232話 アメリアとラナー

 ダーリャ東部の砂漠地帯、その一角にランドマークにできる特徴的な岩山がある。初めてヘリで目撃された際に、萩本が「バラゴンに似ている」と意味不明なことを言い出したので、隊員たちからバラゴン岩と呼ばれるようになったもので、その西側が平坦で強固な地盤だったため主要なランディングゾーンとして使用されることになっていた。


 先に到着していた矢沢とラナーは、バラゴン岩の足元に座り込んでヘリを待っていた。何らかの理由で遅れているようで、到着予定時刻を10分は過ぎている。


 待つのが苦手らしいラナーは、しきりに貧乏ゆすりや手遊びを繰り返している。ロッタやフロランスもそうだったが、この世界の軍人というのは『我慢』ができないのだろうか。


 いや、それは自分も同じか、とぼんやりと考えていると、ラナーが矢沢の腕をつついてくる。


「ねえ、まだ来ないの?」

「あまり責めないでくれ。ただでさえ長距離移動は困難を伴う」


 矢沢はイライラし始めているラナーを何とかなだめる。


 陸地の見えない海上で行動することが多いSH-60Kは、航法をGPSやINS、船舶のTACANに頼っているが、この世界ではGPSが使えず、ダリア艦にはTACANも装備されていない。古来の航法である天測もデータ不足で行えず、やはり観測データの不足で地形照合も当てにならない。まさに、SH-60Kは暗闇の中を進んでいるのだ。


 それから10分後、ようやくヘリのローター音が聞こえてくるようになった。おおよその地図と慣性航法だけで、よく30分以内の遅れで辿りつけたものだと矢沢は感心していた。


 そのすぐ傍では、聞き慣れない音に戸惑うラナーの姿があった。耳が大きい分、音には敏感なのだろうか。


「何か変な音がしない……?」

「安心していい。仲間だ」


 矢沢は優しく言うが、ラナーはそれでも不安なようで、矢沢の背中に隠れて周囲の様子をうかがう。


 時を置かずして、ヘリが爆音と砂埃を撒き散らしながら姿を現し、ホバリングしてから降下する。場所さえ見つけてしまえば、着陸はすぐに済むのだが。


 意気揚々と地面に着陸脚を降ろすヘリだが、それを目の当たりにしたラナーは腰を抜かしておったまげていた。


「あわ、わ……!?」

「驚いたか。あれはヘリコプター、我々の移動手段だ」

「うっそでしょ……あんな大きな物体が、魔力もなしに空を飛んでる……」


 ラナーの予想とは斜め上の反応に、矢沢は思わず苦笑してしまう。やはり気にするところは魔力なのか、と。


 実際に目にした通り、この世界にはドラゴンと呼ばれる巨大生物が生息している。彼らは翼と魔力の複合で空を飛んでいるらしい。その一方で、SH-60KやAH-1Zのような、純粋に機械的な機構で空を飛ぶ人工物は常識の範囲外らしい。そう考えると、誰もが一様に驚くのも無理はない。


 ヘリのローターが回転数を落とすと、中から環1士が降りてくる。今回の支援要員の1人で、立検隊の隊員以外では特に射撃の腕が良かったために武器操作要員として採用したのだ。

 環は一切の崩れもない正しい姿勢で矢沢に敬礼する。


「艦長、お久しぶりです」

「ああ、ご苦労」


 矢沢が答礼して手を降ろすと、環もそれに続く。


「迷惑をかけてすまない」

「いえ、瀬里奈ちゃんのわがままはいつものことですから」


 環は至極真面目な顔をしたまま言うと、ラナーへと目線を向ける。やはり耳が気になっているのか、しきりに瞳を動かしていた。


「この子がエルフですか……イメージそのままというか」

「むしろ、彼らの姿と我々のイメージが一致する訳語が『エルフ』だったのだろう。翻訳魔法はどこか気が利きすぎているきらいがある」

「……ああ、名前のことですか。確かにそうかもしれませんね」


 環はほんの少しの間だけ戸惑っていたが、すぐに苦笑いして誤魔化した。環の発言の意図と、矢沢のそれが噛み合っていなかったのは容易に想像できる。


「タマキさん、今は立ち話をしている場合じゃ……」


 タマキに続いてアメリアもヘリから降りてくる。しかし、ラナーの姿を一目見ると、急に険しい表情を見せた。


「……っ」

「何? どうかしたの?」

「……いえ」


 何も知らないはずのラナーはきょとんと首を傾げるばかりだったが、アメリアは明らかにラナーに対して拒否反応を示していた。目を逸らし、彼女の姿を視界に入れないようにしている。


 無理もない。アメリアにはエルフを憎んでいる。父親を誘拐し、家庭崩壊を招き、そして自らを地獄に叩き込んだ主な原因がエルフだったのだから。


 もちろん、それは既に克服しているはずだ。だからこそリアの言う通り『覚醒』に至れたはずだからだ。


「アメリアもありがとう。補修作業で大変だというのに」

「いえ、これも私がやりたいことですから……」


 アメリアは謙遜するが、その言葉もどこかぎこちない。


 だが、ラナーはそんなアメリアの気も知らず、環とアメリアに近づいて笑顔で挨拶をする。


「初めましてね。あたしはラナー・キモンド。ルル・ラナーって呼んでもいいわよ」

「わかったよ。よろしく、ラナーちゃん」


 環は美男子のような爽やかな態度で接する。元から凛とした美しい女性であるが故に、ラナーの表情もどこかうっとりとしたものに変わっていた。


 だが、問題はアメリアだった。ラナーは彼女にも声をかけたが、アメリアはどうしてもラナーに目を合わせようとはしなかった。


 当然ながら、外交は敵同士でも行う必要がある。今回は色々と予定外のことが続いていたことは否定できないが、こうしてエルフを恨むアメリアと、エルフの軍人であるラナーが顔を合わせるのは、それだけで嫌な予感を呼んでしまう。


 その予感は的中していた。ラナーは態度が悪いアメリアに腹を立て、いちゃもんをつけたのだ。


「ちょっと、さすがにひどくない? こうしてちゃんと挨拶してるのに」

「ごめんよ、ラナーちゃん。この子はエルフとの戦争でひどい目に遭わされたんだ。今はこうだけど、大目に見てくれないかな」

「……そう、わかった」


 ラナーはやや不満げな様子だったが、それでも自制心は持ち合わせていたようだ。ため息をつくなり、数歩ほど離れていった。


 そのはずだったが、今度はアメリアがラナーに話しかける番だった。右の拳をぎゅっと握りしめ、ラナーの瞳をじっと穴が開くほどに見つめる。


「少し、聞きたいことがあります。レセルド・フォレスタルという人族の男性を知ってますか? 私の父なんです」

「レセルド? あー、聞いたことはあるような……」

「本当、ですか」


 アメリアは腕を組んで考え込むラナーの肩に手を乗せ、ますます彼女に迫っていく。


「え、ええ。遠洋航海の訓練中にアセシオンの私掠船の可能性がある船を臨検した時に、そんな名前の人がいたような……気がする」

「それって8年前ですよね! ねえ!」

「確か、そうだったと思うけど。航海はあれっきりだったし、一応覚えてるのよね」


 ラナーはアメリアの威勢にたじろぎながらも、自分が通った道筋をなぞるかのようにゆっくりと言う。ほとんど確定的と言ってもいいような答えを引き出したアメリアは、一転してラナーの肩から手を離し、光の剣を召喚した。


「となると、やっぱりあなたも関係者なんですね。父の行方は後で聞きます。まずは戦ってください」

「おい、アメリア!」

「アメリアちゃん、やめなよ!」


 矢沢と環はアメリアを止めるが、当の本人は抑えにかかる2人を押しのけ、ラナーに剣の切っ先を向けた。そこに様々な感情が入り混じっているかのように、光の剣は小刻みに震えていた。


 そのアメリアの態度を、ラナーは神妙な面持ちで受け止めた。


「……そう。わかった」


 矢沢と環の思惑を押しのけ、ラナーはアメリアの挑発をそのまま受け取った。

 結局、争いごとは回避できないのか。矢沢にはアメリアとラナーの視線がぶつかる火花が見えたような気がした。

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