11話 噂
「なるほど、異世界の軍隊、ですと」
「ええ、そうです」
矢沢と鈴音は田舎にも見ないような茅葺きの小屋にいた。床は地面にゴザを敷いただけのもので、雨風を凌げる程度の設備でしかない。
小屋の中には、矢沢と鈴音、アメリア、そして村長と二人の取り巻きらしき男性しかいない。村長は黒い髭を蓄えた厳つい顔の男性で、右目に黒い眼帯をつけている。白いシャツは泥まみれだ。年齢は40代ほどと比較的若い。
「いやはや、信じがたい。まさか異世界からの来訪者とは……」
「私自身も非常に驚いております。我々は実力組織ながら、補給も司令部も失い、いずれ戦闘力さえも失うでしょう。それを避けるためにも、あなた方の助力を願いたい」
「村長さん、私は協力した方がいいと思います! 何たって、ドラゴンを倒したって聞きましたし、空を飛ぶ乗り物だって──」
「アメリア、これは君が口を出せる問題ではない。この村の、政治的な問題なのだ」
「……っ」
村長に諭されたアメリアは口を閉じ、目を伏せた。
確かにこれは政治的な問題だが、アメリアもこの村の一員ならば関係することではないのか。矢沢は少し気になりはしたが、それより今の話題に集中することにした。
今すべきは彼らから協力を取り付けることだ。それには代償が必要だろうが、それは覚悟の上だった。
村長はしばらく髭を撫でていたが、おもむろに口を開いた。
彼の口から出てきた言葉は、矢沢と鈴音を驚かせるには十分なものだった。
「あなた方は異世界からやって来たと言いましたな。そして、この世界とは全く異なる文明を持っていると」
「ええ、そうです」
「1日前、この村近くの街道沿いの海岸に、見たこともないような巨大な船が座礁していたらしいのです。もしかすると、その船の方ですかな?」
「ふむ……巨大な船とは?」
矢沢は訝しげに問いかける。あおばは横須賀へ戻るのと同時に、姿を消した護衛艦かがと客船アクアマリン・プリンセスを探さなければならなかった。それを考えると、聞いておくに越したことはない。
座礁、という単語から、矢沢はそれがあおばではないことを瞬時に理解した。あおばは海岸から数キロ離れた場所に停泊しており、海岸に座礁、という表現は合わないと思ったからだ。
村長は実際に絵で見てもらった方がいいでしょう、と言いながら、後ろに控えていた青年から大きな紙片を受け取った。
「これです。村の男がスケッチしていました」
「な、やはりか……」
「嘘だろおい、艦長!」
矢沢は絶句し、鈴音は右手を地面に叩きつけながら悪態をつく。
村長が差し出した紙片には、かなり省略されてはいるものの、アクアマリン・プリンセスの姿が描かれていたからだ。「アクアマリン・プリンセス」と英語表記の存在も確認できる。
「ご存じのようですな」
「我々はこの世界へ迷い込む直前、この遭難船を救助する任務に当たっておりました。これを攻撃していたドラゴンを倒したところ、この世界へ飛ばされたのです」
「なるほど……」
村長は腕を組みながら考え込み、アメリアも言葉を失いながら紙片の絵を凝視していた。
対して、鈴音は拳を握って矢沢に訴えかける。
「艦長、今すぐ合流するべきですぜ。ここになら潤沢な燃料があります」
「わかっているが、乗客はここに留まってもらうしかない。あおばには100分の1も収容できない」
矢沢は頭を抱えた。問題は1隻の護衛艦が対応する規模を優に超えている。
「この船舶に関しては、今後は我々が対応いたします。後ほど場所を教えて頂ければ」
「わかりました。そうしましょう」
村長は静かに答えると、静かに息をついて次の話題に移る。
「ヤザワさんと言いましたか。この話を前提に言いますが、あなた方への協力は無理でしょう。あなた方が欲している物資量は村の必要分より遥かに多い。そのような多量の物資を買い付ける財力はありませんし、たとえ購入できたとしても運搬手段がない」
「っ、そうですか……」
村長の重々しい言葉に、矢沢は渋々ながらも頷いた。上空偵察で既にわかっていたことだが、この村には大きな街道はなく、どうしても物資の交易は制限されてしまう。交易ルートを開拓している間に、あおばはスクラップになるどころか乗員も餓死しかねない。
この村は拠点として向いていない。そう結論を出さざるを得なかった。
「我々としても協力したい。しかし、あなた方のことを知らなすぎるのです」
「承知しました。会談の席を設けていただいたこと、感謝しております」
「誠に申し訳ない。この村には3日の滞在を許可しましょう。それ以降はお引き取りを」
村長は頭を下げると、目を閉じて息を大きくついた。彼にとっても苦渋の決断だったに違いない。この村とて、魔族の襲撃に悩まされているのは確かだからだ。
「行こう、航海長。交渉は決裂だ」
「では、どうするんですか」
「他の地域を当たるしかあるまい」
「承知しました。クソッ、せっかくここまで来たってのに……」
歯を食いしばり、頭を押さえる鈴音。気持ちは矢沢とて同じだった。
話し合いとは上手く行かないことの方が多い。特に政治は立場が違うのが当然だからだ。
小屋から出ると、村人たちが矢沢と鈴音を遠巻きに見ていた。わざわざ集まった野次馬らしく、その数は入口の5倍は確実にいる。それにも関わらず、誰一人として笑顔や温情の眼差しなど、好意的に見てくれる者はいなかった。
どうやら、我々は歓迎されない客人のようだ。
「ヤザワさん!」
背後から声がした。アメリアだ。申し訳なさそうに渋い顔をしながら頭を下げてくる。
「君か。すまなかった、迷惑をかけたね」
「いえ、迷惑だなんてとんでもないです。けど、これからどうするんですか?」
「また別の拠点を探すだけだ。我々は生き延びなければならない。助けを待つ者たちがいる限り」
「そうですか……わかりました。この村とは対立関係にありますが、ヤザワさんたちの助けになりそうな集団を知っています。後で教えますね」
アメリアは小さくお辞儀をすると、村の入り口にあるトーチカへ向かった。剣や槍を持った村人たちが待っていることから、警備の交代をするのだと矢沢は考えた。
「じゃ、オレたちはのんびり田舎生活と洒落込みましょうぜ。少なくとも十数食は食事が浮きます」
「そうさせてもらおう。波照間くん、あおばに連絡を。アクアマリン・プリンセスの居所がわかったと伝えてくれ」
「えっ、あの船をですか!?」
「ああ、この世界に流れ着いていたらしい。乗員の安否は不明だ」
「……承知しました」
波照間は口を固く結んで黙り込んだ。彼女とて元はアクアマリン・プリンセスの乗客であることに変わりなく、船の安否は心配になっているはずだったからだ。
「対策は後々検討する。今は艦の保全が優先だ」
「了解です」
波照間は一切のブレもなく敬礼すると、すぐさま通信機を取ってあおばと連絡を取り始める。
鈴音は冗談めかして言うが、実のところ死活問題だ。民間人やヘリパイロットの分も増えて食料に余裕がなくなっている中、こちらで取れる食材と調理方法を学べるのだ。
それに加え、アクアマリン・プリンセスの居所や魔法の存在を始めとした多数の情報を得ている。偵察と現地調査は成功と言って差し支えない。
先ほど村長から貰った地図の通りに、今夜宿泊する空き家に向かおうとしたところだった。
「敵襲! 敵襲―!」
村の半鐘がけたたましく鳴り響き、同時に男の大声が耳朶を打った。
敵襲となると、アメリアが言っていた魔族かもしれない。矢沢はすぐに部下たちに対し命令を下す。
「この世界での戦闘が見たい。各員、警戒しつつ情報収集に当たれ」
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