233話 光を防ぐ者

 もはやアメリアとラナーの戦いは避けられない。アメリアは抑えきれない怒りと復讐心を白い魔力のオーラとして滾らせ、ラナーもそれに応じて鋭い眼光をアメリアに投げかける。


 もちろん、仲間同士の諍いなど認められるわけがない。矢沢は戦う理由がないはずのラナーに戦う理由を問い質す。


「ラナー、なぜ受けたんだ」

「あの子がやるっていうなら、やるしかないでしょ? アセシオンへの妨害はあたしたちの任務でもあるし。たとえネモさんに協力していたとしても、あたしは国を守るっていう仕事を放棄するわけにはいかないの」

「……君は、全く」


 矢沢は呆れたが、同時にシンパシーを感じてもいた。


 やはり、軍人のメンタルというのはどこも似通っているのだろうか。自分の信念に従いたいという気持ちと、国のために忠を尽くすという義務が同居し、ある種の矛盾を抱えてしまう。


 だが、自分の信念が表に出てくることはほとんどない。軍人は国や主君に尽くすものであって、決して自分の勝手をしていいというわけではない。

 そういう意味では、矢沢がアメリアや他の人々に主観を含めて日本の状況を説明するのは自分の勝手とも言える。自衛隊法にも触れかねないことだからだ。


 ただ、それでも説明しようとするのは、この世界だけではなく、異世界においても国家や人々が起こす問題があるということを知ってもらいたいからに他ならない。


 自衛隊は軍人ではないが、それでも国を守る防人という文脈では同質のものと言える。ラナーの気持ちはわかるが、それでも戦ってほしくはないのだ。


 その願いは実らず、アメリアはさらに魔力を高め、ラナーに相対する。


「ここで決着をつけさせてもらいます! 絶対に許しません!」

「受けて立とうじゃないの!」


 ラナーもアメリアの気迫に負けず、黄金色のオーラを発して手に魔力を集める。それだけで大気が揺らぎ、砂埃が波紋のように周囲へ広がった。


「やあッ!」


 先に動いたのはアメリアだった。光の剣を2振ともラナーに投擲し、すぐさま手を重ねて次の魔法に備える。

 ラナーも右へ体を回転させて回避し、アメリアへ手のひらを向けた。


「セイクリットクロス!」


 だが、アメリアは回避行動も取らずに手に込めた魔力を解放した。しかし、彼女の手からは何の攻撃も出ない。

 それもそのはず、飛んでいった光の剣が巨大化し、その場でヘリのローターのように高速回転したからだった。


「っ!」


 ラナーはとっさに身をかがめるも、頭の羽飾りが切断されてしまう。それでも彼女は気にすることなく、手のひらに込めた魔法を発動。


「インフィジャール!」


 ラナーが力強く叫ぶと、炎の奔流がアメリアを包み込んだ。しかし、アメリアには全くと言っていいほど効いている様子が無い。


「うそ!?」

「炎魔法はもううんざりです!」


 アメリアは炎の噴流を魔力の波動で消し去り、驚愕するラナーの顔に光の剣の一突きをお見舞いする。


「く、うう……!」


 防御魔法陣がなければ、ラナーは剣に顔を貫かれていただろう。反射的に発動したのが功を奏したらしい。そこからアメリアにできた隙を見逃さず、ラナーはアメリアの白いワンピースを引っ掴んだ。


「うっ、なんですか……!?」

「あたしね、攻撃より支援が得意なのよ。力が抜けていくみたいね?」

「そんな……!」


 急にアメリアの表情が辛いものに変わった。外野からは何が起こっているかわからないが、アメリアは掴まれたこと以上に何かをされている。

 だが、アメリアも負けてはいない。どこからか取り出した小瓶を地面に投げて叩き割ると、そこに小さな火球を投げつけた。


 すると、爆発的に炎が広がっていく。あっという間にアメリアとラナーは炎に包まれ、ゆらめく陽炎と炎の中に消えた。


「アメリア! ラナー!」

「あの、バカ……!」


 矢沢は思わず2人の名前を叫び、環はアメリアに対し悪態をつく。


 小瓶はどう見ても可燃性の液体で満たされていた。臭いからして、あおばの燃料である軽油そのものだ。


 それから数秒とせず、炎からアメリアとラナーが飛び出してくる。無傷というわけではないが、両者ともに服の一部が焼け焦げ、肌も小さな火傷の跡がいくつか見える。


「やるじゃないの……」

「ええ、あなたも」


 ラナーとアメリアがお互いに余裕ぶった言葉を贈る。両者ともに真剣な眼差しをしているが、口元には笑みが見えた。


 続いて動いたのはアメリアだった。バックステップを繰り返しつつ魔力を手に込め、充填が完了したところでラナーに向ける。


「ふふ、遠距離で戦おうだなんて、あたしに勝ちを譲るつもりかしら」


 ラナーは笑みを見せながら赤い光弾を次々に投射していく。それこそ秒間に数十発という高レートだ。

 しかし、アメリアはそれでも回避しようとはしない。腕をラナーに向けると、膨大な魔力を一気に魔力を解放する。


「はあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 アメリアの絶叫と共に、白いレーザーが火球を消し飛ばし、ラナーへと迫っていった。凄まじいエネルギーの奔流は、砂漠の暑さを完全に上書きするほどの熱量を周囲へ撒き散らす。


「うっ──」


 もちろん、気づいた時に回避できるようならばレーザーではない。ラナーはアメリアのレーザーをもろに食らっていた。


 アメリアの顔は、勝利を確信したような不敵な笑みに変わっていた。

 しかし、光が収まるなり、アメリアの表情が驚愕のそれに変わる。


「アメリア、これで終わりよ」

「……っ」


 聞き慣れた声に促され、アメリアは腕を降ろすしかなかった。

 ラナーの眼前には、防御魔法陣を展開する銀が立っていたのだから。銀がアメリアの魔法を防ぎ、ラナーを守ったのだった。


「あんた、誰なのよ……」

「どうせ話はするんだから、今は仲直りしてほしいものね」


 ラナーは呆気に取られていたが、銀は構わずにアメリアへと駆け寄っていった。


 結局、アメリアとラナーの決着はつかずに終わったようだ。

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