6話 空からの目

 この世界が別世界なら、そこに生きる生物たちへの関心が湧かないわけがない。

 どのような生物がいるのか、食べられるのか、危険ではないのか、知的生命体はいるのか、いるとした上で、どれほど文明が発達しているのか。疑問は尽きない。


 それをCICでスキャンイーグルから送られてくるビデオ映像が示してくれる。

 現在、スキャンイーグルは3機が飛行中で、中央の大型モニターには3機が捉えている映像が送信されてくる。


 偵察開始から3時間、今のところは森とシルエットしかわからない小鳥程度しかないが、辛抱強く待つしかない。

 スキャンイーグルの操縦システムは専用の小型操縦セットのみで済む。CICのコンソールからでも操作可能であり、そこから操縦を行う。


 1機の操縦を担当する佳代子はため息をつきながらジョイスティック型操縦桿を動かしている。時たまに機体をロールさせて遊んでいることから、かなり退屈しているのだろう。


「かんちょー、何も映らないんですけど、どうすればいいですかー」

「何か映るまで偵察を続けてくれ」

「ううー」


 ヴァイパー3のパイロットである陸自の三沢和子2尉は淡々と操縦を続けるのに対し、ずっと階級が上の佳代子は2時間前から文句ばかりだ。なぜ自衛官になれたのか不思議でならない。


「もっと低空を飛んでみましょうよ! 人を探すならもっと低い方がいいに決まってますっ!」

「大事な機体を破壊すれば、君の給料で弁償してくれるのかね」

「うー……」


 佳代子はうめき声を上げて肩を落とす。自信が無いようだ。


 偵察飛行、それもどこにいるかもわからない物体を探し出すのは至難の業だ。

 湾岸戦争では弾道ミサイルの発射を阻止するため戦闘爆撃機を出したらしいが、結果は大失敗。ダミーも多く、仕留められたのはごく少数だったという。GPSや偵察衛星の支援があったとしても、空からの探し物は難しいのだ。


 矢沢がぼんやり考えていると、もう1人の操縦士である波照間の機体に変化があった。


「艦長さん、前方に河川を発見しました。これより川沿いに上流へ向かいます」

「わかった。慎重にな」


 河川の発見は重要な報告だ。集落は水のあるところにできる。

 波照間の映像を見れば、眼下に広がる緑一色の絨毯を横切るように、濃いエメラルドグリーンに輝く川が流れているのが見える。川幅は日本の一級河川程度と、さほど広いわけではない。

 船務長の菅野も波照間の映像を注視しつつ、映像の録画を忘れない。


「これで人影でも映っていれば、驚かせて反応を見るっていうのもできますけどね」

「それだけではダメだ。実際に接触しないことにはな」

「わかっています。少しのおふざけですよ」


 菅野の言う通り、確かに反応を見ることは有効ではある。どのような文明形態を持っているか、驚くだけか臨戦態勢を取るか、それとも一目散に逃げるかだけでも、どのような暮らしをしているか、どのような環境に置かれているのか、それが垣間見えるはずだ。

 しかし、逃げられてしまえば元も子もない。目的は接触であり、威嚇することではないからだ。


             *     *    *


 川を見つけたのはいいものの、めぼしいランドマークは一向に見えてこなかった。偵察は昼間のうちだけに限定し、昨日発見した川沿いを飛び回っているにも関わらず。

 やはり、空中からの探し物は極めて難しい。スカッドのような弾道ミサイルより遥かに大きいはずの集落一つ見えないとなると、この辺りには誰も住んでいないのかもしれない。


 いや、そもそも人が住んでいない世界なのかもしれない。そういう疑念さえ持ってしまう。

 スキャンイーグルの操縦士は二時間おきに何度も交代しているが、後半になってくると鋼のメンタルを持つらしい三沢以外の誰もが、最初から何も期待していないような虚ろな目をモニターに向けるようになった。

 数分前に交代したばかりの佳代子に至っては、艦橋からCICに降りてきた時点で弱音を吐いていた。


「かんちょー、そろそろ帰還させてお休みしましょうよー。それで、明日は上陸してみんなで村か何かを作って、助けが来てくれるのを待つんです」

「しかし、それではジリ貧ではないですか? 私は探し続ける方に賭けます」


 三沢は右のもみあげをクルクルと指でいじりながら言う。全く疲れを知らない精悍な顔は、崩れることなく鋭い目線をモニターに投げかけていた。


 その時だった。森の上をのんびり飛んでいた佳代子のスキャンイーグルが、開けた広場を発見したのだ。

 それだけではない。広場はサッカーグラウンド並の大きさがあり、その中には茅葺きの小屋がいくつも建っている。家の周辺には畑が広がっているようで、そこで働いていると思しき人影もばっちり写っている。


「これは……やりましたよかんちょ! 集落です、集落ですよお!」

「よーし! 艦長、意見具申。このまま偵察を継続し、危険がなければ隊員を接触させましょう」

「いや、今すぐ行く」


 菅野からの意見を却下し、矢沢はこの村へ急ぐことにした。確かに全く未確認の村落であり情報は何もないが、危険度は低いだろう。

 この村は外敵に備えるための垣根が見当たらず、武装した歩哨が見回っていることもない。畑の開墾具合や家を見ても、攻撃的な未開の民族という印象は受けない。


 人数の少なさもある。家の規模から1軒には1世帯が限界だろうし、その家も数十件程度と極めて小さい。こんな村で戦えるだろう人数は数名程度にしかならないはずだ。

 この規模ならば、戦闘になってもヘリの援護があれば隊員は無傷で逃げられる。そう踏んだからだ。


 それに、事を急ぐのは別の理由もある。彼らが別の集落や町と繋がりがあるなら、燃料を入手できる可能性も高まるからだ。

 食料だけではない。燃料がなければ艦が完全に停止する。武器が無くなるどころか、食料を保存する冷蔵庫すら使えなくなるのだ。燃料の確保は極めて重要といえる。


 もちろん質が悪くてもいい。整備も大変になるだろうが、航海に出なければ航海科の連中を修理の手伝いに回せる。艦の維持だけに重点を絞り、村の助けを借りて行動範囲を広げ、最終的に元の世界に戻る。矢沢の戦略は積極的な行動を前提としている。


 だが、入念な事前偵察もなく未知の村と接触を図るなど、狂気という言葉ではあまりに生温すぎるほどのありえない行為であることも矢沢は自覚していた。

 大航海時代に『新大陸』を発見したコロンブスは、どのような気持ちで現地住民と接触したのか。そんなことを考える余裕はあったものの、やはり未知の土地と住民、という点に不安を隠せなかった。


 とはいえ、1日たりとも無駄にはできない。どれだけ節約しようとも艦は常に燃料を食う。1ヶ月後には燃料である軽油が底をつき、最新鋭のイージス護衛艦は海を漂流するだけの粗大ゴミと化す。

 そうなれば、二度と日本には戻れない。それまでに日本へ戻る手段を何としても確立しなくてはならないのだ。

 矢沢はディスプレイに映る村を眺めながら、意を決して佳代子に呼び掛けた。


「副長、シーホークに出撃命令を出してもらいたい。それと、先ほどの画像解析も頼む。上陸班の選定は私が行う」

「はい、りょーかいです!」


 朗らかに笑いながら敬礼する佳代子。その後に続き、顔色一つ変えない三沢も敬礼する。

 ここからが正念場だ。あの集落との接触に成功すれば、最悪な状況も多少はマシになる上、日本に帰る糸口を発見できるかもしれない。

 何が何でも失敗できない。この艦を預かる者としての責務を、ここで果たさねば。

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