7話 白き魔物

 SH-60K哨戒ヘリの任務は、護衛艦から発進して潜水艦の捜索や攻撃を行うだけではない。人員の輸送や救助も含まれている。

 パイロットなど必要要員を含め、搭乗員数は12名。本来なら9名が便乗できるのだが、必要物資の搭載を含め、燃料消費を抑えることを考慮すれば、地上で行動できるのは5名程度が限度となる。


 あおば後部のヘリ甲板には、矢沢を含めた5名の隊員が集合していた。各々が護衛艦配備の武器類や陸自の補給品から拝借したものを装備している。

 人員は元特殊部隊員である矢沢が選定している。陸自の波照間はもちろん、立入検査を行う部署である立検隊の経験者である鈴音、砲雷科と衛生科所属の2名を加えている。


 左舷側の格納庫シャッターが開き、SH-60Kが甲板に敷かれたレールに沿って引き出される。折り畳まれたローターが展開し、エンジンを起動して高い唸りを上げながら回転を始めた。

 矢沢はその様子をじっと見守っていると、ふいに波照間に話しかけられる。


「そういえば、艦長も出るんですか?」

「ああ、そもそも私は海上警備隊の元隊員だ。艦の指揮は松戸くんや当直が代行できるが、陸上での行動は私と波照間2尉が多く経験している。現地住民との接触も考慮するなら、責任者である私が出向く方が何かと都合がいい」


 矢沢は淡々と説明する。波照間は浮かない顔をしていたが、彼はあえて受け流すことにした。

 特別警備隊は海自が保有する特殊部隊だ。主に危険な船舶での臨検や戦闘を任務とするが、稀に海外派遣も行われ、敵地の偵察や掃討など海兵隊まがいなこともする。


「へえ、艦長が元特警隊だなんて知りませんでしたぜ。どうせなら、オレたちにも指導してくださいよ」

「では、帰ったら特訓だな」

「アイサー!」


 やたら大声を出す鈴音と、それに呼応するかのように回転数を上げるヘリのエンジン。未知の地域への出撃を目前にして、矢沢は年甲斐もなく冒険心をくすぐられていた。


             *     *     *


「ん、あぁー……気持ちいいー!」


 リットナー川の透明な流れに、アルルの大森林に満ちる虫や動物の鳴き声、木の葉が揺れる音、風の匂い。全てが生命の息吹を放っている。

 この大自然の中にいるだけで心が洗われるよう。最近までは、こんなことを考えている余裕も満足に与えられないのだから猶更だった。


 リットナー川自体は村の水源ではあるけど、取水場所より上流にあるこの小さな河原は私だけの秘密の場所。村のみんなにもバレてないし、そもそも生半可な腕で来られる場所でもない。

 軽く伸びをして、澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。


「ふぅ、落ち着くのは大事よね」


 身体がほぐれたところで、紫色の文様があしらわれたレースワンピースから下着まで脱いで、セミロングに切りそろえた銀髪からヘアピンを外し、生まれたままの姿になる。衣服は近くの岩場に置いておく。

 冷たい水に足を入れ、ゆっくりと肩まで浸かる。それから顔を洗って全身の汚れと疲れを落とす。


 最近は街道近くに魔物が出る頻度も減ったし、村は先の魔物襲撃から立ち直った。村の守護者も休む余裕が出てきた。だからこそ、ここで仕事を気にせずゆったりと時間を過ごせる。


 もちろん魔物の脅威が全くなくなったわけじゃない。でも、こうやって休むことだって大事だと私は思っている。

 拾った恩義を返せと言わんばかりに守護者に指定されて、戦いを強要されているんだから、この程度の贅沢は当然。


 小さな虫の声、さらさらと流れる水の音、何かを叩くかのような謎の音。それら全て、私を癒──


「……っ!?」


 明らかに自然の音じゃない、バタバタと聞き慣れない音がする。それに交じって甲高い耳鳴りのような音まで。


 ──まさか、敵襲?


 すぐに、そんな最悪の考えが頭をよぎった。こんな音を発する魔族なんて聞いたことがないけど、新種が出てきた、とも考えられる。


 その音の正体は、すぐさま私の視界に入ってきた。

 木々の上を飛び越え、「それ」が小さな河原の上にやって来た。


 白いハコフグの尻尾をやたら伸ばして、体の上に透明で巨大な円盤をつけたような、異形の魔物だった。


「う、うそ……」


 空を飛べる魔物といえばドラゴンが真っ先に思い浮かぶけど、それとは全く違う。

 ひとまず、服を置いてある岩場まで走って、そこに身を隠してやり過ごすことにした。河原の端にある岩場で、背後は森。服さえ着れば身を隠しながら逃げられる場所だった。

 空飛ぶハコフグはそのまま去っていくかと思ったけど、河原の真上辺りまで来ると、速度を緩めて空中に静止した。


「あれって、まさかホバリング……?」


 ホバリングは空中に静止する技術のことで、飛行術に長ける飛竜でも決して少なくない魔力消費を強いられる。それを難なくやってのけるなんて、凄まじい飛行技術と魔力を持っているに違いない。


 ほどなくして、それが河原に降りてきた。よく見れば、あれは生き物じゃなくて人が作ったものだった。中に人が乗っているのが見える。

 そして胴体の一部が引き戸のようにスライドして開き、中から誰かが出てきた。見慣れない格好をしているけど、私たちと変わらない人間に見える。

 一番年上らしい、青い帽子を被った短髪のおじさんが周りの人たちに何か言っているのはわかるけど、乗り物が出す音がうるさい上、言葉もわからなかった。


「うーん、そうなると……魔法防壁、展開」


 魔力の源である不可視の壁、魔法防壁を展開して操作し、「言葉の壁」を取り払う。

 これでおじさんたちの会話が理解できるはず。耳を澄まし、じっと聞いてみる。


「エグゼクター1はこのランディングゾーンで待機してほしい。私たち上陸班は村の偵察を行った後、危険がないと判断次第接触を図る。とはいえ、偵察は長期に及ぶだろう。ここで待機して構わない」

「了解。ご武運を」


「む、村に行くの!?」


 思わず大声が出てしまう。

 彼らが村に行く。とすると、もう連中に存在がバレているということ。敵だったらとてもまずいことになる。


「む……?」


 まずい! 年長の短髪おじさんが何かに気づいたようで、この岩場に目を向けてきた。声を出したのがいけなかったな。


「艦長、どうかしたんですか?」

「あの岩場から気配がする。確認に行きたい、航海長は私と来てくれ。他は援護を」

「了解」


 さっきのおじさんと、少し若い男の人がこちらに向かってくる。それも、両手には黒くて長い何かを持っている。剣や杖ではないけど、武器には違いない。


「ああ、まずい、まずいよ……」


 急いで服を取り、森の方に駆け出す。


「あっ──」


 岩を踏んだと思ったら、滑って浅瀬に落ちてしまった。水を飲んでしまい、たまらず咳き込んで水面に顔を出した。

 すると、短髪のおじさんが岩場に立ち、例の黒い武器をこちらに向けていた。小さな目と精悍な顔立ちが印象的だったけど、その表情は真剣そのものだった。


「誰だ、手を上げ……!?」

「き、きゃああぁあああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあああぁぁぁぁ!!」


 おじさんが頬を紅潮させたのは見えたけど、裸を見られた恥ずかしさで、思わず魔法の火球を相手に投げてしまった。

 ドカン、とその場を爆発音が覆った。

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