318話 想いと共に

「ううううっ……やあーーーっ!!」


 瀬里奈は天まで届くような叫びを上げると、魔力を全て使い果たす勢いで防御魔法陣を前に押し込んだ。ビームをはねのけ、逆に攻撃へ転じようとしているのだった。


 やがて、ドラゴンが一度に放出できる魔力量を超えたのか、ビームの放射が止まった。相対するエネルギーが消え去ったことで、瀬里奈は急加速しながらドラゴンへと突っ込んでいく。


「もう負けてられへんねん! 自分らが邪魔しよるから、みんな苦しんでばっかりなんや!」


 耐えがたい苦痛、常に与えられ続ける恐怖、そして、それらの終わりが見えない絶望、または眼前に迫る死。今もどこかで、同胞である日本人がそれに苛まれ続けている。


 瀬里奈には我慢ならなかった。死んだ邦人の葬式、毎日すすり泣いていた朱美の泣き顔、そして、ルイナに見せられた、あかりという小さな女の子の運命。それらの不幸をもたらしたのは、他でもないこの世界だ。


 自分が魔法という力を手にしたのは、ある意味では偶然で、それでいて必然だとも思っていた。


 どれだけ矢沢らが邦人を取り返そうと躍起になっても、戦いからは逃れられない。それなら、自分もこの船に乗った者として、何かの助けになりたい。そう思うようになっていた。


 もちろん、魔法を使えるのは楽しいことで、楽しいことでもある。ただ、それを持て余しておくのはもったいない。この力を誰かの助けにできれば、それ以上に嬉しいことはなかった。


 戦いの場に出ていると、まるでテレビでよく見ているプリキュアにでもなった気分になる。誰かのために戦えることは素晴らしいことだと信じて疑わなかった。


 こうして目の前に立ち塞がるドラゴンでさえ、ここで倒すべき敵だと考えれば、そんなに怖いものでもない。相手の恐ろしい形相や魔力は、目の前に浮かんでくる朱美や他の子どもたち、矢沢や松戸のような自衛隊員たち、そして、アメリアやロッタの顔に比べれば何でもないものだった。


 いや、ドラゴンの顔は確かに怖い。モンスターに他ならない。魔力も凄まじいプレッシャーとなって瀬里奈を威圧してくる。


 それ以上に怖いのは、彼らの顔が恐怖や絶望に染まってしまうこと、そして、死んでしまう理不尽を受けさせられるのを見ることだった。


 一度、父親に連れられて自衛隊の船を見に行ったことがある。その時、ゴテゴテした船になど興味を見いだせなかったし、そもそも誰が動かしているかといったことさえ興味が無かった。


 けれども、今ならわかる。自衛隊の護衛艦は人を守るための武器で、みんなの笑顔を守るために戦っているのだと。


 だったら、力を与えられた自分も、その戦いに加わりたい。そうすることで、あんな嫌なことを見なくて済むようになるのなら。


 瀬里奈は魔力を両手へ急速に収束させ、閉じかけているドラゴンの口へ狙いを定める。


「これも食らっていきや! ダーク・フラーーッシュ!」


 滅魔の力を乗せた魔力が荷電粒子に変換されると、瀬里奈の両手から細いビームのように放射された。ドラゴンの口が閉じるより先に、ビームは口腔内へと飛び込んでいく。


 ドン、という衝撃音と共に、ドラゴンは顎の骨を砕かれ、口をだらんと開けながら苦しげな咆哮を上げた。


 一寸遅れて瀬里奈がドラゴンの鼻先に着地。先ほどの大技と着地の際の衝撃殺しで魔力を使い切ってしまい、もはや飛行は困難な状態に陥っていた。


 瀬里奈本人も息が上がっているが、今は休憩などできない。すぐさま矢沢を呼び出し、攻撃を促す。


「おっちゃん! ドラゴンの顎を砕いたで! 口の中にミサイル叩き込んだら勝てるんんちゃう!?」

『体内から破壊する、ということか。承知した、よくやったぞ。今すぐ退避するんだ』


 疲労困憊ながらもテンションが上がっている瀬里奈に対し、矢沢は冷静に状況分析を行いながら瀬里奈に労いの言葉をかけた。


 すると、背後からリアが近づいてきて、瀬里奈の体を抱き上げて上空へと連れて行く。


「やっぱりすごいね。強引に突破しちゃうなんて」

「とーぜんや。うち強いもん」

「ふふふ、矮小な人間ごときがドラゴンに一矢報いるなど、これほど面白いことはそうございませんね」


 ルイナが何か失礼なことを言っていた気がしたが、瀬里奈には関係のない話だった。


 敵は既に死に体。それも混乱してその場で暴れ回っているだけの状態にある。後は決めをあおばに任せるだけでよかった。


  *


『こちら艦橋、敵頭部に爆発閃光視認』

「瀬里奈の言う通りだな。これで決めよう」

「もちろんです。主砲攻撃用意。目標、シードラゴン口腔部」


 珍しく徳山が上ずった声で言うと、主砲を管轄する部署に命令を下していく。


 生物の外皮は、時として硬化して身を守るための装甲になっていることがある。

 サイやセンザンコウの皮膚や、爬虫類や魚類の鱗がそれに当たる。あのドラゴンが魔法防壁のダメージを最小限にできているのは、あの鱗が装甲となって被害を局限化させているせいでもある。


 しかし、体内を保護している動物はいないと言っていいだろう。そこは免疫系の領域だ。


 ならば、その柔らかい体内組織に直接砲弾を叩き込めば、敵を葬り去れることは間違いない。


「取舵、針路096、速度そのまま」

『取舵、針路096、ようそろ!』


 あおばは追い越してしまったドラゴンへと狙いを定めるため、一度大回りしてから引き返し、ドラゴンの口腔を狙う位置へと移動を開始する。


「リア、ルイナ、敵の潜航を阻止してくれ。後は我々がやる」

「ぼくは先にセリナちゃんを船へ送ります。ルイナ、お願いするよ」

「承知いたしました。このまま倒せないのが残念でなりません」


 ルイナは軽口を叩くと、リアとルイナの分身を消した。その直後にレーダー画面でルイナが動き始め、ドラゴンと重なる。


 あおばは反時計回りに回頭し、ドラゴンを主砲の攻撃範囲に捉えたところで光学照準を行う。ヴァイパー3もあおばの近くまで接近し、ヘルファイアミサイル誘導用のレーザーの照射を開始した。


 光学照準装置に映っているドラゴンは、ルイナが出したであろう黒い何かに絡めとられ、ほとんど動きを封じられている。攻撃を加えるのであれば、今のチャンスをおいて他にない。


「照準よし」

『ヴァイパー3、目標に照準』

「うちーかたーはじめー」


 砲術士が主砲の引き金を引き絞ると、あおばの主砲が射撃を開始。艦に小さな揺動を起こすと共に、62口径砲身から射出された127mm半徹甲弾がドラゴンの口腔に飛び込んでいく。


 ドラゴンの口内に爆発が起きたと同時に、ヘルファイアミサイルも同じ場所へ8発連続で撃ち込まれた。ガスタンクが吹き飛ぶような派手な爆発が起こり、その余波が熱と衝撃波という形であおばにも影響を及ぼした。


 そして、煤煙が晴れた後、海上にあったのはバラバラに砕け散った肉片と、ドラゴンの下半分だけだった。


『艦橋よりCIC、シードラゴンの撃破を確認。死骸に頭部なし、上半身が完全に砕かれています。近づく目標なし』

「目標撃破、近づく目標なし」

「終わったな。対水上、対潜戦闘用具収め」

「対水上、対潜戦闘用具収め」

『ヴァイパー3、戦闘終了。着艦を要請』

『エグゼクター1、警戒態勢に移る』

『りょーかいです。ヴァイパー3の着艦に備え』

「両舷前進最微速、プロペラピッチ0。敵残骸の回収に当たる」

『両舷前進最微速。プロペラピッチ0。ようそろ』


 あおばは戦闘を終了し、その場に停止した。勝鬨を上げるでもなく、ただ戦闘を終えたという事実だけがそこにあった。

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