316話 対潜戦闘
「ヘリは位置に着いたな。これより攻撃を開始する。主砲、順次射撃開始」
「主砲発射用意。目標シードラゴン」
「射線150、射線クリア。照準よーし」
「撃て」
「主砲、うちーかたーはじめー」
砲術長が射撃の号令を発すると、主砲が自動でドラゴンに向かって発砲を開始。3秒に1回の間隔で127mm砲弾が投射され、ドラゴンの肉体に対しダメージを与えていく。
「オオオオオォォォォォ! オオオオオォォォォォォォォォ!!」
ドラゴンは数キロ離れたあおばのCICにも轟く咆哮を発しながら、海中へと身を隠した。通常のウミヘビとは違って体を上下にくねらせながら前進し、攻撃を行ったあおばへと突っ込んでいく。
「主砲攻撃、効果を認む」
「敵艦潜航、本艦にまっすぐ近づく!」
「ソーナー、敵艦位置報せ」
「方位150、距離7キロ、速度54ノット」
徳山が水測員に追尾を命令すると、ソナー画面に表示された敵の情報が粛々と読み上げられる。潜水艦では完全にありえず、魚雷でもここまでの速度を出せるものはそうないほどの速度で突っ込んでくるドラゴンに、CICの雰囲気も凍り付く。
だが、徳山は冷静そのものだった。場数を踏んで慣れたのか、普段の訓練と同じく平静な声で命令を次々に発する。
「対潜戦闘、短魚雷攻撃始め」
「短魚雷攻撃始め!」
「短魚雷1番から3番、発射始めよし」
「目標シードラゴン、撃て」
右舷の魚雷発射管から対潜水艦用の短魚雷が3発連続で発射され、ドラゴンに真正面から相対する。魚雷は時限信管によりドラゴンの鼻先で爆発し、周囲の海水を沸騰させて海面に巨大な水柱を屹立させた。
「対衝撃姿勢。アメリア、ラナー、どこかに掴まれ」
「対衝撃姿勢!」
魚雷の爆発を検知したことで、艦にも衝撃がやって来る。矢沢は全艦放送で全ての乗組員に衝撃を耐えるための姿勢を取らせる。
「ちょっと、何!?」
「とにかく何かに掴まってください!」
「ま、待て! うぐ……」
アメリアが慌てふためくラナーの手を引き、強引に矢沢を座席ごと捕まえさせる。矢沢は後ろから2人にぐっと抱きしめられたせいで肺から呼気を吐き出されてしまう。もちろん、今のうめきもバッチリ全艦放送で艦中に響き渡っていた。
その数拍子後、ドン、という腹まで響くような低音と共に、艦に強い衝撃が走った。ラナーの短い悲鳴に加え、CICオペレーターの何名かもうめきを上げた。魚雷3発分の炸薬量は100㎏を超える程度だが、主砲弾より炸薬量はある上、水中での爆発で生じるバブルパルスは潜水艦をも容易く破壊できる。
しかし、爆発は海水をかき乱して海中を雑音だらけにし、アクティブソナーを一時的に使用不能にさせる。後は艦橋の見張りやレーダーからの報告を待つしかない。
矢沢はアメリアに魚雷装填の命令を発しつつ、魚雷攻撃の効果を確かめるため環境に連絡を入れる。
「アメリア、右舷魚雷発射管、1番から3番まで次弾装填。艦橋、状況報せ。魚雷効果を確認」
「はい。次のギョライを装填します。秘跡・サンクチュアリ!」
アメリアが紫に輝く魔法陣をCICの床に展開する。これから数分は魚雷の装填作業に従事し、他のことは何もできなくなる。
一方、見張りに立つ青木は外で起こっていることを正確に艦長へと伝達。同じ通信回線で聞いていた徳山がそれに返答する。
『こちら見張り。右舷後方に気泡を多数確認。浮遊物なし。効果不明』
「了解。再攻撃の要を認む」
敵の生存いかんは不明。ならば、次の攻撃に備えるのが今の仕事だった。艦はまだ戦闘配置を解除せず、魚雷の装填作業やレーダーやソナー、そして見張りでの敵の捜索が続けられる。
その様子を恐る恐る眺めていたラナーは、独り言を呟くように小さな声を発した。
「全然わかんない……本当に戦ってるの……?」
ラナーの疑問を、矢沢の耳はしっかりと拾っていた。どこかで聞いたような言葉だ、と昔の感傷に浸るように思い出した矢沢は、戦闘に影響がない程度の小声でラナーに説明をする。
「このCICは、外部から得られる情報を全て集積させている。我々意思決定を行う幹部はCICで、兵器だけでなく艦の全てを操って戦闘を遂行する」
「摂理の目も何も使ってないのに、外の状況がわかるのね……」
「摂理の目ではなく、ロケーティングと同じ仕組みで敵を捜索、追尾している。そちらでわからない情報は外の見張りが直接目視して確認を行う」
「それで意思決定が速いのね。そりゃアセシオンも勝てないわけだわ」
ラナーは半ば呆れるように、そして半ば戦慄するように言葉を漏らした。どちらにしても、これを何も知らないで見せられる紛争当事者はあおばの能力そのものに恐怖を覚えるらしい。
「味方でよかったと思うか?」
「うん。いつか灰色の船と戦うのかなって思ってたけど、そうならなくて本当によかった」
そして、心底安心したように大きく息をつきながらラナーは言う。
この場にマウアやジャマルがいたとすれば、一体どのような反応を返しただろうか。実際に敵対した者たちは、更に怯えてしまうのだろうか。
いや、それを考えるのは後でいい。矢沢は神経をCICに戻すと、おおよそ訓練中には聞かないであろう怒声を耳にする。
「レーダーに感あり! 方位080、距離4キロ!」
『こちら見張り、敵生物健在! 流血痕多数ながら、航行速度に依然減衰は認められず! 頭部に発光を確認、ビーム砲の発射準備と思われる!』
「瀬里奈、敵ビームへの防御用意。ヴァイパー3、ビーム発射を阻止せよ。武器の無制限使用を許可する」
『あったりまえや! ちゃんと守ったるで!』
『ヴァイパー3、ウィルコ。火器の無制限使用を許可』
『目標照準よし。ヘルファイア発射』
AH-1Zの操縦を担当する三沢が了解の返事をすると、兵器担当士官である横田が射撃を開始。レーザー誘導のヘルファイア対戦車ミサイルで確実にドラゴンの頭を捉えた。
日本近海で戦ったドラゴンには、主砲の半徹甲弾が大きな効果を得たが、今回のドラゴンにはそれが効いていない。
しかし、対戦車用であるヘルファイアミサイルであれば効果は出るだろう。矢沢だけでなく、ヘルファイアの能力を知る者であれば、確実に期待をかけているはずだ。
「ヴァイパー3、効果を確認せよ」
『敵の姿が見えません。直前に潜航行動を取っていたことから、回避されたと思われます』
「ソーナーに感! 方位070、距離4キロ、速力60ノット。潜航しつつ離脱していきます……失探しました」
「変温層に隠れたか。エグゼクター1、ディッピングソナーで敵の捜索に当たれ」
上げられた報告は、ドラゴンを逃がしたというものだった。それでなくとも傷は深いはずだが、その上で深深度まで逃げる辺りは生物の常識を超えている。
海面の温度が高いと、海の下層との温度差が生じて音を跳ね返す層ができてしまい、そこに入った潜水艦はあおばから探知ができなくなる。そこにいるであろうドラゴンを探すため、矢沢はSH-60Kに敵の捜索を命じた。
『こちらエグゼクター1、敵の捜索に入る』
パイロットの萩本が淡々と返すと、ヘリは目標に向けて進路を取る。
敵は思ったより手ごわい。通常の潜水艦相手ならまだしも、相手はほとんど未知の生物。何もかもが常識を超えている敵を、あおばは相手しているのだ。
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