320話 黒い魔力

 あおばの検疫を担当する医官の村沢桃枝1尉と、同じく乗員の健康管理を担う菱川雄二郎2佐、そして看護師資格を持つ佐藤2曹と南野亜子2曹の4人はルイナや他のジンと共にドラゴンの死骸を解析することになっており、出発のために飛行甲板へ集合していた。


「では、行ってまいりますよ。艦長さんや、私らがいない間もしっかりお願いしますよ」

「ええ。善処します」


 矢沢の信頼に満ちた顔を見ると、菱川が陽気に笑う。まだ40代の男性医官だが、いつも眩しい笑顔と頭頂部が特徴的な人物だった。


 移動はヘリではなく、ルイナがドラゴンの死骸と4名の隊員を運ぶ手筈となっていた。ルイナは矢沢へ向き直ると、少しばかりおしゃれをしてきた地味な女子学生のように可愛らしい顔に薄ら笑いを浮かべる。


「それでは、後のことはわたくしにお任せくださいませ」

「くれぐれも変なことには巻き込ませないでほしい。私には彼らを信じて送り出す責任がある」

「もちろんでございます。死なせるつもりは毛頭ございませんので」


 ルイナはさも当然のように言うと、開放された格納庫から氷漬けにされたドラゴンの死骸を魔法で引き寄せる。格納庫に運び込まれたところで、リアが凍らせていたものだ。


 矢沢らが乗ってきた馬車に医官たちが搭乗したところで、ルイナが魔力を解放。ドラゴンの死骸と馬車が浮き上がり、そのまま艦を離れていく。


 後は彼らに任せるしかない。戦闘艦であるあおばの能力ではドラゴンの死骸を詳しく解析することはできず、そのまま腐らせてしまうことになる。


 だが、ジンたちの中には詳しく調査できる場所があるという。ならば、そこに託すのが筋というものだ。


 すると、背後からリアが声をかけてくる。


「では、僕もここで失礼します」

「君も発つのか?」

「はい。レイリに報告しないと」


 リアはそう言うと、靴に魔力を込めて数メートルほど浮上する。以前に米海兵隊がジェットパックを使用して艦から艦へ乗り移る訓練をしていたが、それをほうふつとさせるような絵面だった。


 ジンという種族は全体的によくわからない。彼らはダイモンという敵を相手にしているのだろうが、どうもそれで済ませるような雰囲気を感じない。


 協力してくれるのはありがたいが、アメリアやラナーのように信頼がおける仲間、というわけでもない。


 矢沢はため息をつきながら、その場を離れていった。

 やることはまだ多い。今はダーリャに向かうべきだった。


  *


「ダーリャ軍港の灯台を目視。あと2時間で入港できます」

「さて、お騒がせエルフたちと改めてご対面だ」


 矢沢がつぶやくと、艦橋のどこからか苦笑が漏れ聞こえる。今回は瀬里奈のおかげで死者もなく、重傷者も少なかったので、艦内の雰囲気は明るかった。


 危険なビームを発射してくるドラゴンと戦い、死者もなく勝利した艦。士気は上がっているように矢沢は思えていた。


 それから3時間後、あおばは改めてダーリャ港の入口に艦を止め、相手方のお迎えが来るのを待った。エルフたちの意思決定は速く、待機時間もほとんどなく迎えの小舟がやって来る。


 矢沢は使者を出迎えるため、ラナーと共に右舷側のラッタル付近で待機していた。もちろん、アメリアや大宮の護衛を受けながら。


「ようこそ、護衛艦あおばへ」

「え、ええ」


 使者としてやって来たのは、中学生くらいの体躯をした小柄な女性のエルフだった。やはり浅黒い肌をしているが、おどおどして落ち着きがない。


「どうかしましたか?」

「いえ、別に……」


 使者の少女はラナーへちらりと目をやるが、すぐに矢沢へ視線を戻す。


 何かを狙っているというより、怯えているような態度だ。額には脂汗が浮き、息も荒い。


 その様子を見かねたのか、ラナーが助け舟を出した。


「ハティマ、そんなに怖がらなくていいよ」

「あう……は、はい。ラナー様」


 ハティマと呼ばれた少女は軽く頭を下げ、額の汗をハンカチで拭った。ラナーに対しては友好的でいようと努力している様子だが、矢沢が声をかけるとビクリと体を震わせた。


「君は使者として来たのだろう。だとすれば、向こうも交渉の意思があるということだ。違うか?」

「はい、そうです……ジャマル様が、あなたと会いたいと……」


 怯えるハティマは雑巾を絞り出すように続ける。なぜこのような少女を使者としてよこしてきたのかは不明だが、いずれにせよ相手が交渉を望んでいるのなら、受けないわけにはいくまい。


「わかった。ジャマルに伝えてくれ。今日でも構わないが、何か敵対的な動きを見せればアモイの主要都市を全て焼き払うと」

「ひっ……は、はい……」


 もちろんブラフに過ぎないが、少女は目を見開いて青ざめてしまっていた。やはり恐怖の源は矢沢自身なのだろうか。


 そういうことをした覚えはないと自分でも思っていたが、理由を聞いてみればわかるだろう。矢沢は思い切ってハティマに聞くことにする。


「そこまで怯えなくてもいい。それとも、何か怖いことでもあるのか?」

「いえ、その……」

「ハッキリ言ったらどうなの?」

「う……いえ、この艦、黒い魔力で一杯で……」


 ハティマはそれっきり口を開かなくなった。ぶるぶると震えるばかりで、借りて来た猫のような状態だ。


「魔力?」

「はい。この艦、さっきのドラゴンの魔法防壁が崩壊した影響で、ドラゴンの魔力が移っちゃってるんです。正直、気持ち悪いというか、何というか……あはは」


 矢沢がアメリアに聞くと、彼女は苦笑いしながら正直に答えた。


 アメリアはともかく、ラナーもドラゴンを倒した勝利に浮かれている分が差し引かれているのか、そのような素振りは全く見せていなかったが、この艦を相手にするハティマは恐怖で怯えてしまっていた、ということだろう。


 よく周りを見渡してみれば、1度目の入港時にはそれなりにいた野次馬も全てはけてしまっている。いるのは警備兵らしき男たち数名だが、彼らも目を逸らしたり、下を向いたりと落ち着きがない。


 この世界において、あのドラゴンというのはどういう存在なのか。それが少しだけわかったような気がした。

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