321話 仕切り直し

 ダーリャの王宮にヘリが着陸するのは、これで2度目となる。


 だが、今回は状況が違った。少なくとも、ダーリャはラナーの活動とドラゴンの出現で混乱状態にある。国を動かしていた国王も死亡し、とてもではないが、あおばと矛を交えるようなこともできそうにない。


 ならば、交渉を有利に進めるのは今しかない。矢沢は今回の交渉で全てを決めるつもりでいた。アメリアと愛崎を護衛として連れ、案内役に先導されながら王宮へと入っていく。


 今回はラナーを置いていこうと思っていたが、ラナー本人の意思で同行することとなった。危険だからよせと言いたかったが、それでもラナーはジャマルに対し何か言いたいことがあるようだ。


「本当に大丈夫なのか?」

「うん。任せて」


 矢沢が心配して念押しするが、ラナーは笑みを浮かべて大丈夫だと言うばかりだった。何か策があるのか、それとも先ほどのように根拠もなく話をするだけか。どちらにせよ、ラナーの意思は固いようだった。


 王宮は何故か獣臭と何かが焦げる臭いが充満していた。お世辞にもいい匂いとは言い難く、恍惚とした表情を浮かべるアメリア以外は顔をしかめてしまっていた。


 そのひどい臭いの中で数十分待機させられ、予定の時間になったところで、矢沢らは会議室の1つへと通される。そこには包帯など治療痕が目立つジャマルと、数名の侍女が立ち姿のまま待機していて、ジャマルはアメリアを見ても特に何も言うことはなかった。


「改めて、ようこそ」

「この度はお招きいただき感謝しております」


 ジャマルと矢沢は互いに社交辞令の挨拶を交わす。国王の死によってジャマルが王位に就いたことはハティマとの対話でわかっていたが、それにしては相手方に王としての威厳は感じられない。むしろ、以前のジャマルそのものだった。


「どうぞ、ご着席ください」

「では、お言葉に甘えて」

「私たちは立ってます。ラナーちゃんとヤザワさんはどうぞ」


 ジャマルの促しに従った矢沢は、愛崎と共に護衛の任を果たすアメリアを後目に、ジャマルの正面に配置された椅子へ着席。獣の毛皮をなめしているらしい椅子の座面は、服越しにも柔らかく座り心地がいい。


「それで、お話というのは」

「今回の事件で国内は大荒れだ。父上が飼っていたらしいドラゴンまで暴れ出して、王宮の前ではロウソクを持った者たちが大勢押し寄せている。おかげで王宮は悪臭で満ちている」

「この臭い、ロウソクから出てたんですか……」

「うん。奴隷の居住スペースでよく使われるロウソクだから、それなりにいい家庭だと馴染みがない臭いなのよ」


 愛崎のうめきにも近い鼻声に対し、ラナーもやや鼻声になって答える。会議室には臭いの対策としてお香が焚かれているが、それでも臭いは消せていない。


「ラナーの言う通り、これは貧しい民が使うロウソクだ。それをダーリャの市民が使っている。奴隷解放を謳った運動だよ」

「やはり、他人を慈しむ心はエルフにも存在した、というわけですね」

「とんでもない。この国には奴隷の力がいる。今更奴隷を解放するなどとは言えない。一気に何かを変えようとすれば、訪れるのは無秩序だ。確かに奴隷をよしとしない者たちが中流層以上のエルフにもいたということは驚きを隠せないんだが、それでも反発する者たちはいるのだから」

「承知しております。我々が提案できる社会再構築プログラムを実践すれば、この国は大きな混乱なく新たな体制に移行できます。彼らの思いを無駄にしてはいけません」

「社会再構築……以前君が話していたことか」


 ジャマルは手を組んで肘をつくと、矢沢に鋭い視線を投げかけた。


 矢沢が捕まっていた時にジャマルへ提案した、アモイの改造計画についての取引だ。そこには奴隷が必要ない社会システムの構築支援や、砂漠化したエリアの緑化といった幅広い知見の提供を約束したもので、ジャマルには門前払いされたものだ。


 アモイの社会が混乱している今なら再度提案できるのではないか。矢沢はそう思って話を持ち出したのだ。


「奴隷がいらない社会システムを構築すれば、この国は健全な国家へと変貌を遂げるでしょう。これは互いにとってもいい取引と言えるはずです」

「全く君は……以前も言った通り、それは長期的なスパンでの話だろう。奴隷という即物的なものとの交換条件とするのは、いささか不安に過ぎる」

「我々にはバックとなる国がありません。異世界の向こう側に消えたままです。日本政府との取引となればまた話は変わるのでしょうが、我々のような非生産的な組織からは、出せるものが限られてきます」

「だからこそ、君たちが持てる武力を提供してくれ、と言っていたのだけどね」

「それはできません。他国の戦争に介入することは国内法で禁じられています」

「そうだとも言ってたのを思い出したよ。ま、その辺りは詰めさせてもらうけど」


 ジャマルは呆れたようにため息をつくと、傍に用意されていた水を一口呷った。矢沢も口にしたが、ただの水ではなく海水並にしょっぱい塩水であり、それ以上口にするのは躊躇われたものだ。


 相手方の常識はこちらとは違う。矢沢はこれからの苦労を考えると気が重くなったが、それを気取られないようにするのは骨の折れることだった。

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