67話 女の敵

「では、発動します。──摂理の目!」


 アメリアが叫ぶと、服に描かれた紫の文様が強く発光し始めた。彼女曰く、この服は魔法防壁を補助するまじないが施されているらしく、効率的に魔力を集めることができるらしい。

 摂理の目は数日前の艦隊戦でも使った、アメリアを起点とした半径20キロメートルの範囲を全て見通す魔法らしい。シュルツの話が一切信用できなくなった今、彼女の魔法で残りの捕まった人々を探すことにしたのだ。


 それから十秒と経たないうちに、アメリアは力を抜いて深呼吸を始める。


「大丈夫か?」

「はい、終わりました。おじさんの寝室に女の子が1人います。迎えに行きましょう」


 アメリアは静かに言うと、そそくさと階段を駆け下りていく。

 権力者の寝室に少女が1人となると、彼女の待遇がどのようなものかは容易に想像ができた。アメリアは少女の姿を見てしまったのだろう。


「波照間、行こう」

「ええ、もちろんです」


 それを察してか、波照間も眉根一つ動かすことなく頷いた。

 やはり、女性の視点から見れば絶対に許せないことなのだろう。その証拠に、波照間はシュルツの背中を乱暴に押したかと思えば、臀部でんぶにも足でダメ押しを加えて階段から蹴落としていた。シュルツの情けない悲鳴と共に、重厚感のある衝突音が階段に響いた。


「波照間、やめたまえ」

「……承知しました」


 もはや冗談を言うことも、謝罪することさえない。


 女の敵。アメリアや波照間のシュルツに対する評価はそうなってしまったのだろう。

 だが、これも彼が招いたこと。矢沢はかぶりを振ってその場を後にした。


   *


 寝室のドアには鍵がかかっていたが、鍵穴を銃撃して強引にこじ開けることで中に入れた。

 天蓋付きのロココ調に近い優雅なダブルベッドと水差しが置かれたサイドテーブルが壁際に置かれていた。


 アメリアが見たという少女は、ベッドからこちらを怯えた表情で見つめていた。純白の掛布団を被りながら、目をぐるぐると回している。

 黒い前髪を切り揃えたロングヘアの少女で、年齢はおおよそ15歳は行っていないように見える。顔立ちも典型的な日本人らしく平たい。


 矢沢はなるべく驚かせないように、少女へと話しかける。


「君、名前は?」

「う……」


 それでも怖がられてしまったのか、少女はカタカタと小刻みに震えてしまう。どうにも子供には好かれないタチらしい。


「もう、これだから艦長さんは……」

「はは、すまない。君がやってくれた方がよさそうだ」

「了解」


 波照間は微笑みながら返答するなり、少女に歩み寄っていく。

 少しばかり生臭いベッドに腰かけた波照間は、少女にそっと笑みを送った。


「ごめんね、驚かせちゃって。あたしは波照間香織。日本から来た自衛隊員なの。あなたは?」

「日本……日本の人……?」

「そうよ。あなたを助けにきたの」

「あ……わたし、藤村朱美……」


 少女はか細いながらも声を絞り出した。名前からして日本人であることは間違いない。

 波照間は少女こと美咲の頭をそっと撫で、自身へ抱き寄せた。


「もう大丈夫。助けに来たから」

「うん……っ、うっ、ううっ……ママに会いたい……」


 朱美は波照間の胸で静かに泣いた。


  *


「これが売却記録です。総勢120名の邦人が既に売却済み、何らかの理由で殺害された者も3名いるようです」

「わかった。殺人犯に関しては追って調査を行おう」


 大宮から資料を受け取った矢沢は、森の開けた広場でヘリを待つため赤い信号弾を上げた。


 すると、数分もしないうちにSH-60Kが上空へ飛来し、ホバリングして着地地点を確認すると慎重に降下し始める。

 矢沢を含めた自衛官5名にアメリア、シュルツ、そして邦人33名が広場の外縁に集まり、ヘリの降下を待っている。


「やっと戻れる……」

「母さん、無事かな……」


 救出された邦人たちが口々に話をしている中、ヘリが広場へ着陸した。


「では、まずは健康状態が悪い方、そして高齢者を優先的に搭乗させます。その次はお子さん、女性の順です」


 佐藤がヘリへ誘導を行い、まずはひどい性的暴行を受けた朱美と風邪を引いている若い青年と女性が2名ずつ、殺害されずに済んだ高齢者4名が搭乗した。


「よし、離陸してくれ」

『ラジャー』


 SH-60Kのパイロットである萩本が短く返すと、ヘリがふわりと空中に浮かんだ。そのまま高度を上げると、機体を少し前傾させてあおばへと向かった。


 まだヘリの速度が上がらない中、街の方角から赤い光の球が森の上空を飛翔し、SH-60Kの胴体に直撃した。

 ドカン、と炸裂音が森に響き渡ると、邦人たちが騒ぎ始めてパニックになった。


「嘘だろ……」

「萩本3佐、萩本3佐! 大丈夫ですか!?」

『こちらエグゼクター1、飛行に支障なし!』


 普段は飄々としている萩本の声色にも焦りが見られたが、どうやら飛行はできるらしい。波照間は息を呑みながら煙を噴くSH-60Kを見送った。


 地上からの目視では、ヘリの尾部に装備されている磁気探知機が破壊されていた。黄色と赤の市松模様に塗装された魚型のパーツだが、爆散して完全に消失している。機体の外殻にも焼け跡や穴が開き、磁気探知機の後部に装備されていた箱型のチャフ・フレアディスペンサーも被害を受けている。


「く、どうなっているんだ……皆さん、すぐに隠れてください!」


 矢沢は9mmけん銃を抜きつつ、木の裏に隠れながら声を上げた。しかし、邦人たちはパニックを起こすばかりで、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「アメリア、状況確認を頼む!」

「近くで魔力の反応があります! 街の兵士たちが攻撃してきているんだと思います!」

「くそ、こんな時に……」


 矢沢は思わず悪態をつく。ヘリを狙われただけでなく、邦人たちを守らないといけない中で戦闘をしなくてはならないのだ。

 だが、ここで諦めてしまうわけにはいかない。何としても彼らを守らねば。

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