108話 互いの恐怖

「それにしても、この数を短期間で集めるとは……」


 ラフィーネの郊外に設営された大規模な野営地には、総勢800騎ものグリフォンが集合していた。野営地自体は短期間の運用に留まるために物資の搬入量は少ないが、アセシオン南部のシェズナ地方に設けられた本陣と、同地方の港町サウスヤンクトンでは、ヤニングスが神の奇跡で手配した物資が大量に集積されつつあるはずだ。


 領主軍と近衛騎士団の連合部隊を合わせると、連合艦隊は総勢80隻、連合航空隊は800騎、そして支援の陸上戦闘部隊12個連隊。海軍は戦力の半数、陸軍は3割、そしてグリフォン隊に関しては動ける騎兵は全て出撃となっている。動員人数は兵士だけでなく補給に関わるだけの民間人も合わせて30万人以上、まさに空前絶後の大作戦だ。


 もちろん必要な補給物資も膨大な量に上る。通常の手配方法では間に合わないため、各領地や皇帝は緊急措置法を制定し、ヤニングスの魔法と合わせて大量の物資をかき集めている。そのせいでヤニングスは夜通し作業に追われ、疲労が溜まってしまっているほどだ。それでも働かざるを得ないのだが。


「それにしても壮観よね。これだけの大部隊を招集するなんて、3年ぶりじゃないかしら?」


 ヤニングスの補佐として行動しているアリサも、野営地に集まっているグリフォンの数に圧倒されている。


「いえ、今まで例がありません。何せ敵はたった1隻の船です。エルフ軍と総力戦を行うほどの軍備をあの1隻に向けるということは、あの船はよほどの脅威だと捉えていいでしょう」

「国自体を攻める奴より、直接利権を潰そうとする奴の方が危険?」

「枢密院はその見解で一致しています」


 アリサは皮肉交じりに言ったつもりだったが、どうやら図星らしい。現在は小康状態にあるとはいえ、エルフとの戦争も終わっていない上、フランドル騎士団の対応もある。何よりも優先して灰色の船1隻にこれほどの戦力を投入するなど、もはや正気の沙汰ではない。


 戦力集結と物資集積が終了すれば、すぐにでも作戦は開始できる。高度に統制された圧倒的な物量で敵の対応能力を飽和させ、一気に押し切る戦略というわけだ。

 陸からは手出しできず、海と空のどちらから攻めても鉄壁の防御力と強大な攻撃力を持つのであれば、取り得る策はそれしかない。ファルザー以下40隻の艦隊と戦い、グリフォン隊や流星まで退けたデータがある上に、乗員自体を攻撃する搦め手は使ったばかりであることを考えると、これ以上の能力分析目的の偵察は無意味だろうとされた結果でもある。


「もはや入手できる情報が極めて限られてしまった以上、ぶっつけ本番しかありません。彼らの対処能力が投入戦力を超えているのであれば、アセシオンは終わりです」

「ほんと、とんでもない話になってきたわね……」


 これから行われようとしているのは、まさに意地と意地のぶつかり合いだ。ザップランドの身勝手な行動の結果、なし崩し的に事が進み、話し合いの機会が訪れた時には既に互いのレッドラインが土足で踏み荒らされていた。


 もはや対話での解決はあり得ない。どちらかが壊滅的な被害を被るまで戦争は続くのだ。


 ヤニングスもアリサも、この戦争の行く末までは測りかねた。相手は未知の敵、最大限力を発揮すればどのような結果をもたらすのかは全くわからないからだ。


 もしアセシオンがこの戦いで敗れることがあれば、エルフどころか普通の海賊や反乱軍すら抑えきれなくなるのは確かだ。そうなれば確実に国がひっくり返る。


「せめて、作戦が成功することを祈りましょう」

「ええ……」


 ヤニングスの諦めたような発言に、アリサは頷くしかなかった。


  *


「ご苦労。収穫はあったかね?」

「ベルリオーズ伯の政策から大まかな趣味趣向、お抱えの使用人や軍の人数まで記録できました。決定的な弱みはまだ掴めてはいませんが、その調査は騎士団に引き継いでいます」

「ありがとう。後で資料を艦長室に置いておくように」

「了解。失礼します」


 波照間は軽く頭を下げると、軽く一礼してその場を立ち去った。


 偵察自体は成功。ただ、上陸班の作戦行動能力を考えると長期間の派遣はできず、得られた情報は限られたものとなっていた。


 もちろんフランドル騎士団の諜報員が常時張り付いて調査を行っていることもあるのだが、そちらは主に軍の移動などに情報が限られる。


「このままでは、また十分な情報を得られないまま戦闘や会談を行うハメになるか。何としても、常に新鮮な情報を確保したいものだが……」


 矢沢は腕を組んで士官室の壁にもたれかかり、目を瞑った。


 情報収集がうまく行かないのは、ハッキリ言って人手不足のせいだ。自衛隊員は艦の運行のため常に人を出すわけにはいかず、客船に駐留するフランドル騎士団の団員は遠征から戻った際の休憩や鹵獲した帆船サザーランドなど捕虜たちの監視に当たっており、情報収集に回す人手はほぼ無いに等しい。


 このままでは協力者を確保したとしても、その運営すら難しい。スパイの協力者は信頼醸成が第一だからだ。


「やはり、強硬手段しかないのか」


 頭に浮かぶ、アセシオンへの武力侵攻という甘い誘惑。自衛隊員としては、絶対に選んではいけない選択肢だった。


 だが、武力で紛争を解決する行為は大きすぎるリスクを伴う。結局はこのままギリギリの運営を続けていくしかないのかと思うと、無力感が全身を襲ってくるのだった。

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