31話 次の一手
矢沢ら艦の幹部8名に、波照間とアメリア、ロッタ、フロランスを加えたメンバーは、士官室で作戦会議を行うことになった。
椅子の並びは前回と同じだが、アメリアら3名の席はホワイトボードのすぐ脇に配置されている。
矢沢がお茶を1口すすると、重々しく口を開く。
「では、これより邦人の救出作戦を立案する。作戦はバックアッププランを含めた2つだ。まずは主作戦を説明する」
矢沢はロッタが事前に用意したアセシオン帝国の全域地図をホワイトボードに貼り付け、指示棒で全域を丸く囲う。
「アセシオン帝国は、このスタンディア大陸の南部を統治する巨大な国家であり、主に綿織物などの軽工業を中心に経済を発展させている。最近では海上貿易も盛んで、最近ではエルフの帝国アモイと海上覇権を巡り衝突を繰り返しているが、民間レベルではそのアモイ帝国に奴隷を売却するなど人身売買も横行している。拉致された邦人も国際市場へ流される可能性が高く、それまでに全員を奪還せねばならない」
次は帝国中部を成す広大な平地を指し、続いて赤いペンで文字を書き込んでいく。
「帝国の4割を占めるフリントル平原の南部には奴隷貿易の中心地ユーディスが存在する他、北部の山脈近くには帝都であるラフィーネがある。主作戦はユーディスの偵察作戦、バックアップは同じく近隣の交易都市であるフィレスへの浸透作戦となる。詳細は今から配布する書面を確認してほしい」
矢沢の指示で、大松が事前に複数の兵科と合同で作成していた作戦試案の梗概を全員に配布していく。騎士団向けにはアメリアが翻訳を行っている。
矢沢を含めた全員が1ページ目をめくり、内容を確認していく。
「まず、ユーディス偵察作戦についてだが、こちらは言ってしまえば市場調査だ。奴隷の価格設定基準や流通ルートの調査に加え、購入者や取引業者など幅広い情報を収集する。もちろん最優先は邦人の行き先、作戦を終了した場合は速やかに第2作戦とフィレス浸透作戦に移行する」
第2作戦は、その販売業者の捕縛となる。これは郊外にヘリを用意し、隙を見計らって業者を拉致することになる。その上で奴隷業者狩りを行う者がいると噂を流し、人身売買事業に不安をもたらす作戦だ。こちらは早期に済ませると同時に、4名を護衛として客船まで送り届ける算段だ。
「次にフィレス浸透作戦だが、こちらもやることは同じだ。同時に文化調査なども行うことになる」
こちらのフィレス浸透作戦は、人数が少ない分厳しい作戦になるだろうが、それでもやり遂げなければならない。
「では、質問がある者は挙手を──」
「はいはいはーい!」
矢沢が言い終える前に、佳代子が勢いよく立ち上がりながら手をぐいぐいと挙げる。周りからの視線は生温いものだったが、佳代子は気にするほど繊細な女ではない。
「では、副長」
「はいはい! えっとですね、ヘリの運用はどうするんですかぁ? ヴァイパーでは輸送作戦はできませんし、航続距離が全然足りないですよう」
「ふふ、そこは大丈夫よ」
部屋の隅で足を組んで座っていたフロランスは、佳代子とは比べ物にならないほどゆっくり席を立つなり、佳代子の目をじっと見つめた。
「あの平べったいお魚さんは、わたしが燃料を補給できるから」
「あ、それなら安心ですっ! それと、高機動車の待機場所はどうするんですか?」
「ユーディスの近郊に洞窟があるそうだ。そこに隠蔽する。距離や地形を考えれば、ここから高機動車で10時間程度はかかる」
「そっちへの燃料補給も問題ですねぇ……いっそジェリカン一杯積んじゃいましょ!」
「そうする予定だ」
佳代子の天真爛漫さはフロランスと相性がいいらしい。2人は互いに目を合わせると、ウインクをしていた。
「では、次は私から質問が」
次は波照間が手を挙げ、そのまま言葉を続ける。
「敵に正体を悟られた場合は戦闘に陥ると考えられます。その際のケアはどうするのでしょうか」
「まずはスピードが重要なユーディス偵察作戦を優先させ、そちらで戦闘があった場合は郊外に待機させたヴァイパーが対応する。直掩は変装した団長が対応する手はずだ」
「そうだ。我に任せておけばよい」
着席したまま胸を張り、口角を上げるロッタ。
やはり思考は子供のようだ。矢沢は微笑ましく彼女を見やる。
「それでは、ユーディスにおける第1作戦と第2作戦に参加する人員は共通、という認識でよろしいでしょうか」
「いや、人員は分けることになる。ヘリの乗員を除けば、第1次作戦では10名、第2次作戦では4名が参加する。残りの6人は高機動車でフィレス行きだ」
「承知しました」
波照間はそれだけ言うと、自身のメモ用紙に何かを書き込んでいく。
「では、詳細なブリーフィングは追って行う。アクアマリン・プリンセスの修理と離礁作業を終了次第、艦隊は移動を行う。解散」
矢沢の宣言が終わると、自衛官たちは各々の配置へ戻っていく。
これから本格的な異世界の探索が始まろうとしていた。地球とは違い、勝手が全くわからない暗中模索の航海だ。
ここからは一歩も間違えられない。矢沢は浮かない顔をするアメリアを傍目に、そう考えていた。
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