64話 天を衝く怒り
「おじさん!!」
アメリアが書斎のドアを思い切り開けると、書類整理に追われるシュルツの姿が目に入った。
「おじ……まさか、アメリアか!?」
ドアの音に驚いたシュルツだったが、アメリアの姿を見ると別の意味で再び驚くことになった。
マスクで顔の半分は隠れているが、紫がかった銀髪やくりんとした目、そしておじさんと呼ぶその声がアメリアと繋がったのだろう。
「久しぶり、おじさん……」
アメリアは肩で息をしながら言うが、声の乱れは息切れのせいだけではなかった。
シュルツが座る書斎机に近づくと、強い視線をシュルツに投げかけた。
「おじさん、奴隷を扱ってるって、本当ですか?」
「……その話をどこで」
「フランドル騎士団の人から聞いたんです。どうしてですか? お父さんがあんなことになったのは、腐った利権まみれの奴隷制度のせいなのに!」
「それは……」
シュルツは言葉に詰まり、アメリアから目を逸らした。
アメリアがシュルツを訪ねる度、彼は何をしても怒ることもなく優しい態度で接してくれた。聞きたいことは何でも答えてくれたし、やりたいことは何でもやらせてくれた。
そのシュルツおじさんが、ばつが悪そうに目を逸らしたのだ。
アメリアはこらえきれず、今までにないほど大声でピシャリと言い放った。
「おじさんなんて、最っ低!」
「アメリア……」
アメリアの目元に光るものが見えると、シュルツは力なく呟いた。
「おじさんみたいに奴隷の取引に手を出す人がいるから、お父さんがあんなことになったのに! 何で? ねえ、なんでってば!」
「それは……仕方なかったんだ。ここ最近は採掘される鉱石の質が落ちてきて、価格が安くなるばかりか需要も落ちてきた。リサイクル業者が幅を利かせてきたせいだ。だからと言ってリサイクル業者もさほど儲からない。特に私のように国際間貿易をする商人には痛いんだ。このままだと潰れると思った私は、利益の高い奴隷商売を行うことにした。奴隷の需要はかなり高いから、ある程度高くても買ってくれる。これも生き残るためさ」
「そんな……」
アメリアは力なく語るシュルツから目を背けると、歯を強く食いしばった。
奴隷制は富める者を堕落させ、貧しき者を苦しめる悪魔の契約だ。
かつてアメリアも父レセルドの庇護の下で何不自由ない暮らしをしていたが、彼が行方不明になってからは悲惨な運命を辿った。
例えよそ者を忌避するような連中だったとしても、オルエ村の人々は貧しいながら精一杯生きていた。仕方なかったとはいえ、アメリアもそこに迎合して生を繋いだ。
その一方で、シュルツは大きな財産を持つ大商人としての地位を手放すことをよしとせず、奴隷貿易に走った。
言い換えれば、自分の地位を失うことを恐れ、他人を食い物にするという安易な道を選んだのだ。それがアメリアには許せなかった。
両親はどちらも他人を食い物にする汚い権力者の餌食になった。矢沢は復讐を否定したが、やはり誰かがこのおぞましい仕組みを破壊しないことには、これからも不幸になる者が絶えず生み出されることになる。
そんなことが許されていいはずがない。アメリアはふつふつと湧きあがる怒りを拳に込め、机を力の限り叩いた。
「おじさん、もうやめてください。奴隷貿易から身を引いて、別の商売をしてください。そうしたら許します。けど、それでもやめないのであれば……」
アメリアは魔法防壁を解放し、魔力を収束させ始める。眉根を吊り上げ、静かに佇む様はシュルツにとって嵐の前の静けさにも感じられるだろう。
魔法が苦手な者にもわかるほどの圧倒的な魔力が、強い威圧感となってシュルツを襲う。
「アメリア、すまない、すまない! こうしないと生きられないんだ!」
「母が処刑されてから、私は小さな畑しかない村で暮らしていました。畑で取れない分は全て森から取ってきます。森には魔物が住んでいて、1ヶ月のうちに何度も村を襲撃して作物や人々を攻撃します。食事は多いとは言えず、常に死と隣り合わせの暮らしでしたが、私はこうやって生きています。おじさんが言っているのは、ぜいたくな暮らしの維持ですよね?」
アメリアは魔力が乗った腕で机をひっくり返し、じりじりとシュルツに迫る。
「フランドル騎士団への武器供給で罪滅ぼしをしているつもりですか? あの人たちは確かに国のためにと言いながら戦っていますけど、結局は国を作り直すことで自分たちが権力者に戻りたいだけじゃないかって思うんです。もう二度とごめんです、こんなにくだらない茶番の繰り返しは」
「あ、アメリア、君は何か勘違いをしているんだよ。奴隷は自分たちで生きられなくなった人々のセーフティネットになる。私たちは仕事を紹介する手助けをしているんだ」
「いいえ違います! アクアマリン・プリンセスの人たちも、お父さんも、帰る場所があったんです。それを奪ったのが奴隷制なんですよ」
「そ、それは……」
「もういい、もういいです。聞き飽きました」
何度言い返しても、シュルツから出てくるのは自己保身の念にまみれた言葉ばかり。アメリアは怒りの限界を越え、冷めきった声でシュルツを見限ると宣言した。
「やめ──」
アメリアは腕から光の剣を生み出し、ゆっくりと振り上げた。
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