29話 捕虜
フロランスが艦の補修を行うまでの間、矢沢は先の邦人救出作戦で捕縛した40代の兵士に会いに行った。
事前の調査では、持ち物から『デゼル・ジャレンス』という名前が判明している。階級も2人より高く、おおよそ下士官クラスと推測していた。
現在、アリサやパベリックを含めた捕虜3名は、居房と呼ばれる上等な牢屋のような部屋に軟禁されている。
矢沢は居房の前に立つ警衛の若い一士に敬礼すると、そのまま部屋に入る。
「具合はどうですかな」
「ふん」
矢沢は努めて丁寧に話をするが、相手側は取り合おうとしない。
デゼルは拳銃弾を連続で撃ち込まれ右脚を負傷したが、現在は弾を抜かれて治療中、車椅子に乗っている。アリサとパベリックは折り畳み式の椅子に着席し、矢沢とデゼルの様子を伺っていた。
しょうがなく、矢沢は一方的に話をすることにした。
「まず、あなた方に話しておくべきことがあります。それは、あなた方の処遇に関して、です」
処遇、と聞くなり、アリサの表情が翳った。パベリックは顔色一つ変えず、デゼルもそっぽを向いたままだ。
「我々の世界には、ジュネーブ条約とハーグ陸戦条約という捕虜に関する国際条約がある。それに則り、あなた方の身分はアセシオン帝国の軍人として保護されることになる。詳しくは後に書面で知らせますが、決して奴隷的な扱いはせず、虐待などの非人道的行為はしないと確約いたします」
「では、なぜ我々は捕まっているのか説明を願いたい」
低い声でパベリックが言う。矢沢は淡々と答えた。
「逃亡の恐れがあると判断したためです。あなた方を逃がすわけにはいかない。難破船の保護も行わず、人員に非人道的な行為を行ったことへの責任は果たしてもらう」
「非人道的な行為? 何だそれは」
今度はアリサが怪訝な顔をする。
「難破船の乗員乗客に不必要な苦痛を与えたことだ。乗客たちの聴取によると、移動は奴隷化目的の脅しを伴う強制移動で、なおかつ幹線道路を通らず山岳機動を民間人に強要している。民間人には傷病者も含まれていた。これは決して看過できるものではなく、我々の世界では人道上の罪とされ国際的な制裁の対象となる。あなた方が知る由はなかったとはいえ、人間に対する残虐行為は我々も看過することはできない。そこで、ハーグ条約に則り軽い労働という形で償ってもらうことになります」
「つまり、お前たち基準では許されないことをしたから罰を受けろと、そういうことだな」
「それで構わない。ただし、ジャレンスさんは治療が終わるまで労働は免除します」
パベリックの確認に同意する矢沢。彼は理解が早くて助かる。
同時に、アリサが矢沢の顔を覗き込みながら問いかけた。
「それで、何をさせるの? まさか、間諜をしろ、だなんて言わないわよね?」
「現時点で持っている情報は提供してもらうことになるものの、基本的には戦闘に関係のない業務を担ってもらいます。例を挙げれば、保護したアクアマリン・プリンセス乗員乗客のメンタルケアや食事の配給、魔物からの客船の防衛がせいぜいかと。もちろん、労働の対価として給料は支払います」
こちらの通貨が手に入った場合、という注釈を矢沢は付け忘れなかった。船には数千万円ほどの現金が積まれているものの、この世界では価値がない紙切れだ。自衛隊はこちらの世界では『文無し』なのだ。
「まるっきり奴隷の仕事じゃないの。給料を貰ったところで同じことよ」
「既に言ったはずだが、選択肢は存在しない。そちらがルールを強制するなら、我々とて同じこと。これには従ってもらうことになる」
「何よ一体……」
アリサは矢沢を睨みながら舌打ちをした。この程度の態度は想定内だったものの、やはり気分のいいものではない。
できるなら穏便に済ませたい。そう思うことは悪いことなのだろうか?
「では、私はこれで……」
「待て」
矢沢が扉に手をかけたところ、デゼルが初めて口を開いた。
「まだ何か?」
「我らを攻撃したことで、お前たちは賊の烙印を押されるだろう。もはや戦いからは逃げられんぞ」
「ならば、受けて立とう。我々が望むエンドステージは、全拉致被害者の奪還にある。必要とあらば、アセシオン帝国に対し斬首作戦を行う用意もある」
矢沢は一歩も引かず、毅然として答える。ここで舐められては、今後の捕虜の扱いや交渉にも影響してくるのだから。
「斬首作戦だと……?」
「皇帝への直接攻撃による政府機能の無力化作戦のことだ。事前準備は必要だが、私は成功できると考えている」
「皇帝陛下へ、直接攻撃? ありえん」
「帝都はここから1000キロ以上離れてるのよ? 無理に決まってるわ」
デゼルだけでなく、パベリックやアリサまでもが訝しげに言う。
だが、矢沢には自信があった。
フランドル騎士団から提供された地図によれば、帝都は北東へ1000km離れた場所に存在する。一番近い陸地からでも900㎞は下らない。衛星リンクが存在しないこの世界では、攻撃は極めて難しい距離と言える。
しかし、フロランスの力が本物なら話は変わってくるのだ。
「いずれ、お見せすることもあるだろう。我々が持つ抑止力の一翼を」
矢沢はデゼルを一瞥すると、足早に居房から出て行った。
もう二度と、日本国民に悪夢は見せたくない。
矢沢はその思いを胸に、そのための鍵であるフロランスの下へ向かった。
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