10話 閉鎖環境

「あ、そういえば……」


 アメリアは何かを思い出したようで、急に足を止める。


「皆さん、魔族の話はしましたっけ?」

「魔族……?」

「はい。この世界には『魔族』と総称される、人類にとって敵対的な生き物が多数生息しているんです。あなた方を襲ったドラゴンも、多分その一派です」

「あんな物と戦っていてはキリがなさそうだ。あれほど凶暴なものばかりなのかね?」

「いえ、ドラゴンはかなり特殊で、滅多に人前には姿を現しませんし、その戦闘力も普通の魔物とは全く次元が違うので……」


 アメリアは苦笑いしながら言う。先ほどのドラゴンを倒したと言った際の驚きようと言い、どうやら本当に強力な生物だったらしい。

 逆説的に言えば、あおばは次元を超えるレベルの魔族でさえ撃退できる戦闘力を持っている、と言える。補給の問題さえなければ、この世界でも十分にやっていけるはずなのだが。


「それと、先ほど言っていた翻訳の件ですけど、これも魔法防壁で行われます」

「そうなのか?」

「はい。これは『相手に伝えたい』と思って口に出した言葉を、魔法防壁が相手にわかるように変換するんです。私の魔法であなた方の防壁にもかけておきましたので、他の人との会話もできると思います」

「何と……」


 アメリアはさも当然のように言うが、矢沢ら地球人からすれば驚くべきことだった。魔法をかけるだけで相手の言葉がわかるというのだから。


             *     *     *


「ここが例の村かね?」

「はい。私たちの村、オルエ村です」


 陰気な森を抜けた先にあったのは、確かにスキャンイーグルで捉えた森の中の村だった。それも、ただの小さな農村というわけではない。各所に低い石塁や塹壕、木に偽装した見張り台、土を盛った簡易トーチカと、戦闘用に建設された要塞集落だ。どれも空から確認するには極めて難しいほど、木々や土などで巧みに偽装されている。


「艦長、これは……」

「ああ。白兵戦に備えてはいるが、空から見えないよう偽装されている。ドラゴンへの対策だろうか?」


 耳打ちしてくる鈴音にそっと返事をする。アメリアに聞こえると厄介だからな。

 しかし、空から見えないよう偽装しているのは驚いた。確かに飛行型ドラゴンは確認していたが、我々の世界基準で考えれば、この文明レベルでは空からの脅威など存在しえない。

 いずれにしろ、ここは彼らの防衛線となっているらしい。


「アメリアだ! アメリアが帰ってきたぞ!」


 我々が村に入った途端、若い男の大声が響いてきた。それを聞いたのか、村人らしき若い男が数人単位で入り口まで集まってくる。

 そこで気になったのが、誰もが麻や木綿で作られた長袖シャツに長ズボンといった質素な服装をしていたことだ。中には動物の革をそのまま使っているものまである。白基調に紫と金の模様があるワンピースのアメリアとは大きな違いだ。アメリアだけが浮いている、と言ってもいい。

 駆け寄ってきたうちの1人、背の高い少年がアメリアに何かを訴えかける。


「アメリア姉さん、あんたがいないから大変だったんだぞ! ちょうど4時間くらい前に、村の上空に見たこともないヤツが現れたんだ!」

「えぇ、そんな!」


 アメリアの表情が一瞬にして凍り付く。目を見開き、口を覆い隠しながら少年の方を見た。


「どんなの、魔物?」

「いや、魔物かどうかはわからない。鳥みたいなヤツだったけど、羽ばたきもしないし、ブーンって音鳴らしながら村の周りを旋回してたんだ!」

「あー……」

「艦長さん、それって……」


 少年が焦りながら言う中、矢沢や波照間はため息をついていた。波照間も困った顔をしている。

 どこからどう聞いてもスキャンイーグルだ。4時間前というのも、我々が村を偵察した時間帯と合致する。

 だが、それを話していないアメリアは神妙な面持ちで私に向き直る。


「おじさん、こう見えても私は村の守護者なんです。これから防備を固めないと……」

「いや、アメリア。少し待て」


 このままでは村に余計な迷惑をかけることになる。矢沢はその場を去ろうとするアメリアの肩に手を置いて引き止める。


「離してください、村を守らないと!」

「聞いてくれ。その飛行物体は我々の持ち物だ。安心していい」

「え……?」


 矢沢の一言に固まるアメリア。周りの村民たちも一様に疑いの目を向けてくる。


「あれはスキャンイーグルという空飛ぶ道具で、我々がこの村落を発見できたのも、スキャンイーグルを使った偵察活動の結果なのだ」

「そういうこと……わかりました、信じて警戒を解除しますね」

「アメリア姉さん!? どこの馬の骨とも知れない奴らの話なんか、あっさり信じてもいいのかよ! そもそも、どこから来たんだよ!」


 背の高い少年が矢沢を指差しながらまくし立てる。


「そ、それは……と、とにかく村長さんに話を通しますので!」


 アメリアは少年の怒声に気圧されたのか、声が怯えていた。そのまま逃げるようにどこかへ行くのを、上陸班は追いかけるしかなかった。

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