30話 神の御業
魔力の充填が終わるという3時間後を目途に、矢沢は再び後部飛行甲板に戻った。
ロッタはどこかに消え、目を閉じて座り込んだままのフロランスだけがそこにいた。甲板には一杯に魔法陣が展開され、バイオレットの輝きを放っている。
「あら、こんにちは」
「たった3時間離れただけで忘れられるとは」
和やかに挨拶してくるフロランスに呆れた矢沢だったが、今はそうも言っていられない。
「話しても大丈夫なのか?」
「ええ、ただ魔力を集めてるだけだから。時々休憩を挟まないといけないけど」
フロランスは、ふふ、と穏やかに笑いかけてくると、再び目を閉じて魔力を集める。矢沢にしてみれば座っているだけなのだが。
それから数分後、魔法陣がひときわ明るく輝き始めた。
「できたわ。ふふ、行くわよ」
フロランスが目を開けて腕を広げると、大気が鼓動するような衝撃が艦を襲った。
「っ、これは!」
「秘跡・サンクチュアリ!」
フロランスが叫ぶと、まばゆい光が辺り一帯を覆う。あおばだけでなく、アクアマリン・プリンセスさえも呑み込み、地上にもう1つの太陽を顕現させた。
すぐに光は収まり、魔法陣も跡形もなく消え去った。フロランスはそれを確認すると、ふぅ、と息をついて立ち上がる。
「よいしょっと。これで艦の補給と整備はおしまい。この世界の船とは全く違ったから手間取ったけど、もう少し慣れたら短くできるかも」
「では、確認作業を行っても?」
「どうぞ」
半信半疑ながら、矢沢は艦橋に移動する。フロランスはそんな彼を見送るだけだった。
* * *
「艦長より達する。当直の者は艦の状態確認を行え。補給物資、ダメージコントロール、データチェック、全て行え」
艦橋の艦長席から艦内全域に指示を出すと、艦内が慌ただしくなる。艦橋では航海日誌のチェックや天候確認、CICでは蓄積されたデータの確認、その他の箇所でもそれぞれ担当部署のチェックを繰り返し行った。
数十分後、佳代子や鈴音など幹部7名が艦橋へ集合し、矢沢へ報告を行った。
「こちら副長です! 酒保や火薬などの物品、艦の塗装などは全部出航直前に戻ってますよー! 撃墜されたスキャンイーグルも元に戻ってますし、収容したヴァイパーもそのまま、補修だけされてました! ゴミ等もありません!」
「航海長より報告。航海記録は全部残ってますぜ」
「砲雷長より報告。火器、甲板備品等は全て出航前に戻っています。消費されたRWSや17式等、弾薬の補充もされています」
「機関長です。機関状態は全て新造時に戻っています。燃料等は航空燃料含めて満タンになったことを確認。艦底部の損傷は全てなかったことになっています」
「こちら船務長、CICのデータは全て無事です。レーダーも新品の状態ですよ!」
「衛生科、補給科より報告です。補給物資は全て出航前に戻っている一方、アクアマリン・プリンセスから持ってきた食料はそのままです。医務室の道具も出航直前に戻っていました」
「先任伍長より報告。欠員なし、私物も全てそのままです」
全員が報告を終えると、矢沢は胸の高まりを抑えながら冷静に分析を行った。
「なるほど、消費された物資は補充され、記録は最新の状態を維持、か……とんでもない魔法だな」
「これなら電気も水も使い放題ですね! やった! アイスも食べ放題ですっ!」
「これは嬉しいですね。機関整備の手間も省けます」
佳代子が舞い上がっているのは普段通りだが、いつも不機嫌そうな長嶺まで嬉しそうな表情をしている。なかなかレアな場面だ。
その他の隊員たちも一様に笑顔を作っていた。
矢沢にはわかる。これは心から安心している証拠だ。この隔絶された世界でも以前のように行動できる。その嬉しさは誰もが感じているに違いない。
あおばの補給と整備ができるとわかった以上、もう乗組員を厳しい規定で縛る必要もない。矢沢は再び艦内放送を流す。
「あおばの補給と整備が終了した。これより第3種配備に戻す。艦内の計画停電は終了し、私物機械類の充電、電力を使うレクリエーション等を解禁する。困難な状況であることに変わりはないが、引き続き各員の奮励努力を期待する」
放送を終えると、矢沢はふっと一息ついた。
我々の本当の戦いはこれからだ。何としてでもアクアマリン・プリンセスの乗客を取り戻すか、日本へ戻る手立てを見つけなくてはならない。
邦人を取り戻せれば戦う理由はなくなり、日本と行き来できれば外交によって解決することも可能になるだろう。
いずれにしろ、問題が大きすぎる。情報収集は継続しつつ、今後の行動計画を綿密に立てなければならないだろう。
だが、矢沢には既にプランがあった。特殊部隊時代に培った政治に関するスキルは、まだ生きている。それを活用し、アセシオン帝国と交渉を行うための。
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