番外編 非正規機動部隊・その3
「最後は航空戦力なんかの説明ですねぇ」
「えー、まだあんの……?」
「これでも端折ってますっ」
まだ説明されるのだと知った瀬里奈は口を尖らせるが、それも構わず佳代子は資料をめくった。戦闘に従事するため、矢沢と「他人の話はよく聞くこと」と約束を交わしていたのだが、今回ばかりは興味のない話を避けたいという心理が働いているらしい。
「さて、まずはわたしのお気に入り、ロクマルですっ! このヘリは知っての通り、輸送から対潜哨戒、偵察任務と多くの仕事をこなせる万能機なんですよ!」
「よく目にした白い乗り物ですね。アリサはアレの音が嫌いだと言っていました」
「あっはは、アリサちゃんってほんと面白いですもんね! まあ、普通は聞かないような音ですから」
ライザは冗談を言うものの表情は変えないまま、一方の佳代子は大きな声で朗らかに笑っている。久々にどこか抜けていたアリサのことを思い出し、佳代子も嬉しくなっていたようだ。
SH-60Kは従来の任務である物資や人員の輸送、対潜哨戒、有人偵察任務に留まらず、ヘルファイア対戦車ミサイルによる対地攻撃やドアガンでの近接支援、データリンクでのデータ中継、対艦ミサイルの目標照準など『あおば』の任務を遂行するには不可欠な装備になっている。
アモイでの戦いの終盤では、沈没した護衛艦『かが』の搭載機として複数が発見され再生されているが、肝心のSH-60Kを操縦できる搭乗員が交代要員込みでいない上、艦隊に収容するスペースがなく、追加での搭載を断念した経緯がある。
「ロクマルはもちろん攻撃的な任務にも使えるんですけど、もっと打撃力がほしい時はヴァイパーを使います。陸自のヘリなんですけど、元がアメリカの海兵隊で使うものなので、海で使うには都合がいいんですよ!」
「最近は攻撃任務よりも地形図の作成に動いてもらってるけどね」
菅野は苦笑いしていたが、3ヶ月に及んだアモイでの戦いではAH-1Zの攻撃任務が哨戒艇の排除とドラゴンとの戦闘だけだったことを考えれば、そう冗談を言えるようなことでもない。
AH-1Z、通称ヴァイパーは、米海兵隊で使用することを前提に開発された攻撃ヘリで、主に揚陸艦などに搭載されて運用される。それ故に塩害対策が最初から施されており、海での活動の適性が高い。
攻撃任務においては対戦車ミサイルを最大16発、ロケット弾に至っては76発の同時携行が可能で、対地攻撃力に優れる。それに加え、機関砲は陸海空問わず強力な武装であり、対空ミサイルを搭載することで制空支援を行うこともできる。
さらに重要なのが、機首の光学装置や現地改修という形でメインローター上部に移設されたレーダーシステムで、攻撃の補助だけでなく地形図の作成を行える。現地の情報に乏しい艦隊にとっては有力な情報収集手段にもなるのだ。というより、このマッピング機能が主目的で固定搭載されたと言っても過言ではない。
「情報収集と言えば、新たに大型の乗り物も採用していましたね。あれのために船1隻を用意させるなど、ずいぶんと扱いが丁重だったようですが」
「あー、F-35Bのことですねぇ。あれは戦闘機という機種で、主に空を飛ぶ目標の撃墜や対地攻撃が任務なんですよ。もちろん、情報収集能力もすごく高いんですっ!」
「なるほど、空の守りの要、というわけですか」
ライザは邦人村で運用されていたF-35Bのことを思い出しているのだろう。陸地のみならず『かが』の飛行甲板からも発進し、空を高速で飛翔する姿は、それこそこの世界の住民にとって脅威となる。
F-35Bは世界的に運用されるF-35シリーズでも特異な機体で、ヘリのように垂直離着陸を可能とする機体となっている。普段の運用においては、離陸の際は普通の航空機と同じく滑走を必要とするが、燃料や武装の搭載量を減らせば垂直での離陸を可能とする。
攻撃能力はAH-1Zを軽く凌ぎ、1000ポンド爆弾や対地及び対艦ミッションに使用できる巡航ミサイルなど大重量の兵器を運用できるほか、小型の爆弾を十数発搭載し、敵陣地に徹底した精密爆撃を行うことも可能にしている。空戦においても、対空ミサイル等を使用することで敵航空機の排除が可能だ。
もちろん、この程度であれば他の航空機にも可能な芸当だが、F-35の真価は卓越した情報収集力にある。衛星や僚機が存在しないため、この世界で利用可能なシステムはそう多くないが、EOTSやEO-DASと呼ばれる光学装置によるマッピングの支援や長距離偵察、高脅威目標の追尾など、F-35Bならではの機能も多い。
「ほんと、F-35Bがいてくれて助かりますよう。アセシオンでの集積地攻撃だとヘリだけだったので攻撃力不足だったんですけど、戦闘機があればもっと戦果を得られたはずですっ!」
「とはいえ、うちだと陸地を占領しない限り垂直離陸するしかないので、そこまで高い能力を発揮できるかどうかは疑問ですが」
「垂直離陸のためには燃料を削って軽くしないと……うう、世知辛いですよう」
F-35Bは強力な戦闘機ではあるものの、佳代子と長嶺は運用の制約を嘆くしかなかった。この異世界という環境は、戦闘機の能力さえ大きく減じてしまう。
一方で、菅野は幾分か冷静だった。スキャンイーグルの資料に目を通しつつ、次の説明を行う。
「だからこそ、事前の詳細な偵察は重要なんだ。スキャンイーグルは短距離の見通し線内で使う無人偵察機だけど、F-35とは違って制約がほぼない。多数のスキャンイーグルを同時運用することで偵察範囲を拡大できるし、艦と陸上部隊との通信支援もできる。まさに艦隊の屋台骨というわけだ」
スキャンイーグルは陸自の補給物資の1つだが、この世界での運用には大きな適性がある。GPSが利用できないのは痛手だが、それでも上空に留まって地上の偵察を行うシステムは重要な資産だ。おまけに、スキャンイーグルは有人の機体に比べて運用コストが小さい上に無人なので、気軽に投入できるという要素も大きな強みとなっている。
「相手の位置を正確に割り出せれば、余計な弾を使わずに済みますもんね。だからこそ、スキャンイーグルの存在は素晴らしいんですっ!」
「もちろん、かがを運用できれば遥かに任務も円滑に進むのでしょうが、肝心の乗員がいないのではどうにもなりません」
「そうですねぇ……せっかく陸自の兵器とかMCH-101もあったのに、すごくもったいないですよう」
「特にPAC-3があったのは驚きました。あれを稼働させれば、邦人村の防空は盤石だったはずです」
「それもこれも、人不足が悪い」
他にも多数の兵器が護衛艦『かが』に搭載されていたが、それをことごとく稼働させられないことには、その場にいる自衛官全員が悔しがるしかなかった。
「ふーん、いろいろあるんやなぁ」
「兵器の種類の多さは強みです。それをどう生かすかが鍵でしょう」
「でも、うち武器なんて使われへんしな」
「無理に武器を使うことはありません。君には君の、僕には僕の強みがあります」
複雑な表情を浮かべる瀬里奈に、ライザは優しく諭した。
自衛隊は強力な武器と情報収集力を背景にこの世界で活動しているが、魔法を扱う者たちにしてみれば、この大型兵器群は異端に過ぎない。
ライザが言いたかったのは、この兵器たちと魔法の力を組み合わせ、いかに望み通りに展開し、目的を達成できるか、ということだったのだろう。
どうやら、いつの間にかライザと瀬里奈には妙な関係が生まれていたらしい。まだ仲がいいというわけではなく、仲間意識のようなものだろうか。
いくら鈍い佳代子であれ、2人の姿を見ていると、そう思わざるを得なかった。
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