422話 狙うべきターゲット
本来の定員を超える人数を詰め込んだSH-60Kは何とか『あおば』にたどり着いたが、人員、機材共に消耗していた。
ヘリはどこからか攻撃を受けたようで、機外に据え付けられていたフライトレコーダーとチャフ・フレアディスペンサーが焼け落ち、テールブームの支持材にも大きなダメージを負っていたようだ。
一連の拉致事件では、捕縛されていた大宮が死亡。矢沢や鈴音も重傷を負い、愛崎や佐藤、環にも軽度の衰弱が見られた。戦闘自体では死者が出なかったものの、結果として1人を死なせてしまったのは大きな損失だと言える。
医務室で治療を受ける矢沢は、検疫のついでに面会に来たというラルドと顔を合わせていた。副長が呼び寄せたという彼やミルの活躍がなければ、この作戦は成功しなかっただろうから、その謝意を伝えるための場にしたいという思いもあった。
「ラルド、君のおかげで助かった。本当に感謝したい」
「礼には及ばん。それよりも、報告すべき話がある」
「というと、何かな」
矢沢はラルドの黄色信号にも似た輝きを発する目をじっと見つめる。
「我が持つ得物の槍は、神の一部たる神器の1本。それの能力が無力化された」
「……つまり、どういうことだ?」
「神器は対立することができん。ジン曰く『不戦の契り』と呼ばれる安全装置だ。互いの神器が能力を発揮して互いの所有者、もしくは能力の効果を得た者を傷つけようとすれば、その殺傷能力や危害を加える能力全てが一時的に無力化される。例え槍で叩こうとも、相手を傷つけることは能わなくなるのだ」
「む、本当か!?」
「真だ。あの状況から導き出せる解答は、ウェイイーという宮廷参謀は神器の力を受け継いでいる、もしくは身に着けて効力を発揮している、ということに外ならん」
「神器を隠し持っていたのか……」
ラルドの話を聞き、矢沢はただ狼狽する。
再び神器が敵に回っている。それも、矢沢や鈴音がウェイイーと敵対した際にも、能力は発揮されていたという。
状況が悪い。その神器の能力とやらを解明しない限り、救出作戦には支障が出ることになるだろう。どのような能力を持ち、いかような用途や応用法があるのか。それが一切わからないうちは、相手から思いもよらない完全な奇襲を食らうことさえありうる。
自らの判断によって、また仲間を死なせてしまうかもしれない。作戦が失敗し、帰る手段を失って全ての邦人が恐怖と絶望に苛まれ続けるかもしれないという恐怖感。それが胸の奥を締め付けるようなプレッシャーとなって、軽いめまいを起こさせる。
早めに調査しなければならない。矢沢はラルドに懇願する。
「なるべく早くパロムか他のジンに接触してほしい。彼らのが使っている神器がどのようなものか、早急に調査したい」
「承知した。なるべく早く接触しよう。では」
ラルドは分厚い胸板に右手を添えて一礼すると、早足で医務室を去っていった。
この世界は、思ったより神器の力が強い。あれのせいで足を掬われそうになったことも多々ある。これまでに死亡している自衛官のうち自殺者を除いた4名は、何らかの形で神器の力や、それを持つ者が関与しているのだ。
由々しき事態だ。何としても対策を立て、このようなことが二度とないようにしなければ。
*
「今回も手掛かりはナシ、か……」
臨時に割り当てられた『あおば』の自室で、波照間は小さなサイドテーブルに置かれたノートや奴隷の売買記録とにらめっこしながら呟いた。
交渉が決裂し戦争状態に入った今、邦人たちには一刻の猶予もない。そこで、奴隷化された邦人の奪還計画の草案を作っているものの、救出すべき邦人の優先順位付けに困っているのだ。
探しているのは国会議員だけではない。他にも確保しておくべき人物は数多くいる。
とはいえ、その詳しい居場所の特定はまだ進んでいないのが実情だった。情報を集めるには、1ヶ月という時間はあまりに短い上に、現有のリソースも極めて限られている。
「さて、誰から狙おうかしら……プリンセスの副船長さんはどう見ても危険度が高い場所だから優先目標だけど、抑えられる確率は高くないし、香久矢議員は足取りが途絶えてるし……ああもう……!」
波照間は頭を抱えると、ノートを広げたテーブルの上に突っ伏した。ずっと考え通しではバカになりそうだとも思ってしまう。
だが、それでも急がねばなるまい。邦人たちに残された時間はわずかしかないかもしれないのだ。
はぁ、とため息をついて波照間が顔を上げると、ふと特徴的な名前が目に入る。
日本ではあまり見かけることのない、外国人の名前。一般人からすれば少し目に留まるだけだろうが、波照間はそうではなかった。
「……しょうがない、まずはチュイからかしら」
波照間は頬杖をつくと、欠伸をしながらノートにメモを書き込んでいく。
狙うべきターゲットは決まった。ならば、早めに作戦を立てるのみだ。
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