317話 戦いの中の笑顔

 SH-60Kと護衛艦はデータリンクで潜水艦の情報を逐次共有できる。あおばのソナー画面には、エグゼクター1から釣り糸のように垂らすディッピングソナーで捉えたドラゴンの姿がはっきりと映っていた。


「方位086、距離8キロ、速力20ノット」

「速力が落ちている今がチャンスだ。短魚雷発射」

「短魚雷攻撃始め」

「短魚雷発射。撃て」


 エグゼクター1からの情報をもとに、再び徳山の指示であおばから短魚雷が発射される。敵が潜水艦ではない故に、魚雷は敵の未来位置を予測して発射するしかない。要するに第二次大戦の駆逐艦と同じ要領だが、今回は潜航目標が相手であるが故に、さらに難易度は高い。


 できる限り直撃を狙うが、相手に致命的な被害を及ぼせるかは未知数だ。


 魚雷が爆発し、再び艦を振動が襲う。本当に大事なのはここからだった。


「艦橋、魚雷効果を確認」

『こちら見張り、浮遊物なし。魚雷効果不明』


 2度目の魚雷攻撃も敵を倒せたかどうかは不明。願わくば撃破できていることを望みたかったが、それは期待外れだとすぐに思い知らされることになる。


『あかんでおっちゃん! また来よった!』


 瀬里奈の叫びと共に、艦に小規模の衝撃が走る。衝突で起こったものではなく、敵が至近距離から海面に出た際のものだろう。


 その証拠に、レーダーには至近距離に敵の反応が出ている。


「シードラゴン、方位090、距離500メートル!」

「取舵一杯、針路210!」

『取舵一杯、針路210、ようそろ!』


 レーダーを担当する船務士が叫ぶと、矢沢が直ちに進路変更の指示を伝える。鈴音の復唱と共に艦が大きく左へ傾き始め、艦が回頭し始めたことを全身に伝えてくる。


 距離500メートルというと、護衛艦が艦隊行動をする際に、船同士に空ける間隔よりも短い。主砲も正確に狙わずとも撃てば当たるような距離だった。


 当然、こんな近すぎる距離で戦えるはずもない。あおばは逃げに徹するので精一杯だ。


 しかし、ドラゴンはこちらに攻撃を仕掛けてくる様子はない。見張りはドラゴンがどこに攻撃しようとしているのか、その目でしかと見ていた。


『艦橋よりCIC、シードラゴンが口内にエネルギーを充填中! 目標はおそらくエグゼクター1と思われます!』

「くそ……瀬里奈、リア、ルイナくん、防御態勢を取れ」

『おっしゃ!』

「はい、わかってます」

「もちろん、わたくしが今行うべきことは迷子のお爺様の艦を守ることであって、その戦力の一翼たる謎の飛行物体をお守りすることはやぶさかではないのでございますが、いかんせん──」

「復唱は短く簡潔にしてくれ」

「い」


 瀬里奈とリアは素直に返事してくれるのだが、ルイナは愚痴を垂れるがごとく長い文句を言い始めたので、矢沢が止めに入ることになった。


 そう思っていたが、ルイナは当てつけか意味が通らないほどに短い言葉しか発さなくなる。結局彼女が伝えたかったことは何かと思ったが、軍人でさえない協力者相手に説教をするのはお門違いだと切り捨て、大人しく艦の指揮に戻る。


 一方、船務科の航空管制担当はエグゼクター1とヴァイパー3にそれぞれ指示を出していた。


「エグゼクター1、直ちに回避行動に入れ! ヴァイパー3、シードラゴンに攻撃を加えて発射を阻止せよ!」

『エグゼクター1、回避行動に移る』

『ヴァイパー3、ウィルコ』


 それぞれのパイロットである萩本と三沢は冷静に復唱するが、エグゼクター1の方では副操縦士の海藤が小さく悲鳴を上げているのが僅かばかり聞こえた。


 ヘリが危険な状態にあるというのに、ドラゴンに背を向けているあおばにできることと言えば、そのまま距離を取って逃げるだけだった。無理にファランクスなどで攻撃を加えてしまえば、ターゲットがあおばに移りかねず、そうなればヘリの防御に当たっているであろう瀬里奈らを混乱させてしまう上、あおばも至近距離から攻撃を受けて死傷者を出しかねない。それに加えて、ファランクスも佳代子の指揮下で使用したことでダメージを与えられないことが判明してしまっている。


「瀬里奈、何とか耐えてくれ……」


 矢沢は祈るような気持ちで、瀬里奈の心配をするしかなかった。


  *


 爆発のような水しぶきを上げながら海面に頭を出したドラゴンは、そのまま攻撃を加えてきたSH-60Kにブレスの発射準備を行う。


 このままではヘリが焼き払われてしまう。瀬里奈はエグゼクター1の前まで移動すると、いつでも防御魔法陣を張れるよう魔力を溜め始める。


「ぼくも協力するよ」

「準備はいつでもできております」


 そこに、リアとルイナも並んで魔法防壁を解放し始めた。エグゼクター1が回避行動を始めると、それについて飛行コースも変える。


 リアはともかくとして、ルイナも何だかんだ言いながら協力の意思を示している。彼女の真意は瀬里奈には全く理解できなかったが、やはり誰かを本当に傷つけるようなことはしたくないのだろうか、とも考えていた。


「来るよ、構えて!」

「うん、わかったで!」


 リアが叫ぶと、ルイナと共に防御魔法陣を展開し始める。瀬里奈もそれに続き、3人分の防壁を重ねて、ヘリを守る3重のシールドを完成させた。


 程なくして、ドラゴンが青白いブレスを発射。膨大な熱量を持った荷電粒子の奔流が防御魔法陣に衝突し、周囲へエネルギーを撒き散らしていきながらシールドを押していく。


「ううっ、くっ……」


 ドラゴンの攻撃力は他の魔法使いを遥かに凌ぐものだった。飛行を続けたことによる魔力消費も大きく、瀬里奈だけでは食い止めるので精一杯だ。ビームの輻射圧に圧され、ヘリの方へ押しやられていく。


「大丈夫。ぼくたちがついてるから」

「あはは……ほんま、ありがとうな」


 すると、リアが右手で背中を押してくれる。戦闘中ながらも、彼は笑顔を向けることを忘れはしなかった。


 瀬里奈はリアの優しさに感謝しながらも、ビームを押し返すことに意識を集中させ始めた。

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