第17話 暗闇の先で

 デュークは、何かに導かれるように見知らぬ航路を進みます。


「カラダが重くなってきたような気がするなぁ、それにライトの調子がおかしいぞ」


 しばらく進むと、なんだかカラダの調子がおかしくなってきます。闇を照らすライトの光量も落ちてくるのです。そして、ライトが消えてしまうと、完全な闇がデュークを包みました。


「うわわ、電波……電波計測……」


 デュークは闇の中で震えながら電波で辺りを確認するのですが、電磁波を吸収するような何かがあって、あらゆる帯域で視界がなくなっています。


「何も見えないよぉ……ふぇぇぇぇぇぇ、どうしよう」


 デュークは暗闇の中で目をつむります。彼はクレーンで舳先を抱え、闇から身を護るように震え始めました。


「おじいちゃーん! おばあちゃーん! ふぇぇぇぇぇぇぇん!」


 いつもであれば、誰かしら老骨船がいて、物を教えてくれるのですが、今は彼ただ一隻なのです。デュークは、龍骨が細くなったような気持ちになりました。彼は声を上げて老骨線を探すのですが、やはり周囲には誰もいないのです。デュークは、電磁波の声を上げて泣き始めました。


「ふえぇぇぇぇん……ひぐっ……ひぐっ……」


 視覚素子からは潤滑油の涙が滂沱とこぼれます。そしてひと仕切泣きわめいた彼は、ちょっとばかり疲れ切った感じになりました。


「僕一隻だけ……フネが一隻だけ……」


 暗闇の中で彼は、自分の龍骨に問いかけるように呟きます。それは龍骨が行う防衛反応でした。


 すると、龍骨の中から、新しいコードがふわりとにじみ出ます。


「み、道しるべを探せ――――?」


 彼はそのコードが浮かぶとともに「先の見えぬ闇に眼をそむけず、龍骨を強くし、道標を探すのだ」という言葉が聞こえた様な気がしたのです。


 デュークは視覚素子に下ろしたバイザーをこわごわと上げ、周囲の漆黒の世界を直視するのです。


「うう……」


 恐怖がカラダを押し包みますが、彼は眼を閉じてしまいそうになる龍骨じぶんを押しとどめ、視覚素子を闇に晒しつづけました。そうしていると、カチリ、カチリと何かのピースがはまるような気がするのです。


 視覚素子がほんの少しだけ闇に慣れてきます。それは彼の眼が自動的に調整されて、波動と粒子を検知する機能がジワリと向上したことを示していました。


「あッ! あれは――」


 うっすらぼんやりとした何かを、彼の目が捉えます。闇の中でぼんやりとした光が灯っていました。


「灯だ……灯だぞ!」


 それは闇夜に浮かぶ灯台の光のようなものでした。


「あ、あそこに行けば……」


 デュークは重くなったカラダを上げて、そこへ向かいます。いまだ、暗さと重々しい空気がカラダを包んでいますが、彼は「前へ、前へ」と、自分を励ましながら、ただ前に進みました。


 しばらく進むと、なにかがトンネルの奥で光っているがわかります。光源のもとにたどり着くと、デュークは人工の照明が壁に付いているのを見つけました。


「これは、希ガスを使った発光器具?」


 それはジジジ、ジジジとした音を鳴らしながら光っています。デュークの視覚素子は捉えた光を分析して、ヘリウム白い黄キセノンピンクと青アルゴン緑と紫が発光していることを龍骨に伝えます。


「フネの形をしているぞ!」


 彼の目に映るそれはフネの造形をしています。白い真ん丸な球体の上に、デフォルメされた龍骨の民が踊っているのです。それは大きな口を開けてネオン橙色を使ったセリフを吹き出していました。


扉は開かれているよOPEN……扉だって?」


 照明器具は、デュークが初めてみる素材で出来た扉を薄い光で照らしています。それは重厚な厚みと美しい木目を見せるブラックオークの扉でした。


 良く眺めると、扉には見たこともない部品が付いています。それは鈍く輝く銅と亜鉛真鍮で出来た金具でした。決して主張しない風合いを持つそれには、ネオンと同じ様に可愛らしい宇宙船のレリーフが付いています。


 デュークは直感的にそれに手を伸ばします。


 摘み上げて宙に浮かせて、手の中から開放――スルリと滑り落ち、コンと音を立て反動で少し戻り――またひとつコンと音を立てその動きを止める――器具はその様な動きを見せました。


「あれ? なんだか変だな」


 普通であれば、マザーの微小重力の下では、物はゆっくりと落ちるのですが、金具はスルリと落ちています。龍骨が震えて「重力加速度5メートル毎秒」と初めて見るコードが漏れ出てもいました。どうやら、ここは重力が強いようです。


 デュークは、視界の隅に「重力適応中」というコードが浮かんでいるのも見つけました。トンネルの中では、少しずつ重力が高まり、カラダが適応していたのです。


 そんな彼の前で、扉がギィ……という音を立てます。


「あ、開いていく」


 ブラックオークの扉が重々しく動き始めています。その隙間が大きくなるにつれ、稀ガスが発する光とは違う、柔らかな光が扉の奥から漏れてきました。


 デュークはその隙間にクレーンを入れて差し込み、力を加えます。扉がバタンと大きく開き―――—


「「「よく来たなデューク!」」」


 ――扉の先から老骨船たちの声が聞こえて来たのです。

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