69話 最悪の結末

 邦人たちは謎の広範囲魔法攻撃を受けていたようで、かなりの人数が倒れているか木陰に寄りかかっていた。

 爆発は木々をなぎ倒し、邦人たちを吹き飛ばしていた。まるで爆撃を受けた跡のように。

 矢沢は近くに倒れていた濱本に駆け寄ると、体を揺すって起こした。


「濱本、濱本! どうしたんだ、状況を報告せよ!」

「か、艦長……どこからか、攻撃を、受けて……」


 濱本は顔に軽い火傷を負い、苦しそうに胸を上下させて呼吸していた。声もかすれ気味で、だいぶ弱っている。


「わかっている。他には?」

「シュルツが、連れ去られそうに、なりました、けど、大宮が、阻止、しました……」


 濱本が指を差したところを見ると、シュルツがやや離れたところで倒れているのが見えた。胴体に何発か銃創が見えているので、大宮が銃撃したことはわかった。

 それに加え、付近には敵兵の死体もあった。濱本らが力を振り絞って応戦したのだろう。結果だけ見れば相打ちだ。


 だが、それよりも重要なことがある。邦人たちの被害状況を確認しなければならない。


 矢沢は濱本を置いて周囲を捜索した。倒れた木の下敷きになって死んでいる女性もいれば、広範囲に火傷を負って今にも死にかけの青年もいる。

 かなり威力が高い魔法が使われたことは確かだ。この火力が自分に向いていたらと思うと恐怖を覚えたが、一方で自分に向いていればどれほどよかったかと考えてしまう。


「くそ、また、私は……」


 またもや、邦人を守れなかった。不甲斐なさと悔しさ、そして死者や遺族への申し訳なさが滝のように溢れ出てくる。

 なぜこのようなことになってしまったのか。自然と涙が流れ出し、地面にポタリと落ちた。


            *     *     *


 ヘリを誘導しつつ、生存者をあおばに送り返す。アクアマリン・プリンセスにはヘリポートが無いので、あおばに送るしかないのだ。


 最終的に、5名の死者が出てしまった。アメリア曰く、我々地球人は魔法防壁が形成されてから日が浅く、総じて防壁の能力が弱いせいで魔法の威力をほとんど減殺できなかったことで死者が増えたらしい。


 対するあおば側も、リーノ港から出撃した警備艦と戦闘を行っていた。艦砲で敵をアウトレンジから攻撃でき、グリフォンもいなかったのであおばが圧勝していたが、それでも場所が割れていることには違いない。


 ハイノール島の調査は済んでいないが、これ以上の被害を出さないために場所を移動することが即時決定された。具体的にはアセシオンの本土にとんぼ返りすることになる。


 ただ、アクアマリン・プリンセスのトップスピードを出していた行きとは違い、なるべく速度を落としつつ移動する必要があるだろう。何としてもスパイを炙り出すためだ。


 起こってしまったことはもう仕方ないが、今後の再発は必ず防止する。矢沢はアクアマリン・プリンセスのプロムナードデッキから海を眺めながら決意を固めた。


「どないしたん? 元気少ないなぁ」

「うん……? あぁ、何でもない」


 気づけば、瀬里奈が心配そうに矢沢の顔を覗き込んでいた。

 彼女はまだ子供だ。大人の嫌な話など聞かせるわけにはいかない。軽く頭を撫で、何でもないように笑ってみせる。

 だが、瀬里奈はそれをわかっていたのか、厳しい目を私に向けてくる。


「何言うてんねん、船ん中は誰がスパイやて噂で持ち切りやで。それに、自衛隊のおっちゃんたちは客を見殺しにしたって話もされとる」

「なんだと!?」


 瀬里奈の言葉に、矢沢は戸惑いを隠せなかった。


 スパイがいるのではないかという話は、あくまで幹部と出撃した上陸班、そしてロッタとアメリアしか知らないはずだ。

 それが漏れているということは、そのうちの誰かが漏らしたか、スパイが意図的にリークした可能性がある。


 おまけに、根も葉もない風評まで立ち始めている。

 いずれにせよ、スパイにいいようにされていることは確かだ。


「おっちゃん、うちもスパイ探しに協力するで! どんなアホか知らんけど、そのスパイのせいで何人か死んだんやろ? そんなもん悔しいやんか!」

「瀬里奈……ダメだ。危険すぎる」

「何でやねん! アメリアから魔法も教えてもろてるんやで!」


 瀬里奈は矢沢ににじり寄りながら怒鳴りつけるが、矢沢は譲ろうとはしない。


「ダメといったらダメだ。下手に動けば殺されるかもしれないんだ」

「うちは大丈夫や! 魔法使えるし、逃げ足も早いもん!」

「何度言えばわかるんだ、危険すぎる」

「うちだって協力したいんや! このアホー!」


 不毛な押し問答を続けるが、しまいには瀬里奈が膨れて悪態をつくと、船室に飛び込んでしまった。


 アメリア曰く、瀬里奈には魔法の才能があるらしい。瀬里奈自身の頼みもあってアメリアが魔法の教師をしているが、矢沢はそれが結果的に瀬里奈の命を脅かすのではないかと心配していた。


 瀬里奈がどれだけ魔法の腕を上げようと、自衛隊の活動に介入すれば彼女の身に危険が及ぶ。そうなれば、あの邦人たちのように命を落とす可能性が大きく跳ね上がってしまうのだ。


 子供が死ぬようなことは絶対にあってはならない。矢沢はプロムナードデッキに係留されているテンダーボートに乗り込み、あおばへと戻った。

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