねます。


「全て受けれいることはできない。連合外縁部にキャンプを設置するしか無かろう」


「これまで通りの方針だな」といったメリノーシニアは、スノーウィンドに続けるように促しました。


「第三艦隊――あちらでは、機械帝国の辺境軍閥が勢力未確定宙域で海賊行為をしているようですが、問題なく対処できているとのこと。ああ、第三艦隊司令官からは”来た、見た、殺った”というメッセージが届いています」


「あのウサギ……可愛い顔してなぁ、一番怖いからな……」


 第三艦隊司令官――首狩りウサギというあだ名をつけられた連合随一の武闘派の事を思い出し、メリノーシニアは背筋をブルリとさせました。


「続けます。第四艦隊――キノコどもの浸食は見られていませんが、依然として繁殖船の侵入は続いています。また、その頻度が増加傾向にあります。増援が必要です」


「ふむ……ティーゲル虎の御仁殿ならば、一隻たりとも侵入させることはないだろうが……」


「超空間航路は封鎖していますが、やはり通常空間を渡ってくる奴らに対しては、数で対抗するしかありませんので……」


 スノーウィンドは、第四艦隊が対峙するキノコ――星を渡りながら繁殖する生物の映像を浮かびあがせ、合わせてそれらがの活動が増加し活発化していることをグラフで説明しました。


「タイミングとしては、それなりに大きな波が来ているな」


「技術局――キノコたちとのコミュニケーション確立はどうなっている?」


 メリノーシニアの問いに、技術に通じたウシ型種族の執政官ブルがコンソールを操作します。


 すると――”増える……蔓延る…… 殖える……満ちる…… 増殖……交雑……受精……交配……受粉……憑依……染みる……飼う……栄養……渡る……”というなにやらおどろおどろしい音声が執政官たちの耳朶を打つのです。


「クワァァァァァ!」

「キャィィィィン!」

「ぶるぅぅぅぅぅ!」


 トリはバタバタと翼を振り、イヌは頭を抱えて悲鳴を上げ、ウマが鼻を鳴らして恐怖を表しました。他の執政官たちも似たような様子で、嫌そうな顔をするのです。


「全部焼いてしまおうよ!」


 齧歯類の執政官ハムスが、カラダをブルブルとさせながら、そういうと、「クワァ……同意するぞ」「そうだな、あれは知性体じゃない……害獣だ」などと同意の声が上がります。


「とはいえ、言葉を持っている知性体だ。60年前に抑制を失った種族とはいえ――殲滅などできんよ」


 ブル執政官は、そう言いながら、もっちゃもっちゃと反芻を続けています。彼は、肝が太いというか、どこか鈍感なところがあるのでしょう。


「以前は友好的な勢力だったからな……知性体であれば、いつかは抑制を取り戻すだろうという当時の執政府の判断は、まだ生きている。また、あれらが取りつくであろう星域の星からは、随分と昔に疎開ができているからな」


「来た奴だけ叩くという方針に変わりはないと言うことですね」


 スノーウィンドは、メリノ―シニア主席執政官に確認を求めました。


 メリノーシニアは「そうだ」と言うと「艦隊には増援を送れ。技術局は、抑制のための――治療法を見つける計画を進めよ」と続けました。


「しかるべく記録し、実行します」


 龍骨の民の執政官は活動体を震わせて、本体の龍骨に向けて記録を送信しました。思念波がスルリと本体に届くと、彼女の龍骨が僅かに震えます。


 すると、会議室自体もゆっくりと動揺するのです。そう、執政官の会議が行われていたのは、セントラル・コアの中心部――多層構造の装甲板で厳重にもシールドされた大きな格納庫の中の物体でした。


 格納庫には、丸まっちい雰囲気のある駆逐艦らしきフネが鎮座しています。それは、かつては鋭いシルエットを持っていたであろうスノーウィンドの本体――この10年近く、執政官たちは彼女の艦橋に置かれた会議室にて、連合の重要事項を会議するのが、常になっているのでした。

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