66話 嘘つきは商人の始まり
「そうか、フロランスが……」
「はい。シュルツおじさんに奴隷供給の疑いがあるから調べてきてほしいって言ってました」
事の経緯をアメリアや濱本、シュルツから聞いた矢沢は、メモを取りながら渋い顔をしていた。
奴隷商売は有史以前から行われてきたものではあるが、ここ数十年のうちに市場が泡のように膨れ上がり、不足しがちだった労働力の補填として取引された奴隷は、いつの間にか彼ら自身が価値ある商品として扱われ始めていた。
フランドル騎士団の所属者には、支配層に怒りを抱く元奴隷も多いと聞く。騎士団の支援者が奴隷貿易をしていたと知れれば組織の統制力が弱まることをフロランスは恐れていたのだろう。
それに加え、アセシオンの領主軍や皇帝の騎士団でも腐敗している者たちは奴隷の闇商売で利益を上げていることも多く、単純に彼らへの資金流出を止める目的もあるのだろう。
フロランスの許可があるのならば、シュルツへの強制捜査は今すぐにでも行える。シュルツは騎士団の支援者だが、その支援先が調査をしろというのだから、その後のことは我々の自由だ。
矢沢はシュルツに厳しい目を向けている濱本に声をかけた。
「濱本、君の情報がほしい。屋敷を歩き回ったのなら、多少の情報は持っているのだろう」
「もちろんです。立入禁止のエリアも多かったので、そこを探索してみましょう」
「決まりだな。これより調査に移る」
* * *
シュルツは捕縛され、矢沢とアメリア、波照間が販売待ちになっているだろう奴隷の捜索に当たることになった。他の隊員は取引記録の捜索に当たる。
もしかすると、その中に邦人がいるかもしれない。そうなれば彼がアセシオンとの闇取引に関与しているという証拠にもなるのだが。
矢沢らは全面的に立入禁止になっている東の離れに来ていた。離れと言っても、その規模は都市部の小規模ホテルにも匹敵する大きさだ。
警備員らしい燕尾服の男は捕縛されたシュルツを見るなり、事情を察してか何も言わず道を空けた。渡り廊下を通り、離れに入ると屋敷とは違う、どこか重い空気が漂ってくる。
「艦長さん、ここにいるかもしれないんですね」
「数名程度なら母屋に押し込めるが、継続的に商売をするとなると、このレベルの建物は必要だろう。ここで間違いないはずだ」
矢沢は手あたり次第にドアを開けていき、奴隷たちの捜索を行っていく。
1階は主にインゴットや鉱石など、表の商品が並んでいた。2階は密輸品ではあるものの、フランドル騎士団に出荷する武器の類だ。数は少ないものの、アメリアによれば品質はかなりいいものらしい。
そして、残る3階。矢沢が階段のすぐ傍のドアを開け放つと、予想通りの光景が飛び込んできた。
学校の教室より広い大部屋に、多数の奴隷が押し込まれていた。100名以上囚われているのは確実で、誰も彼もが膝を抱えて床に座り込んでいた。
人族だけでなく、エルフやトカゲ人間、猫の顔をした獣人も見える。一様に粗末な服を着せられ、矢沢を呆けた表情で見つめてくる。
「うっ……そんな」
波照間は思わず目を逸らした。風呂にも入れていないのか、部屋全体が異様な臭いを発しており、彼らの間をネズミが駆け抜けていた。
「シュルツ、これで全員か?」
「は、はい」
背後でナイフを突きつけられたシュルツは怯えながら言う。アメリアはそんなシュルツを冷たい目で見つめていた。
矢沢は湧きあがる怒りを堪えながら、部屋に向けて大声で言い放つ。
「我々は自衛隊です! アクアマリン・プリンセスの乗員または乗客はおりませんか!?」
「自衛隊……?」
すると、近くに座り込んでいた恰幅のいい中年女性が反応した。矢沢を見上げるなり、目を輝かせて立ち上がる。
「もしかして、自衛隊の!?」
「そうです。大丈夫ですか」
「はいっ! ああ、よかった……」
恰幅のいいおばさんは嗚咽を漏らしながら言う。今まで彼女がどれだけ辛い思いをしたのかはわからないが、こうして見つけられただけでもよかった。
その後、次々に手が挙がり、最終的に30名ほどの邦人が発見された。矢沢は通信機を使い、その旨をあおばへと報告する。
「こちら矢沢。邦人32名を確保。郊外にヘリを回してくれ」
『やりましたねかんちょー! りょーかいですっ!』
佳代子の声も普段と比べて上ずっている。インカム越しにCICで歓声が上がっているのもわかった。
だが、邦人を連れ出す際、そのうちの1人が気になることを言っていた。
「すみません、朱美ちゃんはどこにいるか知らないかしら?」
先ほどの恰幅のいいおばさんだった。彼女は報告を済ませた矢沢に近づき、目を伏せながら聞いてきたのだ。
「朱美さんですか。わかりませんが、どなたでしょうか?」
「ここに入れられる時に、1人だけあのオヤジに連れて行かれたんです。なんでも、お気に入りにするとかで……」
矢沢はアメリアの前で縮こまっているシュルツに目をやる。
「まさか、彼は嘘を……」
この大部屋にいるのが全員だと言っていたが、それは商品として売りに出す人々のことなのではないか。
そして、彼の所有物とされた人物は、まだこの屋敷に囚われているに違いない。
矢沢は意を決してシュルツに近づくと、背後から軽く首を絞めた。
「残りはどこだ。これ以上私を怒らせるな」
「う、あ……やめてくれ……」
シュルツはしまいには涙以外の液体を股間から流す始末だった。
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