34話 外れた読み

「いやぁ、すまなかったね。私はベルモンド・サンティ男爵、この近くに領地を持っているんだ。うんと小さいけどね」

「是非ともよろしく。ヒメルダよ」


 何とかロッタちゃんの金的から復活できた小太り貴族ことサンティ男爵は、滝のように湧き出ていた冷や汗をタオルで拭いながら握手を求めてきた。不潔な感じがして一瞬躊躇ったけど、ここで協力関係を築くなら握手しない手はなかった。

 偽名を名乗ったのは情報漏洩を防ぐため。今は化粧で顔の特徴もある程度誤魔化しておいたから、姿を覚えられても問題ない。


「カオリ、こいつは5年前に我らと戦い、財産と皇帝への忠誠を失った代わりに、復讐心とペドフィリアに目覚めた哀れな没落貴族だ。どれだけこき使ってくれてもよいぞ」

「何それ、ちょっと気持ち悪い……っていうか、サラッと本名バラさないでよ!」

「おっと、すまなかった」


 ロッタちゃんは不敵に笑ってごまかしているけど、子供のおねしょとは違って個人情報のお漏らしは重大なコンプライアンス違反なのに。


「さて、お嬢さんが情報を欲しがっていると聞いたのでやって来たんだけども、どういう情報が欲しいんだい?」

「色々あるわ。まずは街の支配状況や経済活動、奴隷の販売ルートをできる限り詳しくね」

「わかったよ。まずは──」


  *


「えっ、うそ……」


 サンティ男爵から提供された情報は、あたしたちを絶望させるには十分だったと思う。

 ほとんどが手遅れだった。思わず拳を壁に叩きつける。


「読みが外れたな。まさか、船で回収されていたとは……陸を探しても見つからないわけだ」

「残念ですね……」


 ロッタちゃんと少年騎士くんも悲しんでくれている。それだけでもありがたいけど、それで2000人以上の邦人が戻ってくるわけでもない。


 サンティ男爵の話を聞くに、沿岸で大量の奴隷を確保した、っていう噂はユーディスにも届いていたらしい。しかも元々地位が高かったと思われているようで、頭脳労働を担う奴隷や妾を欲しがる貴族が多くユーディスに来ているらしかった。


 その『奴隷を乗せた船団』は、元々旧ダリア王国領へ向かう輸送船とその護衛艦隊だったらしい。ダリア領からアセシオン領に部隊の移動予定があったそうで、その道中にアクアマリン・プリンセスに遭遇したらしい。移動中だった陸上部隊の任務は変更、邦人を奴隷市場に運んで売買するよう言いつけられている。


 ただ、このユーディスに運ばれてくるという『奴隷』たちはごく一部に過ぎないという。半分以上はハイノール島という闇市場が存在する東の諸島に運ばれて、そこで売買される。


 つまり、最初から国内目当てじゃなくて、外国向けの闇市へ運ばれていった、ということ。おまけに、アセシオンが国家として敵国アモイに奴隷を流していることも裏付けが取れた。それに本国へ報告することもなく奴隷の売却を進める辺り、相当高い権力を近衛が持っているか、腐敗が進行しているかのどちらかも考えられた。


 これはかなり根が深い。邦人の帰還にはかなり長い時間をかける必要がありそうだ。


「ハイノール島に運ばれた邦人もできる限り追跡しないとだけど、今は救える分だけでも救わないとね。ロッタちゃん、あたしたちも早く奴隷市場の調査に行きましょう」

「だからロッタと呼ぶな!」

「おっと!」


 つい勢いでロッタちゃんと呼んでしまったせいで、危うくお腹を殴られるところだった。身に染みた格闘術の応用でとっさに回避できたからいいものの、食らっていたらさっきのサンティ男爵のように悶絶していたに違いない。


「回避したか。こいつめ」

「これでも運動は得意だから」


 ロッタちゃんは不満そうだけど、こんなことをしている場合じゃない。ユーディスの情報も男爵から搾り尽くしたし、今度はこっちから打って出る番だった。

 近距離通信用のトランシーバーを取り出し、艦長さんに連絡を入れる。ハイノール島の情報を伝えないと。


「艦長さん、艦長さん! 応答願います!」

『こちら矢沢。何か問題かね?』

「はい、この街に連れ込まれた邦人はごく少数で、ほとんどはハイノール島という離島に連れ去られたそうです」

『何だと!? くっ、わかった。引き続き情報収集を頼む』

「了解、通信終了」


 通信を切り、貴重な情報をくれた男爵にお礼を言う。


「男爵さん、今回はありがとうございました」

「ああ、また来てね」


 フランドル騎士団の3人を連れて、すぐさま奴隷市場がある第2の通りに向かう。とにかく早めに邦人を見つけ出して、すぐにハイノール島に移動するよう具申しないといけない。


「待ってて、みんな……」


 あたしはいても立ってもいられなかった。

 一緒に来ていた友達と、もう会えなくなるかもしれない。今までは生き残るので必死だった上に、しっかり段階を踏んでいけばいずれはたどり着けると思っていた。


 けど、そんな保証はどこにもない。改めて危機感を覚えた。

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