65話 裏切られた気持ち

「ここから先は立入禁止です」

「ああ、どうも」


 濱本は廊下の先に立つ燕尾服の男に形だけのお辞儀をすると、踵を返して別の部屋へ移動する。


 この洋館はシュルツが所有する屋敷であり、働いている使用人の数に対して大きな規模を持っている。商談や一時的な宿泊施設としての機能も兼ね備える以上、屋敷にはもっと人がいてもおかしくないというのに。


 もちろん、シュルツ氏のプライベートスペースと思しき場所は立入禁止となっている。特に東の離れである3階建ての建物は入口で追い返される。


 これほどの規模を持つ屋敷を所有している上、美術品の類も多く、ルートヴィヒ・シュルツという人物が贅沢趣味を持っていることは確実だろう。

 鉱山労働者は現代こそ危険手当が出るだろうが、この世界にそんなものがあるかは疑わしい。奴隷を使って安価に希少鉱物を採掘し、武器商人などに高く販売することで利益は大きなものになるだろう。


 それに加え、武器流通にも関わっているのであれば、ある程度職人を抱え込むようなこともしているかもしれない。年間にどれだけの利益を得ているのか、濱本には想像だにできなかった。


「ん……?」


 濱本がサロンへ戻ろうとしたところ、見覚えのある人影が廊下を横切っていくのが見えた。

 丈が短い白ワンピースには、魔法陣らしき紫の文様があしらわれている。どう見てもアメリアだ。


「あの子、艦長の許可もなしに……」


 何だかんだ言って真面目な濱本は、放浪癖があるのかと疑うほどによく移動するアメリアに辟易していた。


 ハイノール島までの航海中にも、魔法を使ってあおばとアクアマリン・プリンセスを往復したかと思えば、海戦中に艦を飛び出していた。それに続き、今度はこの屋敷に単独で乗り込んできたのだ。


「はぁ、今すぐ連れ戻しに……うん?」


 濱本が気づいた時には、既にアメリアの姿は消えていた。


「あちゃ……」


 この何かと考え込む癖もどうにかした方がいいのはわかっているが、なかなかそうもいかない。

 とにかく、アメリアを探さなければならない。濱本はアメリアが向かおうとしていた方へ駆け出した。


           *      *     *


「アメリア!!」


 矢沢が書斎へ駆け込むと、アメリアにシュルツ、そして濱本の姿があった。


 シュルツは青ざめた顔で奥の壁際に座り込んでおり、アメリアは光の剣を手に持ったまま立ち尽くしていた。

 濱本はというと、アメリアに9mmけん銃を向けていた。

 3人とも入ってきた矢沢に向き直ったが、その表情は一様に強張っている。


「これは……どういうことだ」

「艦長! ちょうどよかった」


 濱本は矢沢の姿を見て落ち着いたのか、銃を下ろして射撃姿勢を解いた。全く理解できない状況の中、矢沢はまずアメリアと濱本に目をやる。


「濱本、アメリア、武器をしまえ」

「……はい」

「了解」


 アメリアは蚊が鳴くほどの声で言うと、光の剣を霧散させた。続いて濱本も銃に安全装置をかけ、腰のホルスターに収納した。


 それから壁際で固まっているシュルツに近づくと、手を差し伸べた。


「まずはお立ちください。話はそれからです」

「あ、ああ……」


 シュルツは呆気に取られた様子だったが、すぐに頷いて手を取った。

 とにかく、今は何がどうなっているのか知る必要がある。矢沢は誰も武器を持っておらず、攻撃態勢を取っていないことを確認した上で濱本に話を振った。


「濱本、何がどうなっているのか説明してくれ」

「はい。シュルツ氏と共にこの屋敷へ戻ったところ、アメリアが乗り込んできて彼に攻撃を仕掛けようとしたんです」

「攻撃? アメリア、君は説得をしに来たのではなかったのか?」

「それは……」


 アメリアはばつが悪そうに目を背けるが、すぐに彼に向き直り、眉根を寄せて強い言葉をぶちまけた。


「私は……悲しかったし、やるせない気持ちで一杯でした。おじさんも皇帝やエルフたちの悪事に手を貸していただなんて、そんなの、そんなの……」


 アメリアの腕がわなわなと震え、目には涙が浮かんでいる。


 そこで矢沢はようやく悟った。アメリアは両親を傷つけた者たちに怒りを覚えていたのではない。

 唯一の味方だと思っていたシュルツが、彼らに手を貸していたことに絶望していたのだ。やり場のない気持ちが、アメリアの攻撃衝動を突き動かしたのだろう。

 彼女にとっては、シュルツに裏切られたようにも思えているのだ。


 ならば、アメリアの心に溜まったわだかまりを解消してやる必要がある。矢沢はアメリアの頬を伝う雫を手で拭うと、彼女の目をまっすぐに見据える。


「アメリア、君はとても優しい子だ。どれだけ辛いことがあったのかは知らないが、それを他人にぶつけるのはよくない。たとえ、それが悪い者であったとしても」

「それじゃ……私、どうすればいいんですか?」


 アメリアは涙声で訴えかける。矢沢はそれを咎めるでもなく、できる限りの優しい声で続けた。


「我々自衛官は、人々の生命や財産を守るために戦っている。そういう意味では彼らのしていることは悪いことだ。しかし、それであっさり断罪してしまってはいけない。安易に戦う選択肢を取れば、自分も相手も傷つくことになる。それではいけない。だからこそ話をする姿勢が大事だ。君は聡明な子だ、できるね?」

「でも、でも……」

「わかった。今はできなくてもいい。傷は簡単には癒えない。一歩ずつ歩んでいこう」

「一歩ずつ……ううっ、あ、あああぁぁぁ……!」


 アメリアは矢沢の胸に顔をうずめると、嗚咽を漏らし始めた。

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