9話 魔法の世界
矢沢ら地上行動を行う部隊5名は、アメリアの先導の下でうっそうとした森林地帯を進んでいた。
道などは存在せず、足元は落ち葉が折り重なり足場が極めて悪い。おまけに湿度も高くジメジメしており、ベトナムの熱帯雨林を進んでいるかのような感覚に陥る。
「おっと……にしても、こりゃ参ったな」
「航海長、足元にお気をつけを。先ほどゴキブリを見かけました」
「っ!? マジかよおい!」
「冗談ですよ」
背後で鈴音と航海科の大宮2曹が馬鹿話で盛り上がっている。大宮は丸刈り頭に190㎝の大柄な体格、彫の深い顔からヤのつく職業に間違われるが、意外にも人懐っこく陽気な性格だ。
「航海長、ゴキブリが苦手なのですか?」
「そういう波照間はどうなんだよ?」
「あはは、家や隊舎のゴキブリ退治はあたしの仕事でした。こう見えても虫は好きなもので、退治する振りをしながら外に逃がしてましたけど」
「嘘だろ……?」
冷汗を流しながら問いかける鈴音と、苦笑交じりに答える波照間。世間一般ではゴキブリは害虫と言われるが、それを普通に触れるというのはある意味尊敬に値する。
「ごき……?」
「知らない方がいい」
首をかしげるアメリアに、矢沢はそっと首を振った。
「それより、君たちが使う魔法とやらの話を聞きたい」
「魔法ですか……戦いに使ったり、生活の役に立ったりと、この世界になくてはならないものですね。さっきお見せした炎魔法は攻撃に使う他にも、明かりや料理にも使えますし、水魔法は水分補給や体の洗浄もできたり……ですね」
「電気も使えるのか?」
「はい。電力魔法に分類されますけど、攻撃にしか使えないのが難点ですね」
あはは、とアメリアは苦笑いするが、矢沢や隊員たちは一斉にアメリアへ目を向けた。
「え、皆さん……?」
「電気が使えるのか! 素晴らしい!」
「これで冷蔵庫が動くぜ! サバイバル生活なんてしなくて済むんだ!」
「アメリアちゃんって本当に何者なの!?」
「よし! 携帯やゲームを充電できる!」
「トレーニング器具も解禁だな!」
誰もが勝利を確信したかのような湧きあがりぶりだった。矢沢や波照間は驚いていたが、他の3名は天に拳を掲げて喜んでいる。
唯一、状況を理解できていないのがアメリアだった。なぜ喜んでいるのかさえわからない。
「皆さん、電気がどうしたんですか?」
「我々の文明は電気が重要なエネルギーに位置づけられる。電気のない暮らしは想像ができない」
「うそ、電気がですか……? 考えられません」
アメリアは口をあんぐり開けて驚愕した。矢沢らにとっては魔法が常識外の力だが、アメリアにとっては電気が主要エネルギーになっている文明こそ信じられないようだ。
「とはいえ、それがあおばの電力として扱えるかどうかは要確認か」
「ですね。それこそ雷と同じものならエネルギーとして不適格ですから」
矢沢のぼやきに波照間も同調する。雷は電力こそ大きいものの、電流が流れるのは一瞬であるため貯蔵ができない問題があった。
まだ捕らぬ狸の皮算用でしかないな、と切り捨てたところで、矢沢は話を続ける。
「アメリア、もう少し魔法について教えてほしい」
「えと、はい。魔法は魔法防壁で発動するんですけど、魔法が使われていない文明の人たちって魔法防壁が使える状態なのでしょうか……?」
アメリアは顎に人差し指を当てて考え込むが、矢沢らにとっては魔法防壁が何なのかさえわからない。
「アメリア、その、魔法防壁とやらは何だ?」
「えっ、まさか魔法防壁さえ……いえ、そんなはずありませんよね、魔法防壁は全ての生物が必ず持っているものですから」
「全ての生物? どういうことだ」
「ですから……えっ、本当に……?」
アメリアは度肝を抜かれたように足を止めて目を見開き、矢沢たちを見渡す。しばらくそうしていると、彼女は慌てて顔を背けた。
「うそ、魔法防壁の繋がりがこんなに希薄……やっぱり、そうなんですね」
「アメリアちゃん、その魔法防壁って一体何なの?」
矢沢に変わり、波照間がアメリアに質問を繰り返す。アメリアはハッと我に返ると、ぺこりと頭を小さく下げた。
「ごめんなさい、本当にびっくりしたもので。えっと、私たちは魂と呼ばれる命の源を持っていて、魂は私たちのような人類から原始的な単細胞生物まで、全ての『生物』が一様に持っているものです。その魂は魔力を放っていて、物質的な肉体はその輻射圧に耐えられないんです。それを抑え込み、肉体の形を維持するのが魔法防壁です。いわば殻のようなものですね。これは大気中から常に魔力を取り込むことで機能を維持します」
「物質的な肉体に加えて、エネルギーで構成される外骨格ですか……興味深い」
衛生科の佐藤は、大学で生物学を専攻していた経歴柄かアメリアの話に食いついていた。あまりにも地球とは常識が違い過ぎる故に矢沢も興味を抱いてはいたが、今は話の続きを聞くことに注力する。
「そして、私たち人類や一部の動物は、その肉体維持用とは別に『戦闘用』と呼ばれる魔法防壁を持っていて、その魔法防壁で集められる魔力をリソースに、魔法の行使や魔法攻撃からの防御を行います。その魔法防壁にも個々に特徴や使える魔法の種類、一度に収束できる魔力量の限界があるので、使う魔法や強さにも差が出ます。私がさっきヤザワさんに撃ったのは、攻撃用の魔法ですね。とっさに出したので威力はかなり低いものでしたが……」
すみません、と一言付け加え、アメリアは顔を伏せる。
だが、矢沢にとって火炎弾をぶつけられたことは既に過ぎたことだった。それより気になることをアメリアに聞くことにする。
「それでも高速で飛ぶ炎の弾丸を受ければ無事では済まないはずだ。それも魔法防壁のせいか?」
「そうなります。ヤザワさんたちにも魔法防壁はあって、今も体を守っています。元々存在していないものだったはずですが、この世界に来た影響で生成されたのだと思います」
「ということは、我々も魔法を扱える、という認識でいいのか?」
「いえ、魔法は使えないはずです。私たちのように一体化したものではなく、急場しのぎで付いているだけという印象ですね。魔法が使えるレベルにまで成長するには十年以上かかると思います」
「では、我々が魔法を習得するのは現実的ではない、か」
矢沢はため息をついて腕を組んだ。汎用性が高いと聞き、艦の保守や組織運営の手助けになるかと思っていたが、アテが外れたようだ。
とはいえ、魔法を使い慣れ、この世界の事情を知る者と意思疎通を図れた。それだけでも大きな収穫になったと矢沢は胸をなでおろしていたのだった。
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