68話 フォレスト・アサルト

「各自、即時散開! 前方に進出して邦人の盾になれ!」


 矢沢の指示で自衛隊員たちが木で身を隠しつつ前進し、ハンドガンで応戦する。偵察任務故に武装は最小限とされ、アサルトライフルを持ってきていないせいで火力が低く、敵の攻勢を止められない状況下にある。


 敵は少なくとも30人程度と矢沢は目算していたが、森の奥から魔法で生成された火球が飛んでくることから、それよりも数は多いだろう。


 だが、それでも邦人たちに被害が及ぶのを防ぐため、自衛隊員たちは前進せざるを得ない。


「アメリア、敵の突撃を破砕してくれ!」

「はい! 行きますよ、せやーっ!」


 アメリアは頷くと、突撃してくる軽装甲冑の兵士たちに白い極太のビームを放った。林立する木々と共に数名の兵士がビームに巻き込まれ、ボロボロになった体を地面に横たえた。

 あれだけの火力を受けておきながら、兵士たちはまだ息があった。魔法防壁の恩恵は思ったより遥かに強力らしい。


 続いて、アメリアお得意の大ジャンプで街側へ着地、指揮官と思しき人物の捜索を始めた。


「このままではまずいな……副長、艦砲射撃で支援してくれ」

『もちろんですよう! 今そちらにシーホークとヴァイパーを送るので、もう少し待っててください!』


 佳代子が慌て気味に連絡を入れると、そのまま通信機を切った。このままではまずいことに変わりないが、火力支援要員が来てくれるとなれば戦闘も少しは楽になるだろう。


「波照間、私と一緒に来い! 他は邦人を連れて後退しろ!」

「「「了解!」」」


 波照間は矢沢から数メートル離れたところで木の陰に隠れ、その他の隊員は邦人たちを誘導しながら島の裏手に避難していく。


 前線はアメリアがヒットアンドアウェイで敵の攻撃を潜り抜けながら戦ってはいるものの、やはり敵が放つ火球や電撃で攻撃を阻まれ、苦戦している状態にある。


『ヤザワさん、私も魔力が切れそうです!』

「くそ、このままでは持たないぞ」


 矢沢は頭を抱えた。ハンドガンは自衛用のサイドアーム故に弾は潤沢には用意されていない。矢沢も波照間も弾が尽きかけている。

 こんな時にロッタがいてくれれば、多少はマシになったのだろうか。


 そう考えていると、遠くで爆発音がした。矢沢の背後だ。


「何があった!?」

『艦長……敵の、奇襲です……!』


 大宮が力なく答えるが、音声はすぐに途切れた。


「大宮、大宮! 返事をするんだ!」

「艦長さん、ここは一度後退しましょう! アメリアちゃん、戻ってきなさい!」

「わかった、撤退だ」

『は、はいっ!』


 邦人たちがいる後背で爆発があったということは、別動隊がそちらに回り込んでいたことを意味する。彼らは最初から我々の位置を掴んでいたのだ。

 そうなると、やはりフロランスやロッタだけでなく、自衛隊員の情報もリークされていた可能性が極めて高い。それどころか、騎士団と自衛隊を分断するための作戦だったとも考えられるのだ。


「一体、どうなっているんだ……」


 矢沢は近づいてくる敵兵を撃ちながら考えを巡らせていた。

 スパイがいることは確実、それもかなり高いレベルの情報共有を可能としていることは確かだ。


「スパイ狩りか……やりたくはないのだが」


 まさに恐れていた事態だ。守らなければならない仲間を、疑うことになるのだから。


 組織の長として、組織の保全は重要命題だ。それを差し引いても、裏切り者の捜索と処罰は単純に人としてやりたくない行為だ。

 神経をすり減らすどころか、スパイを発見してもなお仲間への疑いが晴れることはない。今度は誰かが裏切ってしまうかもしれない、という恐怖心や猜疑心と隣り合わせの状態で日本への帰還と邦人捜索を進めなければならないとなると、隊員たちの士気がどれだけ下がるかわかったものではない。


 弾の残りが数発となったところで、遠方からローターの駆動音が響いてくる。ヘリが来た証拠だ。矢沢はすぐさま信号弾を発射しながら通信機を取る。


「こちら矢沢。信号弾から北に数十メートルの地点に敵が潜んでいる。ロケット弾で掃射してほしい」

『ウィルコ。離れてください、10秒後に射撃を行います』


 ヴァイパーのパイロットである三沢が手短に指示を出す。矢沢は波照間やアメリアと共に後方へ退避した。

 すると、後方からロケット弾が連続発射された。敵陣から次々に爆発が起こり、周囲の木々をなぎ倒していく。


「くそ、なんだ!」

「回復魔術師はどこだ!」


 敵がロケット弾の攻撃により混乱している。今なら火力支援で敵を蹂躙できるだろう。矢沢は再度あおばへ通信を入れる。


「副長、ヴァイパーが攻撃した辺りに艦砲射撃を集中させてほしい。このままでは邦人を退避させられない」

『はい、りょーかいです!』

「よし、それで──」


 通信機を切ろうとした時、草を踏んで走るような足音が聞こえた。それに気づいた時には、矢沢の眼前に1人の敵兵士が躍りかかってきたのだ。


「貴様、よくも!」

「──っ!」


 炎をまとった剣を上段に構え、一気に振り下ろしてくる。

 いつの間に接近されたのかわからない。とにかく、普通に警戒していた限りでは駆け寄れる範囲には誰もいなかったのだ。

 波照間は弾切れ、アメリアも近づいていた敵兵に対応していた。気づいていたとしても、矢沢への攻撃を防ぐことはできなかった。


 やられる。そう思った時だった。


「邪魔だ!」


 眼前から敵兵士が消え、代わりに見覚えのある小さなツインテールの少女が現れた。敵兵士は剣で胴体の甲冑を叩き割られ、そのまま遠方へ吹き飛ばされていった。


「ロッタ!」

「何度ロッタと呼ぶなと言えばわかるのだ!?」


 ロッタは最初こそ怒鳴り散らしたが、すぐに息をついて不敵な笑みを浮かべた。


「すまないな。奴らに追われてはぐれてしまった」

「別にいい。それより、どうしてここが?」

「ここがLZだということは把握していた。そのままお前たちから奴らを引きはがしてやろうと思ったのだが、道中で伝令がやって来て兵の一部を引かせたのでな、お前たちが危ないと思ったんだ」


 周囲の警戒を行いながらも、冷静に淀みなく説明するロッタ。やはり彼女は戦場にいてこその彼女なのかもしれない。


「では、奴らは伝令を使っていると?」

「確かに信号缶や防壁操作で遠距離の敵兵に情報を伝達する手段はあるが、それでは秘匿性に大きく欠ける。秘匿通信は伝令に頼るのがこの世界での常識だ」

「秘匿性に大きく欠ける、か……」


 この世界での遠距離通信では、基本的に魔力の波を使うことで通信を行う。しかし、それは電波での通信というより大声に近く、無指向性かつ不特定多数に聞かれることになる。秘匿性を保つとなれば伝令を使う他ないのか。


「わかった。まずは敵を駆逐してほしい」

「任せるがよい。お前たちは早く撤退しろ」


 ロッタは改めて剣を構え、近づいてくる敵兵を攻撃し始めた。


 その後、あおばは敵が固まっている場所にこれでもかと5インチ砲弾を叩き込み、敵を撤退させることには成功した。

 だが、それでも払った代償は少しばかり大きなものとなってしまっていた。

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