8話 ファースト・コンタクト

「うっ、うっ……」


 ずぶ濡れのワンピースと上着姿の少女が、岩場に腰かけて泣いていた。矢沢が感じた気配は、全裸で水浴びをしていた彼女だったのだ。

 肩の下まで伸びるセミロングの銀髪に、まだあどけなさを残した可愛らしい少女の横顔。身長は160㎝後半でやせ型。一見すると何の変哲もない少女だ。


 だが、矢沢は謎の攻撃を受けた。威力の低い火炎弾のようなものを、意識を失う直前に見ている上、それを浴びたのも理解できる。ほぼ無傷なのが幸いだ。


「艦長、艦長さん!」

「な、何だね」


 眉根を寄せ、ドスのきいた声で上官である矢沢に怒鳴りつけてくる波照間。相当怒っているようで、彼は火球をぶつけられた時より更なる恐怖を覚えていた。


「何だじゃないですよ! 女の子を泣かせておいて、謝りもしないんですか!?」

「わ、悪かった……すまない、水浴び中だったとは知らず……」

「えぐ……うっ……はい……」


 少女はまだ泣き止まないものの、会話はできるようだ。

 何故か言葉が通じるのは疑問に思ったが、今それを追究しようものなら波照間に怒られることはまず間違いない。矢沢は出かかった言葉を呑み込んだ。

 代わりに、スキャンイーグルで見えた村のことを質問することにした。


「ところで、聞きたいことがあるのだが」

「ぐす……はい、何ですか?」


 少女は涙を拭うと、伏し目がちに矢沢へ目を向けた。


「この近辺に村が見えたのだが、君はそこの住人かね?」

「えっと、それは……」


 どういうわけか、少女は目を逸らしながら震える声でごまかしてくる。


「艦長さん! もう、この子が怖がってるじゃないですか! 本っ当にデリカシーがないですね!」

「す、すまん……」


 そんなつもりはなかったのだが、少女を怖がらせてしまい、波照間も怒らせてしまった。女性の扱いは難しいものだ。

 波照間は少女の頭を撫でると、少しばかり膝を折って少女と同じ目線に立つ。


「ごめんね、びっくりさせちゃって。あたしは波照間香織。あなたは?」

「私……アメリア。アメリア・フォレスタル」

「アメリアちゃん? いい名前ね。あたしたち、ちょっと道に迷って困ってるの。この人が言ってた村に行きたいのは、食べ物とか情報がほしいからなの」


 波照間は母親のように優しい声をかけ、彼女をピタリと泣き止ませてしまった。

 少女もすっかり安心しきっているようで、波照間に顔を向けていた。


「迷ってるって、空を飛んでいけるのに?」

「空を飛べるから迷わない、なんてことはないの。あたしたちは船で来たんだけど、ドラゴンが襲ってきて、倒したと思ったら知らない場所にいた、っていう感じかな」

「え……ドラゴンを倒したんですか? 本当に!?」


 アメリアと名乗る少女は矢沢らがドラゴンを倒したと聞くなり、涙を溜めたままの目を丸くして波照間に詰め寄った。先ほどまでの弱々しい姿とは大違いだ。


「うん、ヘリから見たし」

「間違いねえぜ。奴が死ぬのを、艦橋からこの目でしっかり見てるんだからな」

「鈴音たち艦橋要員だけではない。我々もCICのモニターとソーナーで確認済みだ」

「何言ってるかわからないけど、とにかくドラゴンを倒したのは本当なんですね……」

「あ、ああ。死骸もヘリで確認している」

「あなたたち、何者なんですか……?」


 アメリアの目が本気のそれに変わる。あどけない少女ではなく、こちらの正体を伺う探究者のそれだった。

 不安におびえる少女の姿は、もはや完全に消え失せていた。

 矢沢は一息置き、アメリアのバイオレットに輝く瞳をじっと見つめる。


「我々は自衛隊、異世界からやって来た」

「ジエイタイ……?」

「そうだ。自衛隊は国民を守る武力組織、いわば軍隊のようなものだ」

「軍隊……」


 アメリアは息を呑み、矢沢ら自衛隊員を見回す。

 軍隊、という言葉で威圧してしまったのだろうか。矢沢は後悔したが、アメリアが返した反応は矢沢が想像したそれとは違った。


「異世界の軍隊だなんて……えっと、いまいち信じられないというか……」

「では、証明してみせよう」

「え?」


 きょとんと目を点にするアメリアをよそに、矢沢は自身のスマートフォンを取り出し、カメラでアメリアを撮影する。


「きゃっ!?」


 カシャ、と軽いシャッター音が響くと、アメリアは短い悲鳴を上げた。


「さあ、見てみるといい」

「あ、これ……私……?」


 矢沢がスマートフォンで撮った画像をアメリアに見せる。そこには確かに驚愕の表情を浮かべるアメリア自身が映っており、彼女の目を丸くさせた。


「そんな、魔力を一切感じさせないのに、こんなに素早く絵を描けるなんて……」

「やはり、文明レベルはそこまで高くない、か」


 矢沢はアメリアの反応を確認すると、小さく独り言を呟いた。

 スマホどころかカメラさえも知らないと見えることから、文明レベルはそう高くない。だが、それでも村に行けば攻撃される危険性は未だ高い。


 それでも、矢沢は行かなければと考えていた。艦の命運は迅速な行動にかかっているのだから。


 矢沢はアメリアの澄んだ瞳をじっと見据える。


「私たちは困っている。よければ、この近くにある村と交流がしたい。案内してもらえないだろうか?」

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