319話 思い上がる少女
「うひゃあ……これまた凄い……」
海上から引き上げられた『それ』を見た掌帆長は、先ほどのドラゴンよろしく開いた口がふさがらないといった風で、食い入るように見つめていた。
引き上げに成功したのは、トドメの攻撃を食らっていなかったドラゴンの後部に加え、比較的大きな塊に分解していた胴体部分の一部。頭部は粉々になってしまったようで発見できなかった。
一方、ドラゴンの残骸を確保できたことで、リアは満足げにしていた。
「よかった、確保できたんですね」
「ああ。ドラゴンという生物を研究する目的でも必要なサンプルだ」
矢沢は引き上げた物体を遠目で眺めながら、飛行甲板から右舷格納庫に搬入されていくのを見守っていた。
外見としては、異様に巨大な海蛇といった雰囲気だが、戦闘力は海蛇などより遥かに危険だ。あおばも船体の一部に破孔やヒビが入り、航行に支障が出てしまっている。
「ぼくたちにとっても好都合です。これを持って帰りたいんですけど、よろしいですか?」
「できるのであれば、きちんとした施設に持っていって研究したい。そういうところを知っているのか?」
「これを満足に研究できる人といえば、パロムくらいだと思います。レンというマオレンの国に住んでます」
「今すぐ向かいたいところだが、そういうわけにもいかない。まだやるべきことが残っている」
「そう言うと思いまして、ぼくとルイナがパロムのところに持って行こうかと話していました」
「瀬里奈から聞いたが、君たちは対立していたのではなかったかな」
「色々意見の対立はありますけど、ルイナもジンです。あんなものを見てしまったんですから、協力せざるを得ないでしょう」
リアは思いのほか余裕そうで、ルイナの話を出しても笑顔を保っていた。どうやら利害は一致しているようだ。
ジンはどちらかといえば種族というより軍隊に近い。意思決定を行う政府が消えて、自分たちで行動するしかない哀れな軍隊に。そう考えると、同じジンであるリアとルイナが対立していることも納得できる。
「そちらへ運ぶのであれば、乗組員を何名か同行させたい。できるか?」
「はい、大丈夫です」
「よし、ありがとう」
矢沢はリアの返答に安堵しながら、再び格納庫に運び込まれたドラゴンの死骸へと目をやる。
太古の地球の海では、かつて魚竜や首長竜といった海棲の爬虫類が存在したと言うが、その中でもモササウルスは20メートル近い巨体を持っていたとされる。
しかし、このドラゴンはそれを大きく凌ぐ、全長200メートルを超える超巨大な体躯を誇っている。格納庫の個体は上半身が吹き飛んで150メートル程度になってしまったが、それでもなお大きいことに変わりはない。格納庫に運び込む際も何とか体を折り畳み、強引に押し込んでいるのだから。
「しかし、あんな生き物が存在するとは信じられん。あまりに大きすぎる」
「まあ、この世界とアースの常識は全然違いますから。ドラゴンは食物を摂取するだけでなく、大気や水中などから魔力を吸収して巨大化します。そして、それだけ魔法防壁も強大になります。彼らも神から祝福された生物ですから、この星における支配的な生物として強大化するんです」
「そのおかげで、こちらは危うく撃沈されかかった」
矢沢はため息をつきながらも、不意に空へ描き出された紫色の魔法陣に目をやった。アメリアが補修のために神器の魔法を使っているのだ。
補修が開始されたのであれば、艦に戻って各部チェックの指示を出さないといけない。矢沢はリアに別れを告げることにした。
「では、また後でな」
「はい」
人がはけた飛行甲板から矢沢も姿を消すと、リアだけがその場に残されることになった。海をぼんやりと眺める彼が何を思っているのかは知る由もないが、格納庫に入る直前に見たリアの横顔は、どこか不安に苛まれたような沈んだ表情を浮かび上がらせていた。
*
「よっしゃ、よっしゃ! ふふーん」
ドラゴンを倒してから、瀬里奈はずっと上機嫌だった。陽気に鼻歌を歌い、時折スイッチが入ったように勝鬨を上げる。
あのドラゴンを倒せたのは自分のおかげだ。リアやルイナといったジンは攻撃を無力化される中、自分の魔法だけがドラゴンにダメージを与えられた上、決定打となる状況を作り出したのだ。
嬉しいわけがなかった。今すぐにでも自慢話をしてやりたかった。
そう思って誰かがいるであろう士官室へ向かおうとすると、ルイナに声をかけられる。
「あら、滅魔の少女ではありませんか。バカみたいに鼻歌を歌いながら、どこへ向かおうとなさっていたのでございましょうか」
「はぁー……自分、みんなに嫌われてない?」
「よく言われるような気がいたします」
「気のせいやのうて事実やん」
瀬里奈はうんざりしながらも、ルイナの薄ら笑いを浮かべる顔を見上げた。これでいてリアより背が高く、上から罵倒の文句を聞かされるのだから、うっとうしさもひとしおだ。
お返しにとなじってやるが、それでもルイナはニコニコと胡散臭い笑顔のままだった。
「それよりも、少し警告をしておかねばならないと思い立ち、あなたを探していたところでございます」
「警告?」
「そうでございます。具体的には、賢く戦うべきだというところでございます」
「どういうこっちゃ」
「言った通りでございます。理論の研究、演習、そしてフィードバック。あなたにはそれが足りておりません」
ルイナは目ざとく瀬里奈の至らない点を指摘してくるが、瀬里奈自身はムスッと眉根を寄せて聞いていた。
「それと、わたくしにはあなたが何かの使命を成すために戦っているように思えます。他人のためだと思われますが、それもやめておくべきだということでございます」
「そんなん、うちの勝手やんか」
「一番大事なのは我が身でございます。この船を使っている青い服の汗臭い男女は、それこそ命を懸けるのが仕事なのでございます。そう周りにも認められております。ですが、あなたはそうではありません。良かれと思って戦っておられます」
「それでええやん! それの何があかんの?」
瀬里奈は思わずルイナを怒鳴りつけた。説教の内容がほとんど矢沢と被るからだ。
ルイナも自分を認めないのか。そういう思いが胸中に募ってくる。
だが、ルイナは笑顔のまま続ける。
「わたくしは別にあなたが八つ裂きにされて死のうが、毒か何かで苦しんで野垂れ死のうが、関係など一切ございません。ですが、あなたを慕う者たちはそうではありません。あなたのような能無しは死ぬのが早いのでございます。他人に迷惑をかけたくなければ、考えを改めるべきだと存じますが」
「能無し? もう1回言うてみいや」
「何度でも言わせていただきます。能無し、クズ、足引っ張り、迷惑なハエもどき」
「~~~~~ッ!」
瀬里奈は言いたい放題言ってくるルイナに怒りを募らせ、魔法防壁を解放させ始める。
「おっと、大人しくしてくださいませ」
瀬里奈が魔法を発動しようとした瞬間、ルイナが指を鳴らした。
すると、明かりも何もない真っ暗闇の中へと放り込まれる。幻覚だとわかってはいたが、それでも抵抗したくなる。
「うわ、何すんねん!」
「あなたが死んだ時のことを見せて差し上げます」
ルイナの言葉が消えると、瀬里奈の眼前に映像が浮かんでくる。まるで映画のスクリーンのように。
瀬里奈の父親が棺の前で泣いていた。その脇には、自衛官の帽子をとって黙祷する佳代子ら自衛隊員たちもいる。
そして、矢沢は私服らしいアロハシャツを着込み、海を眺めていた。どんよりと曇った空の下で、大きなため息をつきながら。
「こういった例は何度か見ております。功を焦ったり、誰かを助けると意気込んだり、相手をしてもらえないといじけていた者たちの無謀が、彼らの心に傷を作るのです。この映像は以前の象限儀の暴発で見えたビジョンの一部です。あなたはこの1年半の間で死んだことがあったのでございます」
「うちが、死んだ……?」
象限儀の暴発。それがどういう現象かは知っていたが、明確にピンとくるようなことはなかった。
しかし、今ではわかる。こんな映像が、彼らには見えているのだ。そして、そこで自分は死んだことがあるのだと。
「そうでございます。艦長様はあなたが汚らしい犬のように死んだことで、責任を感じております。もしかすると、この後は辞職なさったのかもしれません。バカは早死にします。あなたはバカなのでございます」
「そんなん、言われたって……」
瀬里奈にしてみれば、自分が戦っているのは誰かのためだ。それはいいことではないのか。それを言おうとした時、横から顔を殴りつけられ、真っ暗な地面に転がったところで、姿を現したルイナに胸を踏みつけられた。ギリギリと力を込められ、息も苦しくなる。
「ちょ……やめ……」
「思い上がるのも大概にしてくださいませ。あなたのバカが続いて死んでしまえば、あの方々の士気がダダ下がりします。そうなれば、ダイモンへの対処もしづらくなるのでございます。それがわかるまで、出撃はお控えくださいますよう」
ルイナは先ほどと全く声色を変えずに言い切ると、そのまま立ち去っていった。いつの間にか暗闇は消え、あおばの艦内に戻っていた。
瀬里奈は仰向けに寝転がりながら、自分が何をされたのか意味も分からずぼんやりと考えていた。
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