第15話 デュークの心臓

「へぇ……この活動体なら、いつも行けないところに入れるぞ!」


 活動体に入ったデュークは、「じゃぁ、ネストを探検してくるね!」と、新たな自分のカラダを浮かび上がらせて、元気に飛び出していきました。


 それからしばらくして、医療船のドクが起き出してきます。皺だらけのカラダを億劫そうに浮かべた彼は、大きな幼生体がいることに気づきます。


「おや、デュークが寝ているな……いや、これは違うか?」


「ええ、今は、活動体で入って遊びに行ってますよ」


「あんたが起きないから、ゴルゴンが処理したのじゃ」


 ゴルゴンとオライオは、これまでの経緯をドクに説明しました。


「そうか、もうそんなに成長したのか。子供の成長は、速いものだ」


 ドクは、デュークの本体を眺めて、満足げな笑みを浮かべました。


「本体の成長も著しく、末は相当な大物になりそうです」


「ふむ……たしかにな……」

 

 ドクはそこで少し何かを考えるように、押し黙りました。


「ドク、どうかされましたか?」


「いや、なに、これまでのデュークの成長の記録を計算しているのだが……産まれてから3週間ほどで体長は250メートルほどか」


「立派なものじゃ、もう大人も顔負けの図体だぞい」


 オライオは「でっかいことは良いことじゃ!」と言いました。


「それは良いとして、成長率が凄い事になっておるな。この成長速度だと、少なくとも600メートルを超えるフネになる」


「600メートルじゃと?!」


「ほぉ、随分な大型船ですなぁ」


 龍骨の民は400メートルを超えると大型艦船のっぽさんとされるのです。600メートル級となれば、種族全体で100隻もいないフネなのです。


「ふむ、”少なくとも”、だ。もっと大きくなるやもしれん」


「なぬ、もっと大きくなるのか!」


 何度も計算を確かめていたドクが、船首をクレーンの先でコンコンと叩きながらそう言いました。ゴルゴンも「それは凄いですね!」と喜びます。


 でも、喜ぶ二隻をよそに、ドクは「ふむ……」と、なにかを案じるような言葉を呟きました。そして彼はデュークの本体を触診し、検査を始めます。


「ドク、何か問題でも?」


「ふむ、縮退炉の芽が生じているな……ふむ……」


 幼生体はその体の中に、いずれ縮退炉となるパーツを抱え、成長とともに少しずつ大きくしてゆきます。ドクは、それを超音波で検査していました。


「おい、もしや縮退炉に”不具合設計ミス”でもあるのか⁈」


 フネの中には、重心が変なところにあったり、龍骨のバランスが悪くなるような設計を持つ者もいるのです。それは縮退炉も同様でした。


「うむ……やはり……縮退炉心臓が……普通ではない……」


「縮退炉が普通ではないと?! それはいけない」


「何だと?! ならば、ワシの心臓を移植してやるのじゃ! 4つのあるうち、1つくらい呉れてやっても問題ないのじゃ!」


 龍骨の民が持つエンジン心臓数は、正・副・予備・補機など合わせて、多くても3~4個程度です。だからその一つを、同族間での縮退炉移植することも可能でした。


「落ち着け、お前の古びた心臓を移植する意味はない」


 ドクはそういいながら、デュークのカラダの検査を続けます。脇では、オライオが騒ぎ続けます。


「大変じゃ――――! デュークの心臓に異常があるのじゃぁ。これは誰の責任なのじゃ?! あ、マザァじゃ! マザァの責任じゃ――――訴訟じゃ! マザァに対して製造者責任を追及してやる! 弁護士を呼べぇ!」


 デュークの不具合はマザーのせいだと、オライオが自分を産んだ星を罵ります。


「おいおい、自分の母親を訴えるとはどういう神経だ」


「知るかぁ――――! そもそも、うちのネストはヘンテコなフネばかりじゃぁ! 船の皮を被った特務艦やら、特殊な視覚素子を持った工作船やら、客船のくせに格闘性能が高すぎるヤツや、アホみたいなオーバーブースト機能がある高速輸送艦とか! 普通のフネは産まれんのかぁ――――!」


 テストベッツのネストのフネは、とんがった性能を持つことが多いのです。


「マザぁは、ワシたちを実験台にしておるに違いない! デュークもその犠牲に……うぐぐぐ、ワシらは呪われておるんじゃ――!」


「おい、何を言っているんだ……ちと落ち着け」


 と、ゴルゴンが窘めるのですが、オライオは、「訴訟じゃ――――!」と叫び続けました。


 そんな様子を無視して、デュークの検査をしていたドクが、船首を上げて口を開きます。


「ふぅ……。おい、お前たち安心するのだ。むしろデュークはマザーに愛されているかもしれんぞ」


「はぁ?! 愛されている? あんた、縮退炉が普通じゃないって言ってたろ! どういうことじゃい!」


 オライオはドクに詰め寄りますが、ドクは「ああ、普通ではないぞ、これは凄いことだ」と呟いてから――


「デュークは縮退炉を12個も持っているのだ」


 ――と言ったのです。


「なにぬ――――!?」


「12個ぉぉぉ⁈ そ、それは本当ですかドク!」


 オライオどころか、いつもは冷静なゴルゴンも驚愕の声を上げました。デュークは、普通のフネの3倍以上もエンジンを搭載しているというのですから、仕方がありません。


「ああ、本当だ。縮退炉の芽が12個発生している」


「それはそれで、大丈夫なのですかっ!? 多すぎるエンジンはフネの均衡を崩してしまい、本来の性能を果たせないとも言います」


 龍骨の民は宇宙船ですから、エンジン配置は重要なのです。


「ふむ、デュークのカラダは元々大きいからな。むしろそのくらいは必要なのだろう」


「ほぉ、そういうことか……ふはははは、大きな体にたくさんのエンジンとはな!」


 ドクの言葉に「一安心じゃ――――!」と言ったオライオは、ふとあることを思い出します。


「あ、12個の縮退炉といえば……先代のデュークもそうじゃったと聞くぞ」


「私らを育てたあの戦艦デュークか。つい先だって逝ってしまったオイゲンさんもそう言っていたな」


 ゴルゴンとオライオは、大きくて、とても優しかった先代のデュークのことを思い出しました。

 

「ドク、デュークは彼の生まれ変わりなのでしょうかね?」


「さて、そればかりは、ワシにもわからんよ」


 そう呟いたドクは「マザーは何も教えてくれないからな」と龍骨の民の定型句を漏らしました。でも、彼はなにか運命めいたものを感じてもいたのです。

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