109話 予告
「な、800騎だと……?」
「そうです。効果判定や偵察、攻撃隊誘導などに100騎前後が割かれることから、実質700といったところですが」
「凄まじい数だな、あまりに多すぎる……」
ライザから伝えられた情報は、あまりに荒唐無稽なものだった。
皇帝軍、領主軍合わせて800騎ものグリフォン隊に加え、60隻もの大艦隊があおばを取り囲むため準備を進めているという。
坊ノ岬沖海戦で戦艦大和が相手をした航空機は100機超。イージス艦は3隻でソ連の対艦ミサイル100発超を数分以内に対処するよう能力が調整されているが、インターバルを置いても700というのはあまりに多すぎる。
矢沢は信じられない数字を前に頭を抱え、佳代子も顔が青ざめていた。
「かんちょー、さすがに800は多すぎですよう……兵装をことごとく弾切れにされちゃいます」
「どんな犠牲を払っても被害を与えようという算段か。正気じゃない」
「そもそも航空管制はどうなってるんですか!? 800なんて数を狭い空域に集めるなんて、AWACSを一杯持ってるアメリカにさえできませんよう!」
「彼らは高度に統率が取れています。この艦への被害は免れ得ません。降伏するなら今だと思いますが」
佳代子の焦りをよそに、ライザは冷たく言い放つ。
SM-2が48発とSM-6が24発、主砲弾が200発、うち即応弾が24発。ファランクスCIWSの銃弾1550発分のベルトリンクが4束、射撃継続時間は20秒分、RWSの機銃弾は合計440発。
もし仮にソ連の飽和攻撃ばりの密度が継続的に襲ってくるとすると、あおばの対応力を遥かに超えるのは確定、艦への損傷どころか死者も発生しかねない。最初の120騎は耐えられるだろうが、それより後は我慢比べだ。
相手の戦術が見えない以上、隊員を守るためなら降伏もやむを得ないだろうが、そうしてしまうと自衛隊員含む全ての邦人が奴隷化されてしまうのは目に見えている。
やはり、この数を相手に戦うしかないのか。
「防衛に必要な即応戦力や警備隊まで引き抜いての一大攻勢作戦か……我々はそこまで彼らの脅威になっているのか?」
「奴隷貿易は特権貴族の稼ぎ頭な上、皇帝も帝都で暴れられたことでメンツを潰され怒り狂っています。作戦立案者のザップランド提督も自分に後がないのはわかりきっている。ならば、自分が非常時の権力を握ったことをいいことに動けるだけの軍を動員させ、確実に相手を葬るしかない。そう考えたのでしょう」
「迷惑な話ですよう! 日本人を拉致したのはその提督なのに!」
「だからこそです。アセシオンが負ければ、自分は確実に処刑される。彼には勝利以外の道は死しかないのです。あなた方の実力がまだ不明な以上、投機的な手段に出ざるを得ません。そこで、最も確実性が高い手段を選んだまでです」
ライザは表には出さないものの、心底うんざりしているのが目に見えていた。彼女もザップランド提督が嫌いだと見える。
「わかった。ならば、これを凌ぎ切れば我々の勝利は確定だ。では、ソコロヴァくん」
「ライザで構いません」
「ではライザ。ベルリオーズ伯に伝言を頼みたい。攻撃はいつかわかるか?」
「陸軍の展開と物資集積に時間がかかるので、今から3週間以内といったところです」
「承知した。5日後に会談を行いたいと伝えてほしい」
「ええ、承りました」
ライザは軽く頷くと、すたすたと足早にその場を後にした。
アメリアの言によれば彼女は元使用人だったようだが、現在ではその影は全く見当たらない。むしろ、現在のスパイとしての風貌が板についている。元々こうではなかったと同じく言っていた時に見せた、アメリアの悲しそうな顔が矢沢の脳裏に浮かぶ。
アメリア自身といい、人は環境によってこうも大きく変化してしまうのか。
邦人たちは奴隷にされ、人権を否定されている。早く救助しなければ、彼らも人間性を失ってしまう。そうなる前に早く助け出さねば。
一方でどんな状況に陥っても変わらないものもいるようだが。
「ふぇ? かんちょー、わたしの顔に何かついてますかぁ?」
「いや、なんでもない」
ふと佳代子の目を追っていると、矢沢の目線に気づいたのか不思議そうに首をかしげた。
佳代子は悪い意味ではのんきで危機感がなく軍人向きの性格ではないが、一方で自分の本質を変えないという点においては指揮官に大きな適性がある。あらゆる状況に陥っても、自分が正しいと信じる答えを常に貫くからだ。
望むべくは、彼女が自衛隊員として立派に成長することだ。そうなれば、艦長としてではなく、邦人たちを束ねるために行動ができるのだが。
矢沢はふとそんなことを考えながら、士官室を後にした。
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